Ep.5 迷宮間近のメランコリー
現場でもう一度謎に挑んでみよう。赤葉刑事の言葉で僕は病院から百貨店に移動する。
再び、あの殺人事件が起きた五階の喫茶店で赤葉刑事と合流した。彼女はエレベーターの前で突っ立って、僕を待っていた。
「赤葉刑事……ありがとうございますね」
「いやいや、お礼を言うのはこっちなのよ。本当に助かったわ。一人じゃ、なかなか今の状態をどうにかする方法を思い付かなくって」
彼女の話を聞いて、僕も考える。
警察が主張している自殺説をこの場所でどうひっくり返すか、を。
取り敢えず、その場に行かなければと店に足を進めていた。自殺者が出ていたとは言え、全く関わらず営業している。大賑わいではないものの、何人か入ってはいる。人の死を悼む状況であろうにと思うのだけれど。最近の人を見てるとどうも分からない。人の死を特別だと思う僕が変なのか。
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。店に入ろう。
そう足を踏み出した途端、店から出てきた女性が痛い視線を向けてくる。誰かと思えば、ウェイトレスの春木だ。
彼女はこちらの行動に文句があったようで、警察の捜査に対するクレームぶつけてきた。
「何やってるんです? 警察には全てお話しましたし、こっちには全く問題ありませんよね。毒の容器のようなものは事件当日、くまなく調べていたじゃないですか。ロッカーにも手荷物の中にもなかった……容疑は晴れたのに何ですか?」
赤葉刑事はそんな戯言に対し、笑顔でこう放つ。
「違うわよ。今日は仕事じゃなくて、ちょっとこの子とお茶をしに来ただけなのよ。それ以外で何か刑事に来てほしくない理由でも……あるの?」
ただ、少々強い。なよなよしているような人かと思えば、相手に強い圧を目力だけで掛けている。
互いに見つめ合う二人。そんな中、最初に根負けしたのはウェイトレスの春木だった。
「いいわよ! 入ればいいじゃない! お望み通りの自殺した人が出た場所に通してあげるわ!」
何という配慮か。いや、でも、謎を調べようとしていた僕達にはちょうど良かったのだ。
内間さんが座っていた席に通された僕は満遍なく、テーブルの上を確かめてから着席した。テーブルを挟んで対面で座った赤葉刑事は笑顔で僕にピースサインを向けていた。春木に勝ったことを褒めてほしいのか。
彼女も可愛いところがあるんだな、と思いながら、望みを叶えさせた。
「凄いですね。赤葉刑事」
「でしょでしょ。こっちだって負けないんだから」
何か大人げないような気もするが。どうでもいいか。
気を取り直して、事件のことについて話をさせてもらう。
「で、本題なんですが、ここに来たってことは現場検証だけですか? ここでの現場検証なんてやること限られてるような気もしますが」
「うん、それもあるけど。ここの店員の様子を見に来たの。知ってたかどうかは知らないけど、事件当時凄く怪しい行動を取ってたって話があるのよ」
「えっ? 何をやったんですか?」
僕は内間さんのことと慌てていた長谷川さんにしか目を向けていなかった。だから、他の店員の行動は視野の範囲外だった。
「あの粉チーズが空っぽだったってことは知ってる?」
「そうなんですか……?」
「ええ。かなり後の捜査で分かった話なんだけど、そこにもしかしたら毒が入ってないかって確かめようとした時、そこに出されていたはずの粉チーズ、全部空っぽで洗われていたのよ。それでゴミ箱の中に」
「あ、怪しいですね……確かに……」
「確かに……?」
僕は知っている。
「確かに内間さんも使っていました」
「でしょ? じゃあ、コーヒーや砂糖の中に入っていた農薬はフェイクってことになるのかな?」
彼女はテーブルに身を乗り出して、僕に顔と体を近づけた。しかし、違う。
僕はあの粉チーズの中に何の怪しい要素もないことを伝えた。
「違います。知影探偵もあの後に使ったんです。食中毒で倒れはしてましたが、逆に農薬系の毒が体に入っていないことは病院で証明済みでしょう……」
「あっ、そうなの? 知影ちゃんも……じゃあ、何で粉チーズの容器を洗ったのかしら……」
「今の僕には何とも……あっ、そういや、粉チーズの容器は一本ですよね」
「ええ。取り敢えず、捨てられてた粉チーズは一本で、その一つだけが事件当時、ドリンクバーの前で自由に使えるように置いてあったそうよ」
「一本だけですか……」
気になっていることの一つ。
何故、知影探偵は粉チーズを振りまいたミートソースに対し、「甘すぎない?」と言ったのか。店にあったのが一本と言うことは間違いなく、内間さんも同じものを使っていたはずだ。
単に言わなかったのか。本当に甘いのは気のせいで、知影探偵の思い過ごしなのか。
ダメだ。今のままでは、全然謎の答えが見えてこない。
あの時、よく見ていれば良かったのだ。倒れた内間さんに近づいた長谷川さんに夢中で、他に怪しい行動を取った人も見つけられなかった。
観察力皆無。
探偵の真似事をするのなら、もっと考えるべきことがあるだろうと自分を呪った。
結局、話をかわしただけで何も飲み食いせず、喫茶店から出てきてしまった。エレベーターの中で何か奢りたかったのか、そわそわしていた赤葉刑事は言う。
「何か食べても良かったんだよ」
「いえ、お腹あんま空いていないんで」
「そ、そうなの?」
「ええ。逆に出したい位です……ってこれ言うのデリカシーないですかね」
「問題ないわよ。じゃあ、いきましょっか。出たら待ってて」
と言って、彼女はエレベーターが開くと同時に一階のトイレへ向かっていった。そわそわしていた理由のもう一つはこちらだったらしい。
僕は彼女の話に従ってトイレへと向かったが。運悪く「トイレ清掃中」の看板があった。諦めるか、下の階へ行くか。
そうすると女子トイレに入った彼女との連絡が面倒だ。
仕方ない。別れ際にすぐ近くにあった公園のトイレでも使えば良いだろう。そう考えながら真上を見た。
防犯カメラが僕の方を捉えている。
無茶な話だけれど、この防犯カメラに犯人が映っていれば良かったのだけれどな。現場にあった防犯カメラには彼が毒を飲む前に、喫茶店で彼の近くに近寄ったものはいない。これが警察も自殺だと断定させた証拠でもあったのであろう。
……ううん。
そうだ。待っている間に知影先輩に長谷川さんへの連絡をしてもらおう。彼女が内間さんの死について、どう思っているのかも捜査の方針の一つにしたい。
彼女が僕と繋がる中では一番内間さんに近かった人だ。彼女ならば自殺を……と思ったけれど。知影探偵にすら、今すぐ連絡する手掛かりがないことを思い出した。彼女と部長越しに繋がっていたはずではある。部長に連絡して……ううん、面倒だ。
明日、知影探偵に連絡しなくては……。
なんて、生易しい考えを持った今の僕が残酷にも明日の僕を裏切った。
翌日の早朝、長谷川さんは植え込みの中で見つかった。首に絞められた跡を残し、悲痛な顔のまま亡くなっていたそうだ。
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