Ep.10 バナナトラップ!
僕の予想通り、亀梨はヘラヘラと笑いながら反論を始めてきた。
「な、何よ。何で鎌切くんを殺したのがわたしになるのよ。わたしはこのゴミが家の中にあると邪魔だからって外に持っていこうとしただけだわ」
そこに残念そうな顔をする部長が勢いよく指摘した。
「で、でも、今、ゴミ捨て場の方に。ゴミの日は明日じゃないし! 逃げようとしてたじゃないですか!」
しかし、のらりくらりと言論をかわす亀梨。
「たまたまゴミ捨て場の近くを通っただけだし、それに、不審者だと思ったからつい……それだけなのよ」
亀梨はこの反論で勝ち誇ったつもりだろう。罪から逃げられるかとほくそ笑んでいた。
それを壊すのが僕の役目。推理をぶつけていく。
「それだけ? な訳ないでしょ。んな理由だけでアンタが犯人だって疑ってる訳じゃないんでね!」
「な、何よ! 何が原因なのよ!?」
僕は指を三本立てる。それから順に推理を語って、彼女が犯人と決めつけた理由を語っていく。
「アンタが電話をさせないために蜂を放り込んだ、それが……徹底的にアンタを指し示す証拠。三つも残してる」
「な、何よ! それ!」
「一つ目。スマホだよ。鎌切さんのスマホ。それを盗まなければ、布団の上で動かずともスマホで助けを求められちまう。それはアンタが避けたかったことだ。だから、スマホを奪って部長のおばあちゃんの家に置いた。それができたのは、鎌切さんと接触できて、おばあちゃんの家に入った人だ」
「……! それって」
「おばあちゃんも、鎌切さんと入れ違いに出ていった八千代さんも可能かもしれない。隙を見て盗むことなら。部長も、僕も知影探偵もできる……だけども、一人だけ。瓜木さんは不可能なんだな」
「な、なんなの……単に一人不可能になっただけじゃないの……」
粋がっている割には、彼女の顔がどんどんと紫に変色していく。そこをばりばり攻めていく。
二つ目と言って、一本指を折る。
「二つ目。オスの蜂、メスの蜂のこと。もし鎌切さんがオスメスのことを知っていれば、よくみて針のない蜂だと気付き、電話をしてしまうかもしれない。まあ、結局は鎌切さんが知らなくて亡くなったんだけど……こういう可能性もあった。たぶん、犯人は蜂のことを知らず、オスも針を隠し持ってるんだと勘違いしたんだ」
「えっと、どういうことなの!?」
「だから、もし蜂に詳しい人だったら、電話させないための妨害として、オスの蜂じゃなく、メスの蜂を投げ込んでいたはずだ。だってそうでないと、この蜂の尾に針がないから大丈夫。蜂を無視して電話で助けを求められるって思われるかもしれないし。だから八千代さんも可能性としては低い。で、そんな蜂を用意できる時間も場所も知らない、動機もない知影探偵、僕、部長も殺人犯である確率は低い」
「でも、まだわたしだけが残ってる訳じゃない」
では、と最後に指を一本だけ立てておく。彼女は胸を抑えて、僕の
「電話を邪魔するための蜂はどのタイミングで入れたのか。二〇二の穴しか考えられませんが。ゴキブリ探しの前には蜂の死骸はなかったですから、その後に入れられたってことになる。でも、その後は僕達が二〇二の掃除をしてしまっている。誰かが入って、蜂を入れたら気付くんですよね」
「だから?」
「たぶん、ゴキブリ騒ぎの時に、いなくなった人が犯人だ。アンタは清掃の時、ドサクサに紛れて死骸を入れようとしていたんだろうが。それだと後で絶対に怪しまれるかもしれない、と困ってただろうな。そんな時ゴキブリ探しが始まった。皆の目がゴキブリに向いてる時には、絶好のチャンスだったんだ」
「って、わたしは管理人のおばあちゃんと一緒に探してたでしょ!」
「でも、その後は?」
「後?」
「ゴキブリが知影探偵の近くにいた時のことだ! その時、アンタは悲鳴を上げなかった!」
知影探偵はゴキブリに纏わりつかれた時のことを思い出したのか、ぞっとなって地面に座り込みそうになっていた。
