File.4 復讐カフェでごゆっくり (報復喫茶殺人事件)
Ep.1 結局矛盾のリアリスト
街の景色が見える百貨店二階の喫茶店の大きな窓ガラスよりの席に座り、読書に
カフェオレよりほろ苦く、日々の苦悩よりも甘ったるいアメリカンコーヒーを少しずつ、
探偵のことも忘れ、無理矢理部活に誘ってくる部長のことも思考の外に追いやって。ただただ中年男性が主人公のコメディ小説を読み進める。ちなみにここの髭面マスターの顔を主人公に当てはめて読んでいるため、「こんな顔の奴の顔にバナナが!」だとか、「あほな叫び声を上げて、すっ転ぶのか」だとか、ギャップを感じてにやけ顔を抑えることができなかった。
やはり、何にもない日曜日は娯楽を謳歌するに限る。
こうすることでまた学校の憂鬱にも、大切な幼馴染の美伊子がいなくなっている不安も解消できる……おっと、余計なことまで考えてしまった。
「折角、街まで出てゆっくりしたいのに。明日のことまで考えるなんて……美伊子のことまで考えるなんて、とんだ阿保だよな、僕も」
僕は独り言をつぶやいた後、首を大きく横に振り、近くにあった冷たい水を飲み干した。辺りの気温が寒くなっている今の状態で、冷や水があまりに刺激的で背中がぶるぶると震えてしまった。
しかし、気持ちは一転。不安は消えていった。
だから再び、読書に励もうと思ったのだが。今度は大きな女性の声が耳に付く。
「ちょ、ちょっと! 尾行がバレたらどうするんですか!」
それに応じる女性の声もまた興奮冷めやらぬよう。
「し、仕方ないよー! 今がチャンスじゃない! 今、彼がトイレに行った時しか鞄を触る隙はないわ!」
「だ、だとしても……危険よ。動いてたら、怪しむでしょうよ」
「で、でも財布を取る訳じゃないんだし」
「そんなこと論外です! スマホを見る位だったらいいと思うけど……ちょっとよ、ちょっとだけですよ! ああ……でも待って。ちょっと待って、考えるから」
その「ちょっと待って」と悩む女性は僕の目線の先にある席にいた。「今がチャンス」と叫んでいた黒髪ストレートの女性は知らないが、困惑している茶髪ゆるふわウェーブの彼女には見覚えしかない。
嫌な予感が胸の底から湧き上がって、それを誤魔化すためにコーヒーをがぶ飲みした。ただ苦いコーヒーでも胸焼けは止まらない。
僕はその人物に姿がバレぬよう、本で顔を隠そうとする。ただその一瞬だ。その一瞬のタイミングで起きたことが悪かった。
「コーヒーカップ、おさげしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい……」
「では……あっ」
純粋無垢なウェイトレスが持っていこうとしたところで勢いよくコーヒーカップを手から滑り落としてしまった。床に落ちたコーヒーカップが割れて、パリンと店内に響き渡るその音は、話したくなかった女性の視点をこちらに向けるのに十分なもの。
ウェイトレスが涙目で必死に頭を下げる中、ふんわりヘアーの女性はこちらにやってきた。
「あっ! 氷河くん!」
珍しいものを見つけたと言うような顔をして、「アンタに用があるのよ」と告げてきた。上から目線でとっても偉そうに。
今は目の前にウェイトレスがいる。彼女を強引に退ければ、逃亡も可能だけれど。泣いてる彼女のそばから逃げようと何てしたら、見ている人達に何を思われるか分からない。
最悪、皆の記憶が「僕がコーヒーカップを割って、ウェイトレスを泣かせた」に変わることだってある。流石にそうは思われたくないし。
もう彼女達の騒動に巻き込まれるしかないと覚悟を決めることにした。
ただその前にゆるふわ茶髪ガール、知影探偵に一言。
「ちょっと待ってください。先にこっちの騒ぎを何とかしたいので」
ウェイトレスの謝罪が終わったところで知影探偵と僕の会話が始まった。彼女が僕を自分達のテーブルのそばまで来るように言って、座るよう指示された。長そうな話を聞かされると思い、本はポーチの中に仕舞っておいた。
「で、氷河くん……アンタの見解を聞かせてほしいのよ。今、ワタシは探偵業の仕事として尾行をしててね」
「誰をどういうこと……?」
知影探偵に聞かされたのは、
