Ep.2 至極後悔のサスペンス

 取り敢えず、気にされないようにと長谷川さんはどんどんポーチの中に物を戻しておく。それから何事もなかったかのように明後日の方向に目線を逸らしつつ、こちらの方へと戻ってきた。

 席から知影探偵が立ち上がり、腰に手を当て小言を放つ。


「長谷川さん、勝手な事をするのは困ります!」


 そんな長谷川さんは自分が悪いと認めたくなかったようで。悪びれた顔もせず、話を違う場所に移動させた。

 内間さんのポーチではなく、僕のことに対して話を始めていたのだ。


「えっ? この子。知り合いみたいなんだけどさ……彼氏なの?」


 とんでもない誤解に驚いて飛び上がるところだった。何度も心の中で平静を意識しながら、知影探偵と同時に「違います」と言い放つ。なのに長谷川さんは認めようとせず、腹を抑えて笑い出す。

 今の言葉が照れ隠しだと更に誤解されてしまったようで。知影探偵もどうしようもないと言う感じで手に顔を当てている。

 今は何を言っても誤解であることを納得させることはできないであろう。仕方がないから時間を待つとして。

 話を誤魔化すためにも、僕は内間さんのことに話題に出してみた。


「あ、あの……それより、今は内間さんのことでしょう? 何か、中に危険なものとか入ってませんでした?」


 長谷川さんは首を横に振る。


「ああ……この子、内間の話は聞いてるみたいなのね。で、その中に入ってるのが……怪しいものかもしれないと睨んでるみたいだけど……なかったのよ。めぼしいものは……」

「何か落ちてたみたいですけど、それは」

「入ってたペンとか、メモ帳なのよ。後、砂糖の袋かな……」

「え? 何で砂糖が?」


 何故に砂糖が内間さんのポーチにと考えていると、長谷川さんが席に座り、テーブルの横を指で提示する。

 コーヒー用のミルクと共にテーブルの横にスティックシュガーがしっかりと置かれていた。それを数本取ってみせると僕に提示してみせる。


「これよこれこれ。これと同じタイプ。で、一回何本か入れてるのも見かけたし」


 と言いながら思いきり長谷川さんも自分の鞄の中に入れていく。まさか、「ご自由にお使いください」と書かれているからと言って、持ち帰るつもりだったのか。内間さんも、長谷川さんも。

 呆れて声が出なかった。

 知影探偵は席に戻ると、スマートフォンをポケットから取り出して、「こういうのって持って帰っていいのかなぁ」なんて調べていた。いや、調べなくとも使わない量を大量に持っていかれてるのだから、店からしたら完全に迷惑であることは明白だ。

 と、考えると今までのやり取りに違和感が現れる。

 自殺しようと思っている男が砂糖を喫茶店からくすねるだろうか。それを使うから持っていくのである。死ぬのなら、その行動は完全に無駄だ。

 何故に内間さんが自殺をしようと思っているなどと考えたのか。単に小説の一節か何かを切り抜いたのを自殺予告と受け取ってしまっただけなのか。

 それを知るためには、彼に死ぬ理由があるか、知影探偵か長谷川さんに尋ねる必要がある。ただ知影探偵はスマートフォンに夢中のよう。

 長谷川さんに聞いてみた。


「あの……そもそもを聞かせていただけませんか……ちょっと気になることがあるんですよ。死ぬ原因に関して。本当に彼が死ぬと思う動機があったんですよね?」


 彼女の顔が急に真剣になる。僕の言葉に頷いてみせると、内間さんが自殺する動機を小さい声で話してくれた。


「実はね……ここ数か月前に彼の妹さんが事故でこのデパートの階段から落ちて、意識不明の植物状態になっちゃったのよ……内間、それを悔やんでいてね。どうして事故のことに対して気付けなかったのかって自分を責めてたのよ」

「……悔やむ? 責めた……? まるで事前に気付けたような感じですね」

「そうなの。事故には原因があってね。妹さん……ここのデパートの上、五階にあるもう一つの喫茶店で働いてた子なのよ」

「ううん……となると」

「かなりブラックなことをしてたみたい。働きすぎによる体調不良、注意散漫が原因で、ふらっ、と階段から落ちたって……」


 内間さんは妹の疲れに気付けたが、何もできなかった。だから悔やんでいた。死ぬ理由としては納得はできた。


「その喫茶店も相当、叩かれてますよね。営業もできないでしょうし……」


 なんて僕が呟いたところ、知影探偵から反対の言葉が飛んできた。


「今も普通に営業中よ」

「え?」


 彼女は「法律のことについては調べても分からなかったけど、こっちのことは分かるわ」と言って、スマートフォンに映ったぐるめサイトの画面を見せつけてきた。


「その事故にちょっと、働いてるバイトの子が関わってるみたいでね。行ってきた人のレビューコメントが書かれてるわ。『あの事故があった後もバイトの子の態度が最悪』って」


 何故か知影探偵は「バイトの子」と言うワードを強調していた。


「バイトの子がどうかしたんですか?」

「あら、よく分かったわね。この事故に関係してるって」

「いや、全く分かりませんでしたよ。知影探偵が凄いイントネーションを強くして言ってたからです……」

「あら……そうだったかしら? まぁ、そうなの。バイトの子、春木ってコメントの中では名前付き出てるのもあるけど……その春木って子が事故の原因でもあるみたいなの」

「何で事故の原因なんて……」

「SNSで常連客に聞いてみたんだけど、春木って子のシフトが酷く少なかったらしいわ。内間さんの妹は逆にシフトが異常な位多かったんですって」


 知影探偵の話を聞いて、春木がやった悪行が分かった。


「つまるところ、内間さんの妹に春木のシフトを交代するようにバシバシお願いしてたってことですかね」

「そうなの。その妹ってすごい真面目だったみたいだからね。そうですよね、長谷川さん」


 知影探偵が長谷川さんの方に向いて、そう聞いていた。「そうよ。あの子、昔から知ってるけど、人の頼みを断れない子だったから」と答えが返ってくる。

 ううん、そう考えるとまた何かがおかしく感じてきてしまう。

 内間さんがやろうとしていることは、本当に自殺なのか……と。

 自分の妹を傷付けておいて、のうのうと過ごしている店に……。やはり、見張りは大事だと伝えようとしたところで、知影探偵と長谷川さんが顔を見合わせて慌てていた。

 僕は事情を察知しつつも問い掛ける。


「……まさか……」


 知影探偵がそのまま立ち上がって、僕に伝票と一万円を渡してくる。受け取るしかなかった僕に向けて、こう言った。


「ポーチがなくなってる! 内間さんを見失っちゃった……! ちょっと払っといて! ワタシは探してくるから……!」


 やはり、そうだったのか。

 嫌な予感がする。早く内間さんを見つけなければ、きっと、とんでもないことが起きてしまう。知影探偵だけでは見つけられないかもしれない。僕も探さなければ……!

 レジ前にお金を置いて、「レシートもおつりもいりません!」と叫んで、僕は店を出ていった。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る