Ep.7 絆? それって美味しいの?

 僕はポツリと口から出た言葉で確認を取る。


「ほ、ほんと、ほんとですか? 本当にオスは針を刺さないんですか?」


 八千代さんは自信満々に力強い声で言い放った。もう嘘がないと言わんばかりに蜂の尻をこちらに見せつけてきて。


「ああ! 間違いない! 刺すのはメスの蜂だけだ……! それにしても、誰だよ。殺虫剤なんて……」


 つまりはここから導き出される答えが一つ。鎌切さんは蜂との相打ちで死んだ訳でもない。落ちていた蜂に殺された訳ではない。

 あの部屋に、もう一匹、メスの蜂が存在していたのだろうか。


「他に蜂が……いたのか、あの部屋に……」


 僕のぼやきに後ろを向いて、反応した八千代さん。怪しい様子に今度は部長がつついていた。


「八千代さん、変に隠し事をすると、本当に蜂のことで信用してもらえなくなりますよ」

「いや、もう信じて……」

「悪いですけど、オレは蜂については、ばっちゃんより八千代さんの方が詳しいって信じてます。蜂のことで何か、隠してることがあったら教えてください。この蜂に殺虫剤を浴びせた悪い人のことが分かるかもなんです」


 部長の真剣なまなざし。彼の人を信じる心が伝わったのか。八千代さんは僕に一つの事実を提供してくれた。


「ううん……実は……あの……鎌切さんが倒れてるのを発見した時、君達が必死にやってるところで……蜂を捕まえてたんだ。玄関にくっついてた、奴を……」


 僕達は首を傾げる。確か僕達は人工呼吸等の処置をしていて。ほとんど人の行動を見ていなかった。

 何をやっていても分からなかったが、八千代さんが昆虫採集をしていたとは思わなかった。

 僕がその行動に呆れたとのコメントを入れる。


「……人が大変だったのに……」

「でも、それは皆やってたから……それよりも蜂の方が大切だったから……だってもし、そいつが殺したと分かったら、皆……そいつを……」


 ううん、やはり、人命より他の物を優先する人の気持ちが全く理解できないのだが。それでも部長は空気を読んでくれたのか、彼の気持ちに寄り添っていた。


「ううん、八千代さんとしては大変だったんだよな。そりゃ、大事なものを殺されかけて、落ち着けないよな……」

「ああ……」

「分かる。だから、逃がしたのか?」

「あっちの森に、な。たぶん、あそこの森林で冬を越そうとしている中、迷い込んできたのか……」

「でもよく捕まえられましたね」

「そっと捕まえれば、暴れはしないよ。真似しちゃダメだけど……それにしても」


 顎に手を当てる八千代さん。じっと見ると、黒い汚れが付いている。顎を何かに乗せたのか。それとも、と思ったが、今はそうしてる場合ではない。

 家に撃退スプレーがないか知りたいところなのだ。だけれども、それに蜂を殺すような殺虫スプレーを持っているかと言われ「うん」と言うはずもないし、あっても見せる訳がない。これ以上、八千代さんの家に中に入って家宅捜索をさせてもらう理由も思いつかない。

 結局は、撃退または殺虫スプレーを見つけて犯人特定とまではいかなかった。

 謎が増えるばかりと考えながら、庭に出る。そこで知影探偵が来て、一〇五号室を指差した。


「あそこはいいの? そういや、全く入ってなかったけど」

「あっ、うっかり忘れてた。まあ、いつでも入れるし……今なら部長のおばあちゃんに邪魔されず、スプレーを……」


 その指摘で身を翻した途端、部長が僕の前に立った。


「ちょ、ちょ、ちょ、待てよ」

「どうしたんですか? 部長」

「いや、そのだな。他にあの三人の怪しいところを探そうぜ。だって、少なくとも八千代さんの家はまだ調べてねえんだし。それに瓜木さんだって、AEDを探すふりをして、本当は殺虫スプレーの缶を捨てに行った可能性もある。ほら、証拠として気付かれなくても、証拠は捨てておいた方がいいと思ったのかもしれないし」


 やけに早口になる部長の言葉。筋は通っている。何故か部長なのにしっかりとした反論を入れてくることで何かあると思った。

 そこから僕が今しようとしていることから考えて、ははぁんと思わずにはいられなかった。


「……部長……身内だからって疑わない理由にはなりません……身内だからとて手加減して無条件で容疑者から外したり、罪を隠したりすることが大嫌いなんです。そう、アンタの妹の美伊子だってそう言う人だった」


