Ep.11 選択をさせる

「蠱毒があるから何よ!? 何がわたしを殺人犯だと言う証拠があるの?」


 亀梨が怒涛の勢いで放つ抵抗。僕は全力で対抗する。


「蠱毒……虫を壺の中で戦わせて、生き残った虫が最強の毒を持つって話だ」

「だから、何よ……? 何よ何よ?」

「つまりは蠱毒の壺の中にはたくさんの虫の死骸が入ってるってことだろ?」

「それだから……な……なっ!?」


 僕の説明に亀梨の顔がまた強張った。こちらの言いたい事を理解してくれたのだろう。咄嗟にゴミ袋に足蹴りをしようとしていたが、即座に部長が奪う。

 彼の活躍に心の中でグーサインを送りながら、続きの解説を進めていった。


「そうゴミ置き場に虫の死骸を捨てておくことで、蠱毒を誰かがしていたと誤解させたかったんだ。殺人の証拠を捨てていたと言う真実を蠱毒の存在で誤魔化したかったんだ!」

「ぐぅうううううっ!」


 亀梨が真相の解明に驚いてる最中、知影探偵が顎に手を当てながら疑問を投げてきた。


「えっ!? 何で、それが証拠になるのよ! 虫の死骸がその中に入ってるとしても……」

「知影探偵、もし鎌切さんと同じ状況だったらどうします?」

「ええと、あの部屋で……目を瞑って布団を被っていなくなれいなくなれって思うかも」

「もう一つ質問、熟睡している最中に大きな音を鳴らされて、起きます?」

「その時、その時じゃないかしら……? それが何?」

「そう。その時その時なんだ。今回の事件、そもそも鎌切さんが二回目のアナフィラキシーショックを受けたとしても死なない可能性もあった」

「あっ、そうよね……でもあれ? それが何で証拠に……?」


 知影探偵が少々苦い顔をして、僕から顔を背けて頷いていた。それと同時に僕は続きを語る。


「選択させたんだ、そうだろ? 亀梨。鎌切さんが死の道を自ら選ぶか、苦難から耐えきるか、選択させたんだ。今回だってそう。アブを殺そうとして蜂に刺され、自分の命を終わらせるか、布団に隠れてやり過ごすかを選択させたんだ!」

「うう……」

「この完全犯罪は鎌切さんが死ぬまで何度もサイコロを振り続けてたんだ! アパートにできた蜂の巣を壊さないようにしたり、間接的に鎌切さんが蜂に刺されるような状況を作ったり! でも、強引にはできなかった。だから何度も何度も虫を使った完全犯罪、鎌切さんの殺害を失敗し続けてきたんじゃないのか!? だから僕達はここで待ってたんだ。殺人を成功させた今日の夜、虫の死骸を捨てにいくと睨んでな!」


 部長が袋の中に入った何匹もの死んだ蜂を見ながら悲しく呟いた。


「オスメスの区別がついてなかったから、何で刺してこないとか言われたりもしたんだろう。何度も失敗し続けてきたんだな……それだけのために最期を迎えたこいつら……可哀想に……」


 そんな部長の思いものせて、僕は感情も含めた言霊を放つ。


「虫が好きなように見せかけて、アンタはたくさんの人を、命を裏切った。たくさんの小さな魂を奪ってきた! さぁ、アンタがシラをきり続けて、命を粗末にするか」


 そんな僕に亀梨は必死で訴えた。


「ち、違う! そんなんじゃ!」


 だから、僕も亀梨に選択をさせる。


「それとも、ここで鎌切さんを殺害した、一人の命を、虫達の命を奪った罪を認めて少しでもあがないをするかっ! どちらか一つ! ここで選ぶんだっ! 亀梨っ!」


 話すことはもうない。

 少々、推理が終わった場面で僕は緊張していた。と言うよりは恐怖を感じていたのかもしれない。以前、罪を認めるかどうかの瞬間で暴れ出した犯人がいたから。胸の心音の騒がしさを感じつつ、ただただ黙っていた。

