Ep.3 憂鬱喫茶のディザスター
「ねぇ、君! 内間が何処に行ったか分かるの?」
僕の方に長谷川さんがついてきた。そんなに焦るなら知影探偵と共についていけば良いと思ったのだが。
「ううん……何となくですけど、いいですか?」
「いいわよ」
がっついてもくる長谷川さん。完全に僕へ頼ろうとしている意識が見えてくる。本職の探偵よりも何故探偵嫌いの自分が探偵として、頼りにされなければならないのか。
僕は何度も頭を掻き、近くにある階段を駆け上がりながら、長谷川さんに推測を説明をした。彼女も必死に話と僕についてこようとしている。
「ううん……今のところ、屋上だとか自殺の危険性がありそうな場所だったら……知影探偵がいっています。もし……妹さんを最悪な目に遭わせたあの店に恨みを持ってたとしたら、殴り込みにいってもおかしくないですし……そっちを……」
「それでいいんじゃないの? どうしたの? 何か自信なさげだけど」
「いや、内間さんの書き置きにあった『これから人生を終わらせに行きます』って言葉が何となく気になって……ちょっと矛盾するんですよね。いや……でも、急ごう!」
何にせよ、嫌なことが起きることは確か、だ。誰の仮説が合ってるにせよ、取返しのつかない事態になってしまうのだから。
できる限り、の全速力。足に鞭打ち、五階の喫茶店へと辿り着いた。今は昼食の時間もとっくに過ぎているため、中はがらがらだ。外から見て、長谷川さんが「あの頭は内間よ」と言って中に入るよう指示していた。
そんな喫茶店の中で最初に僕達を出迎えてきたのは見るからに心地の悪い顔をしたウェイトレスだった。名札には「春木」と書かれている。
先程、二階で僕に何度も謝罪を入れたウェイトレスとは違って、仕事に対し全く熱を入れていない様子。
「いらっしゃいやせぇ、二名様ですね。こちらへどうぞぉ……ちぇっ」
舌打ちまでされる始末。様子を察するに、ほとんど客がおらず、休憩時間と同等の今になって来店する人がいたことに対し、不満を覚えているのだろう。
ただ、そんなんで腹を立ててる暇はない。
今は内間さんの状態を確認だ。座らせた席から立てば、様子は見える。この喫茶店にはドリンクバーがあるのでそれだけを注文して、何回かちろちろ確かめてみる。表情としては何となく気だるげな様子。ここから自殺するとも思えないが、鼻歌を歌い出すと言える程、上機嫌でもない。
一体、何をしだすのか。
どのチャンスなら、自殺しようとしているのかを明確に捉え、彼の心を癒すことができるのか。
考えろ。僕なら、できるはずだ。
骨董家が殺害された事件でも、人狼学園で起きた殺人事件も、アパートで起きた事件も全て死に触れてきた。常人よりは自殺を止められる要素を持っているはず。
気を張り詰めて、僕はコーヒーを取った。長谷川さんがついで砂糖も欲しいと言っていた。
砂糖も取って、長谷川さんのところへ戻る。僕は内間さんの状況を彼女に話してから、コーヒーを一気飲みして、また席を立つ。
そこで少々厄介な睨み顔をする女の人と遭遇した。
知影探偵だ。彼女の怒り顔に僕は顔を歪めることしかできなかった。
「あのさ……人が全力で大変だって時に呑気に二人でお茶ってどういうことよ……」
「ええ……ちょっと静かにしないと……そこに……いるんですから。内間さん」
ちらっと彼の様子を見る。運よく彼はこちらに気付いてもいないよう。メニューはテーブルの上に置いてないし、注文も終わったよう。
こちらの知影探偵はそれを知ると、「どういう行動に出るのか確認するしかないわね……」と言って、呼んだ春木のしかめっ面にものともせず、ドリンクバーとミートソースを注文していた。
その直後、内間さんの方にはミートソースが運ばれてきた。ついでに内間さんは立ち上がり、ドリンクバーの方へ。
見るからに怪しい行動はまだ見えていない。
ただ食事をしている喫茶店マニアではないのだから、何かある。そう思って見張り続けているのだけれど。
「……ワタシの分が来ないわねぇ」
知影探偵は依頼人のことより食事を優先か。
「何で、食べようとしてるんですか」
「だって尾行でお昼ご飯、ちゃんと食べてなかったから。ちゃんと見張りながら、食べるから……いいでしょ?」
「だったら、アンパンと牛乳位、常備しとけばいいじゃないですか」
「あっ、その手があったか」
逆に僕の心の中では「あっ、その手も知らないの?」と思った。普通、尾行調査をする刑事や探偵の定番と言われる食べ物ではないのか? アンパンと牛乳って。
そんな彼女への集中が悪手で。内間さんがドリンクバーに行って帰ってくる様子が全く見えていなかった。途中何回か行ったり来たりしていたようだが……今の彼はゆっくり食事を味わい始めていた。
それを集中する彼女の元にも、やっとミートソースがやってきて。彼女はそれを口にすると、何か物足りないのよねぇと言って、ドリンクバーの方へと消えていった。
すぐに戻ってきた彼女の手に握られていたのは、粉チーズの缶。いや、そんなのどうでもいいか。
「あのさぁ……知影探偵、もっと動かない方が……」
「あっ……で、でも普通の客っぽくしてればバレないんじゃない? 長谷川さんはここに来てから、一回も立ってないし。こっちが探偵だとは普通は誰も思わないんじゃないかしら?」
「そうですかね……まっ、いいですよ。好きにやってください」
「そうするわね……あれ」
彼女はミートソースにチーズを入れて一言。何か、おかしかったらしい。長谷川さんがどうしたの、と尋ねていた。
「何か変?」
「いや、何か、ちょっと甘すぎない?」
パリン。
また誰かが物を割ったか。どうせ、あのウェイトレスがコップでも落としたのだろうと思っていたが。
違った。
見落としてしまった。
砂糖の袋だらけになったテーブルへうつ伏せになって、内間さんの手からコップが落ちていったのだ。彼から呻き声が聞こえてくる。
「長谷川さん、救急車に! 知影探偵は警察に!」
僕は急いで駆け寄って、二人に指示を出した。しかし、長谷川さんはそれを受け取らずに駆け寄っていた。
仕方ないから、僕が近くまで行って救急車をお願いするしかない。そんな努力がまたも虚しい事実に変わる。
警察は僕が入る前に遺書や長谷川さんの証言から自殺未遂だと決定づけてしまった。内間さんが人生に嫌気が差して、自殺を図った、と。
二日後、内間さんが死亡し、自殺未遂と断定されていた捜査結果は自殺へと変わる。
もう一つ、知影探偵がその日の夜、内間さんの死に対するショックを受けると共に病院へと緊急搬送されていた。
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