 そんな僕の非情で当たり前な言葉に反論。


「えっ、でもお前はやってないと思うし、お前もオレも知影さんのことは疑ってねえじゃねえか!」

「部長は僕と一緒にいたからアリバイがあるんです。だから、僕の捜査では考えないし、そもそもこのトリックに必要な蜂やスプレー缶を用意していないし……用意できないと思って知影探偵が犯人の可能性は低いと考えてるんです」

「……お前、絆ってのは……」

「殺人事件に絆なんて関係ありません。いや、逆に絆こそ事件の引き金になることもあり得ます。信頼だけは犯罪をしてない証拠にならないんです……」


 そう。愛がないことは何度も証明したことがある。しかし、信頼が犯罪をしてないと言う証明はしたことがない。できるはずもない。

 僕はそうハッキリ言って、部長の横を通り過ぎた。一応、おばあちゃんの部屋を確かめるために、だ。

 やはり、だ。ふすまの中にスプレー缶があった。ついでにとある包みもあるが、これは今回の事件には全くないと考えて、調査終了。

 そこでやっと部長が僕の前にまた現れる。


「な、なぁ……これだけでばあちゃんが犯人だって言わないよなぁ」

「どうして、です?」

「だって、おかしいだろ。撃退スプレーを掛けられた蜂は鎌切さんを殺したものとは違うんだぜ。たぶん、ばあちゃんが掛けたのがたまたま……開いてた、まだ俺達の探してない隙間から入っただけなんだって!」

「隙間から……? 他に何処に隙間があるの?」

「探してみるぞ! ついてこい!」

「えっ!?」


 部長が突然の暴走。仕方ないから、僕も付いていくと彼は一〇一号室の中に飛び込んだ。ここは空室で誰もいないから、普通に入ることができたのだが。

 玄関から見てみても、部長はいない。消失したかと思ったら、変な場所にいた。


「おおい! 部長、何処にいるんですか!?」

「ふすまの中だ! 来い!」


 ふすまの中に僕を呼び寄せると、突然、部長は指でふすまの中の天井を指差した。


「何か?」

「ないか?」

「何が?」

「穴だよ。穴! この辺にできてねえかな……って」

「いい加減にしてください」


 何てところで何かが落ちてきた。小型の何かが部長の顔に当たり、ポンと飛んで、僕の手にやってきた。

 

「スピーカー……?」

「ん? 何で、そんなものが……?」

「分かんない……何なんだ……? 一体?」


 無線のスピーカー。某探偵アニメで見たことがあるのと似たようなものだ。手のひらに入る位小さい癖に無線で遠くから声や音楽が出せるようになっている。

 何で、こんなものが、と不可思議に思った僕は体ごと捻らせて、考えた。

 謎だ。

 この事件には謎が増えている。なんて考えている間に僕へとどめを刺すように、謎が入り込んでくる。

 きっかけは、部長だった。


「あっ、そういや、ばっちゃん、そろそろ帰ってくるなぁ……なぁ、ばっちゃんがこの事件の犯人だったら、救急車に乗るのと一緒にスプレー缶持ってかないか? それで缶を捨てたら……」

「そんなん持ってける訳ないじゃないですか……」

「いや、できたかもしんねえよ? もしかしたら、だけど。いや、救急車の中に捨てれるだろ!」

「救急車の中に不法投棄する人はいないでしょ……!」


 救急車救急車何度も連呼していた僕。「救急車に、救急車に」と繰り返す程、僕の心に違和感が浮き上がる。

 何故、倒れてからすぐに鎌切さんは呼ばなかったのか。あの部屋にも固定電話はあったはずだ。それなのに、何故動かなかった?

 刺された時に動けないレベルで酷い痛みに襲われたのか?

 それとも何か電話に触ることができなかったのか? 通じなかったのか?

 

「どうした……?」

「ううん、もし部長のおばあちゃんが犯人だとしても分からないんです。何故、鎌切さんが助けを呼ばなかったのか……そもそもです。蜂を恐れる鎌切さんが、蜂に刺されるような行動を取る理由も分からないんです……考えれば考える程に謎がでてきて……頭が……頭が痛いですよ!」


 そう言って、僕は髪の毛をぐしゃぐしゃに搔き乱していくのであった。

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