 周りにはいつでも取り押さえられるように部長もいる。知影探偵もいる。そう思って、安心するしかなかった。

 しかし、その不安も無駄だったよう。

 亀梨はふらふらとして、花壇のレンガへと座り込む。部長が最初に気になったのか、彼女へ疑問を放っていた。


「何で……何で……亀梨さん。何でアンタが……鎌切さんだってそうだろ……? あの人も虫嫌いで少々偏った話はするかもだが、そこまで嫌悪感を感じる人でもなかっただろう?」


 「罪を認めること」を選択した亀梨がポツリ。


「あの男は責任感の全くない男……よ」

「責任感がないかって、仕事の話か?」


 部長も怯えていた。きっと怖かったのだ。もしも誰しもが「嘘だ」と思えるような理由で人殺しをされていたのだとしたら、自分が信じていたものが全て真っ黒に見えてしまう。何もかもが分からなくなってしまうだろうから。


「仕事だけじゃない。人として、よ! このアパートに来るもっともっと前……彼に大事な亀を預けたことがあったの。数週間の出張で、面倒が見られないからお願いって。でもアイツはほとんど世話をしなかった、いや、それどころか餌をやるのが面倒だからと狭い水槽の中で閉じ込めていたの! そしたら、どうなると思う?」

「わ、分からない……」

「餌をあげないと亀も共食いするのよ。帰ってきたら、どういうものになったと思う?」

「うう……」


 部長はもう答えられなかった。

 亀梨の言っていることは分かる。恐ろしく惨めな光景が僕にも見えた。


「頭も腕も噛み千切られ、体の部位がなくなった、わたしの亀。孤独に残った一匹だけが生き残ったけど、その子も貧弱していた。返してもらった時、彼はわたしに言ったわ。『どうしようもなかった』と。だけど知ってる。どうにかできたことを。責任感を持っていれば、わたしの大切な亀達は死ななかったって!」


 知影探偵は言う。


「で、このアパートに来て復讐を待っていたの?」

「ええ! 最初は半殺しにするつもりだった。殺すつもりはなかったけど……カメムシを飼って、アイツの反応を見たけど全く反省する様子もない……もう我慢の限界……」

「最初から……」

「ええ……でも、何でしょう……苦しいの……人を殺したって認めた瞬間、もう。心が。結局はあの人……いや、あの人以上に悪になってしまった。あの人が殺した亀以上に多くの虫を皆にとって大切な命を殺してしまった……!」


 最後に僕も言わせてもらう。何故か分からないけど、口が開いていたから。


「アンタは元から最低だよ。人を恨むために、生き物を飼っていた。人と接しようとしていたんだから!」


 誰かさんの思想が移ってしまったのかは分からない。だけれども、僕は残酷な言葉を伝えていた。

 それがきっかけなのか。亀梨は爪を地面に立て、奇声を上げ始めた。


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 激しく高い声はアパート中の皆を起こすのに十分なものだった。それで彼女は苦しんでいるかのように胸を抑えながら、何度も嗚咽を繰り返していた。

 人を呪えば、穴二つ。自分にも呪いが返ってくると言うことだ。まるで彼女は自分に呪いが戻ってきたかのようにもがいて苦しんで。

 知影探偵が呼んでいた知り合いの刑事に取り押さえられ、捕まっていった。

 一部始終をアパートの住人達と見送っていた僕は、誰も彼女の殺意に気付けなかったのかと悔やんでいた。

 事件を止められなかった僕が責任を皆に押し付けていただけなのかもしれないが。


 どうしてこの悲劇を止められなかったのか。

 知影探偵と別れ、徒歩で帰宅を始めた僕と部長。暗がりの道で部長が弱々しい声で言った。


「オレ、亀梨さんの犯行分かってたかもしんねぇ」


 


 

  

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