Ep.6 でこぼこトリオのとんでも調査
知影探偵の推理が間違ってるとは言えない今の僕。彼女が得意げに胸を張っているのに対し、「そうですね」と言うしかない。そのせいで彼女は「えへん」と更に調子に乗る。
彼女が調子の波に乗っているのであれば、絶望の海に突き落としたいところではあるが。今はできない。彼女の話から伺える、犯人の手掛かりについて語ることにした。
「つまりは……ちょっと待ってくださいね」
部屋の奥にあるたった一つの窓を開けながら、外を見る。ここから放り投げられた形跡もない。それどころか、下の道路を見ても撃退スプレーのようなものは落ちていない。ついでに部屋の外へ出て、アパートの二階の廊下から庭全体を見渡してみる。スプレー缶のようなものは落ちていない。
部長が僕を追ってきて、行動の意味を問う。
「何、してんだ?」
「今の知影探偵の話を聞いていましたよね。もし、彼女の言う密室が正しく、誰かが撃退スプレーで蜂を殺したとしたのなら。庭に捨ててあるのでなければ……撃退スプレーは犯人が持ってるはずなんです。つまりは、今、スプレー缶を持ってる人が犯人と目星を付けることはできますから」
「と言うことは、庭になかったのか?」
「はい。誰かが持ってると思います……」
「嘘だろ……?」
少々部長の顔が強張った。何が言いたいのかと首を傾げて聞こうとする。
「何が嘘なんです?」
「い、いや……推理はええな! って思って。なるほど。なるほど。二人の推理にほれぼれしちゃったぞ!」
後ろで聞いていた知影探偵は「あら!」と口にした後、少々嬉しそうな顔をして小刻みにステップをしていた。
しかし、僕の方はその言葉で機嫌がよくなることはない。僕の言葉を「嘘だろ! こんな凄い探偵が目の前にいるのか」と言いたいのなら、「い、いや……」と何かを否定する言葉を使うはずがないのだが。
たまたま口が滑ったのか。いや、と一回否定しないといけない秘密でもあったのか。まぁ、部長のことだから言い間違いの可能性が大だよな。
そんなことで自分を納得させて、今後の方針を決めることに集中した。
「では、早く行かないと、証拠を消されちゃいますので。三人で違う人の部屋に潜入して、スプレーがあるか見てきましょう。勿論、何か危険だと思った場合はすぐに帰ってきてください」
アパートの住人は皆、部屋の中に籠っている。住民での夕食会合も無くなったし、部屋の中で食事の準備をしているのだろう。
そこに僕達が訪ねて、撃退スプレーがあるかを知るのが目的だった。
だけれども、一人不満を持つ者がいた。知影探偵が真っ先に手を上げる。
「ワタシ! 虫がいる部屋に潜入できないんだけど、どうすればいいのかしら……!?」
そういや、このアパートはほとんどの人が虫を飼育しているのであった。
今は蜂がいない八千代さんのところにすればと言い掛けそうになったけれど。よくよく考えてみれば、彼の部屋に虫がいないとは限らない。新しい種類の虫を飼っている可能性もある。
だから、僕は仕方なく役割を変更する。
「じゃあ、知影探偵はこのアパート全体を見張っててください。外からなら飼ってる虫は見えないから心配ないですよね」
「えっ、ええ」
知影探偵は証拠を処分する人がいないか見張る役割を頼んでおいた。
「じゃあ、僕と部長で手分けします……ええと」
「じゃ、オレ! 亀梨さん!」
「……お願いしますよ。自分は男チームを見てきますから」
一階と二階で手分けしようと思っていたのだ。しかし、部長は亀梨さんにちょっと変わった感情を持っているようで。
証拠を隠さなければいいのだけれども、と思いながら、結局部長の提案を飲むことにする。
早速、今いる二階の五号室、瓜木さんの部屋へ突入だ。
「すみません!」
