Ep.9 コドクの呪術師
住民が寝静まり、月明かりが真上からアパートを照らす深夜のこと。
息を殺してアパートの階段を降りる人間が一人。その手で一つの膨らんだゴミ袋を運ばんとしていた。
その影はどんどんとゴミ収集場の方まで近づいてくる。
だから、僕は隠れていたゴミ収集場から顔を出し、持っていた懐中電灯の光を当てる。
そして相手にこう言ってみせた。
「住民なら、アパートの決まりは守りましょうよ。ここのゴミ出しは火曜日の朝です」
相手は素早く逃げようとするも、もう遅い。一〇一号室に隠れていた部長が飛び出し、彼女の前に立ち塞がった。彼は相手の正体を知り、歯を噛みしめて悔しそうに話していた。
「アンタだったのかよ……」
僕と部長に挟まれた奴は、そのまま横に飛び出そうとするも一〇二号室から出てきた知影探偵に阻まれた。
彼女はその影に対し、お叱りを入れる。
「逃げるってことは罪を認めたってことでいいのかしら? 貴方がこの事件の犯人ってことで!?」
僕、部長、知影探偵に追い詰められ行き場を無くした奴は、立ち止まる。そこを狙って僕が今回の事件について、解説した。
「一見、今回の事件は寝ていた鎌切さんが、偶然にも入ってきた蜂に刺されて亡くなった事故に思えますよね。ただ、僕達はそれに疑念を持った。管理人のおばあちゃんに届いた脅迫状のせいでね」
「え……」
それを聞く奴は少々重い声を出し、冷や汗を掻いて、僕の出方を
「僕は思ったんです。犯人は蜂を殺さないでという脅迫状を出すことにより、鎌切さんの事故死を狙っていた。今回も狙われた事故死ではないかと、ね」
そんな僕の言葉に知影探偵が物知り自慢をするためか、補足をした。
「ただ、それって
それを妨害するように僕は大きな声で推理を続けていた。
「じゃっ、犯人が事故死に見せかけるトリックを説明しますね。その準備として、アンタは鎌切さんを寝かせない……ことをしたんだ。ブラック企業に勤めていて、そもそも精神状態がヤバい鎌切さんの安眠を連日妨害したんじゃないかって思うんです。これで、ね」
さっ、と僕はポケットに入った小型のスピーカーを取り出してみせた。
「あっ……!」
スピーカーにはスマートフォンから音楽を送る以外にも録音再生機能があるようなので、ボタンを押して作動させてみせる。そこから流れるのは耳につく嫌な音と共に馬鹿げたような言葉の数々だった。
『こっどくどくどくこどくどく……!』
かなり滅茶苦茶な言葉の羅列に知影探偵は耳を塞いでみせる。
「何なのよ……! こんなの毎晩ずっと聞いてたらノイローゼんなるわよ……まさか、これを流してたの!?」
部長は苦笑いしながら喋っていた。
「寝かせないようにはできるよな……確か、これが一〇一の天井にあったんだよなぁ? 氷河?」
僕は頷いてから、再生される音声を消しておく。部長の言葉が織りなすバトンタッチを受けて、再び推理を語りだす。
「ええ。一〇一、一〇二、二〇二は空室。二〇一の鎌切さんの隣や下の階の人間がいなかったから、この犯行を都合よく行えたんでしょうね。掃除だとか言って、こっそり入った時に一〇一に付けたんでしょう?」
「うう……」
奴はただ呻くだけでうんともすんとも言わない。
「まあ、答えなくてもいいです。話しますから。で、寝かせなかった鎌切さんはもうくったくた。月曜から金曜まで働いて、土曜日の休みとなって。犯人はこの時を狙っていた。鎌切さんが安眠の妨害をされないために密室を作る時を。昼間、蜂が活動する時間に刺されたという事故死のシナリオができる時を、ね」
「それから? どうなのよ?」
知影探偵の反応が言葉を繋げるのに役立った。
「そこからが始まりだよ。たぶん、薬か何かで寝かせておいたメスの蜂、そして何匹かのアブを部屋に忍ばせておいたんだと思う。何処からでもできると思うよ。最悪、鎌切さんのポケットに忍ばせておくのでもいい。で、寝る時間になって鎌切さんの元で蜂やアブが飛び始めた」
「な、何でアブなんかが必要なの? 蜂だけでいいんじゃない?」
またもや知影探偵から質問が飛んできた。虫のことを想像しているからか、渋い顔を見せてくる彼女。
僕は丁寧に答えてあげた。
「蜂は人が襲わなければ、人を攻撃しない。何もせずに刺したら、反撃されて自分まで殺されちゃう可能性もありますし。だから、こう考えればいいんです。アブをハエ叩きで殺そうとして、蜂は自分が攻撃されると思わせれば……!」
部長が納得したように相槌を打った。
「そういうことかっ! 寝ぼけた奴の前にぶんぶん飛ぶアブは天敵だよな。自分の安眠を妨害する蜂に気付かず、アブを叩いて……」
僕は「部長、そういうことですよ」と言って、彼に納得の笑顔を見せてもらってから、推理の補足を話していく。
「部長が僕のないエロ動画の履歴を見ようとしてたから、つっこもうとしたってことで、攻撃するってことを連想していったんですよね。けれども……そこの人は何を思ってたんですかね。自分は見てるから、人も見てると……」
その笑顔は簡単に崩れ去り、部長は叫び始める。たぶん、ここにいる犯人と知影探偵には知られたくない情報だったのだろう。
知影探偵は頬を横に引きつらせ、複雑な顔をしながら、僕の推理に突っ込んだ。
「そうだったの……でも……あれ? あのワタシの推理はどうなったのよ。スプレー密室は? スプレーで死んでた蜂は?」
ああ、そこかと僕は思いながら、説明する。
「知影探偵、それは被害者がその後、アナフィラキシーショックを発症してるのに誰にも助けを持たなかったこと、病院に電話しなかったことに関係してるんですよ」
「どういうこと? あのスプレーで死んでた蜂が……」
「とあるタイミングで、最初にスプレーをかけておいた蜂を部屋へと投げ入れただけですから。密室なんて関係ないんですよ」
「うぐ……」
「探偵としてまだまだですね。そうやって、密室と大袈裟に騒ぎ立てるから。現場が本当の密室ではないことに気付けないんです」
「……ぐうの音も出ないわね! で、どういうことなの? それでどうして呼べない……あっ!」
知影探偵も被害者が救急車を呼べなかった理由が分かったらしい。それを僕が口にする。
「被害者は動けなかったんです。すぐそばに蜂が落ちていたから。アナフィラキシーショックで苦しむ中、動こうとしてもすぐそばの蜂に恐れて。たぶん、生きてるかどうか確かめる余裕もなかったでしょう……動いたら、刺される。そう思って、助けは呼べなかった。彼は刺された蜂のことを誰にも伝えられず、死んでいったんです」
僕は「そうでしょ?」と相手に確認を取ってから、告げてやる。敬語もやめてやった。
「アンタがこの殺人事件の犯人であり、蠱毒の脅迫状の送り主であるんだろ!? 二〇三号室の亀梨!」
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