今はそっとしておくことにして、亀梨の
「ゴキブリでしょ? カメムシ飼ってる位だし。好きよ。だいだい大好き! 悲鳴なんて上げるはずがないわよ」
「八千代さんよりも? 瓜木さんよりも?」
「もちろん!」
青くなった顔を隠し、平然と言いのける亀梨に一言。
「嘘だ!」
「な、何がよ!」
「アンタは大好きなら叫ばなかったはずがない! 言ったよな。一〇一号室で掃除の手伝いに来た時。『特に驚くこともなかったし』と。マダガスカルゴキブリを見て、驚かなかったのか!?」
部長は「確かに珍しいけど」と口を挟みそうになったので、僕は更に大声を出す。「マダガスカルゴキブリを見て!」と。近所迷惑になる位の大声で部長や知影探偵の言葉を掻き消した。
だから、亀梨はふんと鼻で大きく息をしてから言った。
「ごめんね。そんなんじゃ、ゴキブリ好きとして見飽きてて驚かないのよ」
部長も知影探偵も一瞬にして表情が変わる。呆れる顔から驚く顔に。
迂闊な彼女の発言にまた違和感を持ったのだ。亀梨は「何々? 何なの?」と周りを見て不思議がっていたから、僕が教えてやる。
「バナナ。通称グリーンバナナローチ。日本にはいない。東京のとあるペットショップに売っている特別なゴキブリだ。瓜木さんから聞いてきたんだ。マダガスカルゴキブリが好きなら、あの全身緑のグリーンバナナローチと勘違いするはずがない……! アンタはゴキブリを捕まえて僕達が集中している間に走ったんだ! 二〇二に! 自分の隠し玉を覗き穴から放り込むためにっ!」
「で、でも、それだったら、おばあちゃんも……」
「腰を痛めているおばあちゃんが誰にもバレず素早く二階に行けると思うか? それで疑えないのに対し、アンタはこの失言等々、怪しいところがたくさんある。だからアンタが犯人だと指摘したんだっ!」
もうすぐ。もうすぐと僕は唾を飲み込んだ。勿論、追い詰められた亀梨は顔と髪をぶんぶん振るいながら抵抗する。
「ちょっとちょっと! 今まで話したの……全部確率論でしょ! 確率論! スピーカーで悪戯したのもゴキブリを見ていないのもそうだけど。わたしは単に悪戯をしただけ! それにハチアブを見間違って殺すなんて、そんなことあり得るの!?」
「あり得ますよ。どうやら鎌切さん、蜂は殺せなかったみたいだけど、アブは殺したみたいだ。アブを殺したハエ叩きに黄色い液体が付いてたんだよ!」
「黄色い液体……」
「分かるだろ! アンタは塗ったんだ! 黄色と黒の液体で眠らせていた蜂とアブの色を変えたんだ。できる限り、似せるようにしたんだ。寝ぼけ眼の鎌切さんには見分けがつかないように、筆で、な」
部長があった書道の筆。きっとこれを誤魔化したかったはずだ。部長も気付いて、指をさす。
「あの中にオレが見た亀梨さんの筆が……」
「ある」
断言した僕にまだ言い訳を続ける亀梨がいた。彼女はゴミ袋をこちらに放り投げ、叫ぶ。
「何なら見ればいいでしょ! 筆は入ってるわよ。だけどね。だけど、黄色い液体なんてないわよ! あったとしても洗い落として、ついてない! たまたま使えなくなった筆をゴミに出そうとしてただけよ!」
何て言葉に知影探偵が殺気立つ。
「そんな言い訳が通る訳ないでしょ!」
それを僕は真剣に止まる。
「知影探偵……もっと冷静に。亀梨……お望み通り、アンタの言葉を否定してやるよ。その筆だけが殺人の証拠じゃねえって……」
知影探偵、亀梨、両者が顔を見合わせた。
部長も僕に尋ねてきた。
「証拠って何だ!? このゴミの中に入ってる筆じゃないのか?」
僕は熱意を持って。心の中で最後まで犯人を追い詰める炎を燃やし続け、叫んだ。
「それだけじゃないんだっ! アンタが蠱毒の脅迫状を送った理由。この事件に蠱毒を織り交ぜたことこそ、本当の証拠を発見するためのヒントだったんだっ!」
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