Ep.4 軟弱刑事のミステリー

 知影探偵が入院した翌日の夕刻前。

 彼女の病室へ手ぶらで訪れた僕。彼女と繋がっていた部長からの連絡で入院したと聞き、やってきた。

 その原因が誰かに襲われたり、被害者を守れなかったショックだったり。そう考えていたのだが予想は大外れ。食中毒だと言う。

 だから部屋に入った時、真っ先に尋ねていた。


「知影探偵、何か変なものでも食べたんですか?」


 彼女はベッドに横たわってスマートフォンの画面を見つめながら、嫌そうな顔をする。


「そんな訳ないでしょ! 拾い食いなんてするように見える? そんなんでお腹壊す馬鹿なんていないでしょ」

「じゃあ……心当たりは全くないんですよね」

「ええ。ここ数日は生のものなんて全く食べた覚えがないのよね……でも、不思議なことに医者は生ものが原因の食中毒とかって言ってんのよね。ええと、確か腸炎ビブリオ菌だとか」


 ふぅむ、と僕も確かめてみる。ビブリオ菌に関しては食中毒菌の一つ。生の魚に多く見られる菌。

 数日間の献立等を聞いてみる限り、彼女の記憶があやふやと言う訳でもないようだから、本当に生の魚介はとっていないらしい。不思議としか言いようがない。

 

「謎だ……」


 そんな言葉に反応した知影探偵が発言した。とある人物の名が表れた。


「そう言えば、赤葉刑事が事件のことで謎が残ってるとか何とかって言ってたわ」

「……赤葉刑事……ああ!」


 その名は以前、人狼学園の事件でお世話になった女刑事だ。僕達があの日、事件現場で出逢った刑事の中に彼女はいなかったが。

 知影探偵の話によると、「赤葉刑事はこの件が自殺だと決め付けることに疑問を感じている」らしい。異議を唱え、一人で捜査中だとか、何だとか。

 

「さっき、赤葉刑事がワタシの言葉をってことで来たけど、この状況じゃ協力も何もできないから……断ったわ。大丈夫かしら……」


 疑問。その言葉が頭から忘れようとしても離れない。赤葉刑事の何が事件に対して違和感を覚えさせているのか。

 本当は僕も謎を感じている。

 内間さんに毒が効くのが早かったのではないか、と。即効性のある毒を口に含んだのであれば、毒が効いていても不思議はない。しかし、彼が亡くなったのは二日後。テレビでよく見るフグの毒や青酸カリなどではなく、農薬系かまた何かの毒を使ったと思われる。

 その場合、気分が悪くなるのに少なくとも時間が掛かるような気もする。

 つまり、彼は元々毒か何かを飲まされていたのか。そう思ったけれど、それを否定する事実もある。飲み食いしていたものに毒が入っていたのだ。僕は捜査していた刑事からそれ位のことは聞いていた。

 そのことに対し、赤葉刑事が疑問に思っているのか。いや、違うか。毒が単に早く効いた、だけのことかもしれないし。人によって個人差がある。

 僕のようにそこまで強い疑問を抱くこともないだろう。

 では……何故……?

 気になった僕は知影探偵の近くでスマートフォンを使わせてもらった。赤葉刑事の連絡先は一応、以前の事件で聞いていた。電話するのに躊躇ためらいはなかった。


「あの、赤葉刑事……お時間よろしいでしょうか?」

『あら……? 君は……ちょっと久しぶりね』


 少々気弱そうな声。間違いなく赤葉刑事のものだ。

 突然ではあるけれど、彼女の捜査方針について質問を入れた。


「数日前の喫茶店の事件でお話が……」

『ああ……確か、知影ちゃんと一緒に事件現場にいたって話よね。正直、君からもアドバイスが欲しいところだったんだけど……あんまり協力することに対して乗り気じゃなさそうよね……』


 赤葉刑事の鋭さに大きな衝撃を覚える僕。刑事キャラとなると、そこまで探偵の考えていることや抱えてる秘密を見抜くことができない人も多い。現場でちゃちな推理ばっか飛ばす迷刑事なんて探偵ミステリーなんかではあるある、だ。しかし、彼女は違うよう。

 

「まぁ、事件のことに関して凄く気になってしまうことがあるんですよ……警察の考えだとか……後、今回どうしてこんなことが起きてしまったのかを、もっと研究して、次にこんなことが起きないようにもしたいんです。協力させてください」


 相手が見ていないのは重々承知。それでも僕は頭を下げて、彼女に伝えていた。


『ほんと!? お願いしたいのはこっちの方なのよ。お願いね。できる限りのサポートはするから!』


 こうして責任を持った。警察の情報を聞いているのだから、必ず謎は解かねばならない。今は探偵嫌いだとか忘れて、謎解きに勤しもう。


「ありがとうございます。で、赤葉刑事は捜査に異論を持ったとのことでしたが、どういったところに?」


 これが今、考えるべき謎となる。そう思い、耳の穴を大きく開き、傾聴する。


『刑事に関してはこの事件は遺書もあったし、自殺だってことで捜査が終了したのは知ってるよね?』

「ええ」

『でも、おかしいことが一つ。飲んだコーヒーの中から農薬が検出されたのよ。だから、コーヒーか、そこに入れた砂糖に致死量の農薬が入っていたってことになるの』

「それが……」

『鞄の中には農薬の入った砂糖が幾つかあったんだけど……問題は一つ。テーブルの上に転がった砂糖の袋の中に、農薬が付いたものがなかったのよ』

「え……」


 確かに謎だ。

 砂糖の中に入った農薬がコーヒーに入れられたのであれば、農薬入りの砂糖が入った袋が検出されなければならない。

 そのはずなのに。


『だからと言って砂糖以外のものに農薬が入ったものはないの。ドリンクバーや砂糖の中。彼が砂糖以外に口に含んだと思われるものには、農薬は検出されなかったの……』

「そこが気になってるんですね……あれ、じゃあ、何で他の刑事はこのことに……」

『ううん。見解としてはたまたま袋から農薬が全て出ちゃったから、袋にその痕が検出されなかったって考えてるみたいなのよ』

「そんなこと、あるんですか?」

『ないと思うんだけど……こっちはこう考えてるわ。本当は内間さんは死ぬつもりなんて全くなかった。だけど、誰かが違う場所から同じ農薬の入った砂糖の袋を取り出して、彼のコーヒーに入れた。後は犯人自身の指紋が付いた砂糖の袋は持ち帰ったから……テーブルの上には農薬の入った砂糖の袋がなかったんじゃないかって思うのよ』

「つまるところ……この事件には隠れた毒殺犯がいるってことなんですね」

『そうだと思うの!』

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