Ep.8 光に集う者共よ
気分が一行に良くならないのでついでに部長の髪までくしゃくしゃにしていく。
「ちょっ! やめろよ!」
「考えさせてください!」
「いや、人の髪の毛を! オレの美的髪の毛をくすぐるなぁ!」
「いいでしょう!」
なんてふざけてじゃれ合っていたら、じっとそれを笑顔で見守る人がいた。部長は顔を真っ赤にした後、僕を張っ倒し、その人物に甘い言葉を投げ掛けた。
この部長……!
「ああ、すみません。変なところをお見せして」
「あら、BLの最中だったら悪いことをしたけど」
赤い三角巾を被った亀梨さんだった。彼女は僕達の掃除を手伝いに来たらしい。ただヤバい勘違いをしてしまっている。
僕が飛び出して誤解を何とかしようと努力する。
「すみません。違うんです! ふすまの中でやましいことなんてしてませんから」
「そうだったの……」
「納得してくれたんですね」
「まあ、趣味は多種多様、今はどんな性癖だって受け入れるから、安心して!」
「納得してないんですかぁ!」
「ふふふ……」
また髪をぼさぼさにする僕。こんなに髪の毛いじって将来
なんて馬鹿をやっていても仕方なし。
折角だけれど、今は調査に集中したいので訳を言って断った。
「すみません。ちょっと調べてることがありまして……今は掃除よりも」
「あら……そうなの。そうね。時間的にも遅いわよね。もう六時過ぎ……また掃除は次の機会ね」
そう言って亀梨さんは三角巾を取って、ズボンのポケットに入れていた。少々残念そうにする彼女だが仕方がない。
その代わり、ここに来たことが無駄にならないよう、質問をしておこう。
「あっ、何を僕達が調べてるのか知ってますよね?」
「ええ。そこの彼から聞いたわ。気になってるんでしょ? 鎌切くんの死……引きずっちゃうと困るから、わたしは考えないようにしてるんだけど、脅迫状の件もあるから。調べないと気になるわよね」
「ええ。何か……何か、気になることとかあれば……」
「と言われてもねぇ、何にもないのよね……」
「本当に? 怪しい動きをしてた人とか見てませんか?」
「ううん……あの探偵とか言う女の子がぶるぶる震えているのを見た位。後、ゴキブリを探してた瓜木さん……あの時、いや、変な動きはなかったわね。特に驚くこともなかったし」
「ですよね……」
結局、亀梨さんと話をしても推理に役立つ成果は上げられなかった。単に横で真っ赤になって黙る部長の性欲を満たしただけとなる。
彼女は一段落して、部屋に戻っていく。
調査は行き止まり。
警察のように科学捜査は使えないし、聞き込みできる権力もない。これ以上、部屋を尋ねても迷惑と思われて、追い出されるだけだ。
誰が犯人かもはっきりしない。
そんな時だった。僕のスマートフォンに通知が入り、ある人物からの連絡が来た。
『話がしたいです。プライベートチャットをしませんか』
美伊子のバーチャル体からのお誘いだった。動画配信をする彼女は時々、僕と話ができる時間を作ってくれている。
そこでは僕も断りたくない。例え、どんな形であっても彼女と一緒に居たい。そう言う感情のせいで所かまわず、彼女のお誘いに乗ってしまった。
可愛らしい彼女がこちらをじっと見つめる画面を僕は覗き込む。彼女の兄である部長もそこに気付いて、「やっほ」とそちらに手を振った。
『ありがとうね……今、忙しいかな? 土曜日の夜は暇かなと思い、電話しちゃったんだけど』
僕はずっと持っていると、手が疲れるからスマートフォンを置いておく。それから話を切り出すことにした。実は忙しい。殺人と思われる事故の捜査でね、と。
「こういう訳なんだ……誰が犯人なのか分かんない状態」
彼女はわざとらしく口に手を当てて、『まぁ、大変』などと発言している。あざとすぎる。
ただ、こんな天然に見えるが。
実力はぴか一の名探偵。嫌いだが、くれる情報は天下一。期待してしまっていた。
『ってのは、さておき……謎が多いんだね。事故だとしても……』
「うん……このままだと犯人がいたら、完全犯罪になっちまうよ……」
『……本当に完全犯罪なら、脅迫状も出さない……訳じゃないけど。脅迫状にとんでもない意味が存在するかもって考えて、いいかも』
「えっ、とんでもない意味?」
部長が同時に口にする。「なんじゃ、そりゃ」と。
そりゃそうだ。蠱毒を掛けてやるなどと言う不思議なメッセージに意味があるとは、考えにくい。
……と思ったが、その前の文言に集中すれば、少々意味は見えてくる。
蜂の巣を壊すな。
つまりは犯人は蜂によって、鎌切さんを殺害したかった。あくまで自然死で。今回も自然死と見せかけたかったのだろう。
犯人は蜂の巣があるアパートと言う舞台までもを作り上げたかった。
待てよ。犯人が舞台を作り上げたかった?
僕が鎌切さんを放っといたのは、寝たから。つまるところ、彼が密室の中で寝ていたと言う舞台が作られたのだ。
あのアイテムが関係している?
『何か見えてこない? 謎の答えが……だぁんだぁんと見えてくる……だぁんだぁんと見えてくる』
部長がそれに反応して、大きな欠伸の間抜け顔を晒してきた。
「それ、眠くなってくるからやめろ。ふぁああ」
鎌切さんは犯人の手で作り上げられた舞台の中に立って、眠っていた。そこから、だ。そこから考えるのだ。
どうやって謎の答えに辿り着くか、を。
興奮していた。少々、謎が解ける喜びと言うものを味わってしまっていた。
「……部長」
「何だ……今、俺は可愛い妹の声を聞きながらエロ動画の履歴を探してるんだ」
気付けば、部長の手に僕のスマートフォンが渡っていた。エロ動画の履歴で脅されてたまるかと思い切り、僕は拳を振り上げ、彼を気絶させようかと目論んだ。
その瞬間だ。
……分かった。
この事件がどうやって、仕組まれたものなのか。
そこを考えれば、自然と分かる。横たわってみて、被害者の気持ちになって、目を閉じる。
『あれ、氷河の声が聞こえなくなったけど』
「いや……氷河なら、いきなり床に倒れて寝ちまった……」
『兄貴……もしかして働かせすぎたんじゃ! 過労で倒しちゃったんじゃないでしょうね?』
「いや、手伝わせただけだって! 掃除を! それとちょっと探偵みたいなことをして……」
『本当かしら?』
今の僕はふざけた喧噪すら愉快に聞こえる。
そう、今の僕は負けない。犯人になんか、負けない。部長にとっては受け入れられない真実もあるのだが。
そこは我慢してもらう。乗り越えてもらうしかない。
今は前向きに考えよう。
全てが見えてくる。
証拠はないか、だって? いや、あるのだ。たぶん、美伊子の言葉に従って犯人のメッセージを考えれば、分かるだろう。
これは完全犯罪なのだから。間違いなく、あの証拠が残っているはず、だ。
「おーい、大丈夫か?」
『大丈夫?』
部長と美伊子の言葉に合わせて、起き上がり、僕は言い放つ。
「知影探偵の推理をぶち壊す! そして、この事件を解く全ての準備が整った!」
美伊子は「じゃ、役に立てて何より!」と言って笑顔を残したまま、画面から消えていった。少々早いが制限時間が来てしまったのか。残念だが、今は美伊子のことより犯人のことが優先だ。
チャンスは一度切り。
これで、蠱毒荘殺人事件を終わらせるのだ!
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