ドアが開いてたので、ノックなしに入ってしまった。奥で缶詰を並べている瓜木さんの姿があり、彼は見られていることに気付くとすぐさま飛んできた。
「ど、どしたの!? ちょっと!?」
「いえ、ちょっとゴキブリに関して調べておきたいことがありまして……」
「えっ?」
「ほら、さっきのバナナとかって言うのを……ちょっと知りたくて」
「ああ……まあ、食事中だけど聞きたいのなら、仕方がないなぁ」
見せてもらいたいなと穏やかな声で伝え、目論見通り瓜木さんの説明を受ける。彼の話を聞いて相槌を打ちながら、ゴキブリがいる虫かごの周りを見る。特にスプレー缶が入りそうなかごはない。
隣で動いているゴキブリに気を取られそうになるも精神を統一させて、スプレー缶捜索を続行する。
思った場所には見つからない。ならば後はもう、少しずつ聞くしかない。
「それだけゴキブリを大切になさっているのですね……撃退スプレーを巻かれたら、大変ですよね」
「な、何を! その通りだ。最近のゴキブリは強くなってるから、あんまりってところもあるけど。危険な事は確かだ」
「と言うことは、そういうのは置いてませんよね」
「当たり前だよ。自然の近くに住むってことは虫と共存する意識を持たなきゃ……亡くなった鎌切さんは少々慣れていなかったみたいだけどね」
お礼をして家を出る。残念ながらふすまの中までは見れなかった。食事中にこれ以上、邪魔をするのも悪いし、追及はやめておこう。
そんなところで亀梨さんの家から部長が出てきた。彼はすぐさま首を横に振る。
「亀梨さんちには一個たりとも、なかった」
「ふすまの中もです?」
「こっそり見てやったが、なかったな。部屋はカメムシやら、書道の道具やらでぎゅうぎゅうで少々探すのに手間は掛ったがな」
「書道?」
「ああ……筆が置いてあったぜ」
「ふぅん……でも、まぁ、事件には関係なさそうだし……一緒に八千代さんのところに行きましょう」
「ああ!」
共に一〇三号室へ訪問する。そこで突然出てきた八千代さんが怒鳴り声を上げた。
「は、蜂は! 蜂は悪いことなんてしていない!」
「はっ、はい……?」
「だから、蜂を責めるのはやめてくれ!」
何故怒られたのかも分からない僕は数秒間、魂が抜けていた。戻ってくると同時に八千代さんの話を聞いてみた。
「何のことです……?」
「い、いや、亀梨さんから電話があったぞ! 蜂のことを悪く言うなぁ! 蜂のせいでアイツは死んだんじゃない。アイツのせいで蜂は死にかけたんだ……! 蜂は自ら襲ったりしない! 攻撃されなきゃ、巣に近づかなきゃ、刺しはしないんだ! だから絶対に蜂は……」
……僕は亀梨さんを確かめた部長にポツリ。
「もしかして、部長……」
「言っちゃった……亀梨さんに推理のこと言っちゃった」
「口止めし忘れていた僕のミスです。すみません。ごめんなさい。僕は人間の屑です」
「そう卑屈になるなって」
「誰がさせたんですかっ!」
と僕が部長よりも上から目線で言葉を放とうと、つま先立ちをした途端のことだった。ポケットからぽろっと蜂の実物を入れた袋を見せる。
死骸であるからして、更に八千代さんの機嫌が悪くなるに決まってる。僕は急いで弁明をした。
「こ、この蜂は……ですね」
部長は固まり、僕は言い訳をしている間に八千代さんはそれを拾ってしまう。更に怒られると思った僕は縮こまったのだが。
彼は袋から取った蜂の尻を確かめながら、事件を覆すような話を口にした。
「これは……毒針がない。毒針がない、オスの蜂だよね……! 何処で拾ってきたんだ!? 何処で殺虫剤が散布されていたんだ!?」
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