Ep.12 信じる心は呪いに負けず
「えっ、どういうことです? 彼女の殺意に気付いてたってことです?」
僕がそう問うと、部長は顔を勢いよく横に振る。
「ち、違うんだ……ゴキブリ探しをしてる間に、亀梨さんが二〇二号室に入ってたって言ってただろ?」
「ええ。そう推理しましたけど」
「実はその時、オレ、見ちゃったんだよ。焦って二〇二に入ってく亀梨さんを……」
「えっ……?」
何も言ってなかったじゃないか、とは思ったものの。言われてみれば納得する節もある。ゴキブリ探しの後、不思議にも掃除をやろうと言い出した部長。彼は亀梨さんがその部屋に入るのを見て、綺麗な女性が自分の作業を手伝ってくれると勘違いしたのだろう。
「それを先に言えば良かったな……そうすれば、お前が悩むこともなかっただろうに」
悔しそうな顔をして溜息をつく部長。そこに言葉を掛けるべきだと、僕は感じたのであった。
「いえ。仕方ありませんよ。いきなり、その情報が出てきても一気に事件と亀梨さんが繋がる訳じゃなかったですし。それよりも部長が頑張って得てきた証拠のおかげですよ。何とか、謎が解けたのは」
「おっ! おっ!」
がっかりな顔は何処へやら? 彼はすぐさま綺麗な眼を身に宿し、「そうだろ! そうだろ!」とはしゃぎ始めていた。
「……何で、いきなり元気になるんですか。捜査中、ずっとおばあちゃんのことが心配で、しょんぼりしてましたよね?」
「そうだ。でも、無罪だって分かったし。亀梨さんが犯したことはもうどうしようもないし……だからと言って、エンドレスしょんぼりだと人生全部ネガティブんなっちまう」
「……そうなんですね」
「だから、もっと気楽にいこうぜ。もっともっと人を信じたらどうだよ。そうすれば、もっと探偵も楽になるし」
「いや、探偵行為を楽になるってのは僕にとって、気に食わない話です……! 探偵の行動ってのは誰かの人生背負ってるんです! それを楽にやれって!? ふざけないでくださいっ!」
折角、生き生きとしていた彼の気をぐんと落としてしまった。
「そ、そうだけどよ……」
ううん、言い過ぎたかなとは思ってしまったが。この考えだけは変えたくなかった。
大切な人だからと言って、油断する探偵にはなりたくない。罪を隠すような人間にはなりたくない。そんなことをしていると、真実が見えなくなっていくだけだ。
某漫画のストーリーだってそう。自分の周りには、身内には黒幕はいないだろう。そう考えているからこそ、永遠に解決しないのだ。
だから、僕はそんなぐずぐずしてる名探偵が大嫌いなのだ。
「……僕は手加減しない。犯人が誰になろうと……誰が事件を起こそうと」
「美伊子が犯人でも、か」
「そうです。それが彼女の願いだし」
「ああ……そういや言ってたな。美伊子は自分の罪としっかり向き合ってくれる人が好きだって。お前も美伊子が好きだからなぁ」
「ちょっ!? 何でそこだけ鋭くなるんですか! 鈍いのに! 部長、鈍いのに!」
「鈍い、鈍いって何回言うんだよ! オレの平熱は三十五度三分だぞ! 二分じゃねえ!」
「意外と低いですね、おい!」
ふと思った。美伊子はその罪を認めるとする。しかし、部長がそうだとしたらどうなのだろうか。僕は部長のことをどう思うのだろうか。遠慮なく犯人だと思ってしまうのか。
いや、部長は度々ふざけるであろうから、事件を起こすにしても何等かのユーモアがあるはず。愉快さがない事件は、部長のものでは……って、それが油断って言うんじゃないのか。
何を考えてるんだ?
僕が自分の矛盾に悩む間、部長が隣から肩に手を置いてきた。
「とにかく、オレはお前を信じるからな。何が起きても。何をやったとしても!」
「そうですか……? 僕こそ何をするか分かりませんよ?」
「いいや。お前は罪を許さないことを知ってる! 何で人を殺めることが悪いのかもちゃんと知ってるだろ? 命の尊さを知ってるだろ? だから亀梨さんに最後に説教できたんだろうが!」
更に僕の背中をバンと強く押してきた。それもバンバンバンバン。永久と思える程の長さ。
「部長!?」
僕が反応すると、彼のノリはもっと悪化していく。
「お前はいい奴だよ! もっと自信持てって! 何度言わせるんだこのこの! 恥ずかしいだろうがっ!」
「だったら、やめてくだ……やめろ!」
「もう! 照れちまうなぁ!」
「褒めるのをやめろ!」
僕は目を剥き出しになる程必死に言葉で抵抗するが、彼の威勢は止まることを知らず。
「……いい加減にしないと……」
「いい加減にしないと?」
蠱毒でも使ってしまおうかと思った。そうすれば少しは彼の口も封じらえるかもしれないと思った。
だけれども、よく考えてみれば、それは違う。
この男はたぶん、しゃれこうべになったとしてもぺちゃくちゃ喋りまくる。幽霊になったとしても、勢いで辺りを飛び回るはずだ。
こんな彼に蠱毒による毒虫を呼んだとて、どうなることか。
「おっ! 仲良くやろうぜ! 兄弟!」とか言って、次の日には最強の毒虫とテーブルを囲んで、にぎわっているに違いない。
「うう……」
「うう……?」
この男には丑の刻参りをしようが、蠱毒を使おうが無駄なのだ。
例え独りにしようとしても、絶対にコドクにはならない。信じる心でどんな呪いとも仲良くなってしまう。
「叫んじゃいますよ!」
「おっ、いいな! ちょうど人のいない場所だし、気合を入れるのにやってみるか?」
「ええ!」
「じゃあ、せえので叫ぼうぜ!」
だから、こういう奴に聞くのは呪いよりもこっちの方が効果あり。
「うおおおおおおお! 部長が持ってる」
「うぉおおおおおおお!」
「エロ本は十冊を超える! 性癖に関しては姉ものの方が良くて、母乳プレイもお気に入り! お気に入りのアダルトビデオサイトは○○〇で、×○○○○〇もよく利用してるとか! で、妹にもドン引きされてるようなメイドご奉仕プレイも好きで……」
「うぉおお……って、何言ってんだ!? 大声で普通に叫ぶんじゃねえのかよ!? やめろ! やめろ!」
「で、部長は自分の妹で○○したことがあり、それでいて○○も」
「分かった! いい加減にするから! 誰か聞いてる人がいたら、どうするんだ!? 氷河、暴走をやめろ! どうにかやめるんだっ! おおい! 氷河ぁ! 頼むからー! からかったことは詫びるから! どうか、許してくださいませぇえええええええええええ!」
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