見張る理由は、彼が変な書置きを残して家を出たので家族や友人が心配しているとのことで。その変な書置きと言うのが、「これから人生を終わらせに行きます」だったそうだ。様々な解釈ができて、自殺予告として断定はできないため大きな騒ぎにもできない。警察も呼んでも頼りになるか分からない状況で、家族も仕事等でずっと内間さんの素行を見ていられない。だから一応、探偵を雇ったとのこと。
知影探偵は念のため、自殺をされないようにその男を見張っているのだ。トイレ以外は、ね。
「で、それで追ってきたんだけど、その内谷さんがトイレに行ってる間に席に置いてあるウエストポーチを確かめていいのかって話になったのよ。そこの依頼人の一人でもある
そうか。彼女はそのことで長谷川さんと騒いでたってことか。さっき知影探偵と話していた黒髪の女性がその本人。
依頼人も共についてきて、様子を窺っていると。
で、ウエストポーチに何か入っていないか、確かめようとしてると。
僕はこの事実や話の流れから考えて出てきた知影探偵の要求を予測した。
「ウエストポーチの中身を見ることが探偵としていいのかどうか、確かめてほしいと?」
知影探偵は上から僕を見る。
「そ、そうよ!」
だから、笑顔でこう言った。
「お断りします」
「えっ!?」
「僕は探偵じゃないです」
今度は知影探偵は僕に手を合わせてきた。
「で、でもお願いよ。だって何回か謎を解いてるじゃない。殺人事件の。こういうことにだって……」
「ダメです。他を当たってください」
「どうをそこにか!」
「知影探偵。一旦、落ち着いてください。そこはどうにか……って言いたいんですか?」
「そうそう! お願い! コーヒー奢るから!」
「いや、さっきのコーヒーカップ騒ぎでコーヒー代は無料になりましたから」
「うう……!」
ここで許してしまっては僕のプライドが許せない。知影探偵は自分の芯を捨てているのか。テーブルに顎を付けて「お願いだよ」と言っているが……。
ダメなものはダメだ。幾ら見解が出てきても言うことはできない。
「探偵なら自分で考えてください」
「厳しいわよ。考えて、やっぱり覗き見するのはダメかなぁって思ったのよ。でも、もし中に自殺するための凶器が入ってたとしたら……」
「確かに止めることはできますが。それで変な講釈を垂れ流されたらどうするんですか? その言い訳を認めるしかなくなって。落ち着いたら、また何処かでひっそり自殺を企てるかもしれません。今度は尾行も付かないような場所で。ここは自殺する確証がちゃんと出て、そこでギリギリ止めると言う手を使った方が……そうすれば警察もいいカウンセラーを寄こしてくれるでしょうし」
「ふむ?」
「そもそも知影探偵は甘すぎます。何でトイレまで見張りを付けないんですか。もし、トイレの中で何かされていたら……」
「で、結局、今は見ちゃダメなのかしら? 鞄の中」
「ううん、さっきはそう言いましたが。自殺のチャンスを食い止めるためには見ておいて。何をやるのか察知して、そうしておけば自殺をしようとした時、何を使うかも事前に分かっているから」
「そっかそっか。やっぱ、答えてくれるんだ」
最後の知影探偵の言葉でハッとさせられた。
結局は流れに乗せられて、自分の意見を話してしまった。探偵相手には厳しくしないといけないと思っていたのに。
探偵を殺そうと考えているはず。それなのに、ついつい協力をしてしまう。仕方ないよな……実際命が懸っている話。探偵がどうとかは言ってられない。ここで意地なんて張って、内間さんの自殺が本当だったとしたら……。僕の選択は最悪だったと言うことになる。
僕が「やっぱ話しちゃうんだよなぁ」と言っている間に知影探偵が大きな息を吐き、項垂れていた。
「どうしたんですか……今の話が不満でした?」
「いや、止めていたのに、長谷川さんポーチの中身見るどころか、中のもの全部ぶちまけてたのよ。これで尾行がバレたら、どうするつもりなのかしら……!」
「ああ……」
ここからかなり離れた席。水だけが置かれているテーブルの足元にメモ帳やらペンやら様々なものが散乱している。その席に膝を付けて、ポーチに触れていた長谷川さんらしき人物は、知影探偵を見て、てへっと笑うのであった。
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