Ep.1 そうじだよ! 全員集合!

 窓から風が入り、ほこりが浮き上がる。マスクと三角巾をしていた僕はそっと古くなった網戸の外を見て、きっと睨んだ。今の風を吹かせたこの空間が恨めしかった。外は十月の体育の日を祝うかのような快晴ではあるが、僕の心は大雨が降っている。

 もう一人、同じ三畳一間さんじょうひとまの部屋にいる男の先輩に呪うような雑言と文句を垂れ流した。


「折角の休日になんちゅう部活動をさせるんですか。何時いつから僕は『Vtuber研究会』から『アパートお掃除同好会』になったんですか!?」


 部長はそんな僕の愚痴に対し、箒を振り回しつつ、朗らかに笑っていた。

 そもそもの発端は、研究材料だとか言って僕を町はずれの林近くにあるアパートへ僕を呼んだことだ。最初はあのぶっとんだ石井部長のこと。何か途轍もない発想があるのではないか、と信じていた。

 だけれども、違った。彼に騙されたのだ。

 本当は彼の祖母が管理する「己読こどく荘」。その二階建てアパートにできた空き部屋の掃除を手伝うことであった。それに加えて、最初に入った一階の一〇二号室。この部屋は蜘蛛くもの巣と埃だらけ。開始十分で心がくじけそうになった。

 僕ははたきと掃除機を交互に使いながら、何度も文句を石井部長にぶつけていた。


「何で、こんなことをするんですか?」

「わりぃわりぃ、元々じっちゃんが老後に始めたアパート経営だったんだが……じっちゃんが死んで、その上ばっちゃんは腰を痛めてな。毎年、うちの家族の誰かが手伝いに来てたんだよ。だいたいは美伊子が……な」


 美伊子の話題。

 そこを出されると、僕は文句を言えなくなってしまう。美伊子は先日、何者かに襲われて、行方不明になった僕の幼馴染だ。彼女の分身として何故か、動画配信をする似た顔の女の子がいる、と言う事実だけが手掛かりで。

 依然として、彼女の行方は分かっていない。

 だから、僕は部長を責められなくなってしまった。仕方なく別の話題で気になったことを口にしてみる。


「部長、おばあちゃんにも親にも言ってませんよね。美伊子のこと……!」


 美伊子がいなくなった事実は秘密となっている。彼女の失踪の原因にあるのが、非情なことに初対面の人物でも傷付けるような相手。美伊子のことを知った誰かが失踪を調べたら、その誰かに危険が及ぶ必要がある。

 だから、この事実を知る人はほとんどいない。僕と美伊子の兄である石井部長、そしてここにはいない一人の女子大生だけ。


「勿論、親にも言ってないぜ……ってか、アイツの探偵業が忙しいってことを伝えるためにお前がわざわざうちに偽物の手紙も出したんだろ?」

「うん……大変だったんですよ。部長から借りた美伊子の筆跡を真似て」


 それでも部長の顔を見る限り、僕がやろうとした隠蔽がうまくいっているらしい。良かったと安堵しようとしたところ。


「安心しろ。そんな苦労をオレは水の泡にするような男じゃねえ。近所のおしゃべりなおっさんに話したっ位だ」


 期待を裏切られた。

 僕は手に持っていた掃除機のヘッドで部長の頭を狙い、振り下ろす。胸糞悪いことに横へと避けられたが。


「てめぇを水の泡にしてやるよ。動くな部長。消えろ達也!」

「おいおいおい! さっきまでの丁寧語は何処へ消えたんだ!? オレは先輩、お前は後輩」

「先輩……後輩が先輩を殴る事件なんて世の中たんとあるんですよ」

「そ、そうだな」

「と言うことで、そこで肉の塊と化せ!」


 二回目も外してしまう。どうもこうも、当たらなくて更にイライラが増していく。部屋の換気があまり良くないこともあって、蒸し暑い中、僕の憎悪はだんだんと大きくなっていた。

 相手の部長は丸腰。彼は前に手を出して、命乞いを始めている。


「おいおいおいおい! やめろ! 冗談だって!」


 冗談だとしても、この怒りは消えてくれない。ジョークだとしても質が悪い。僕がどれだけ、美伊子のことを隠そうと悩んだか知らない人がやる行動だ。知っているはずなのに。

 そんな怒りを部長に目線でぶつけながら、掃除に戻る。

 こうやってふざけているから、一向に進む余地がない。これでは腰の悪い部長の祖母がやった方が、いや、誰も掃除をやらない方がまだマシなのかもしれない。

 

「まあ、狭いだけ良かったか。この三畳一間を三部屋やればいいんですよね? これが広い部屋だったら、一日じゃ終わらなそうですし」

「そうだな……せまっちぃと言われるとあれだが……家賃は安いからな。一人暮らししたいんだったら、ここをお勧めすんぜ」

「お断りします。事故物件みたいな安さのアパートに住める訳がないでしょう」


 と言っても、話として値段を聞いただけなので実際のところ、何故敷金礼金ゼロで家賃が二万円以下なのかは知らない。

 だけれども二万円以下でその理由は管理人が優しいからだと理由は絶対ないと断言させてもらいたい。きっと幽霊か何か出るのだろう。

 そう部長に伝えておく。


「ダメか?」

「墓地を潰して、このアパートを建てたんですか?」

「いや、出るのは幽霊と言うよりは、もっと実害のあるものかもしれん……ってか、お前もばっちゃんの部屋で見たろ?」


 確かにとんでもないものを見た。しかし、あれは管理人の部屋だけでは? そう問い掛けると、部長は黙ってしまった。

 一体、このアパートに何が出るんだ?

 そう考えたところで掃除機のスイッチを入れる。少々吸い込みが悪いと思ったら、ゴミを吐き出し始めた。


「あっ……」

「何か、その掃除機ダメみたいだな。もう一つあるから、ばっちゃんのところから取ってこようぜ」


 なんて言ったところで、アパートの外に出た。その庭で杖をつく部長の祖母とちょっと意外な人が会話を繰り広げている。

 部長もその人物の訪問を知らなかったようで、首を傾げたままの状態で二人の元へ近寄っていく。僕も置いてかれないよう、一緒についていこうとしたところで、その意外な人物は僕の方に視線を向けた。


「あら……氷河くん……」


 僕は驚きによって、言葉を出しにくい状態であったものの彼女に声を返す。


「な、なな、何で、知影探偵が……」


 知影探偵。美伊子のことを知る探偵ぶる女子大生だ。事件があるところには警察に呼ばれてくるのだろうが。彼女と事件関係以外の場所で出逢うのは、これが初めてだった。

 部長も同時に「そうだそうだ」と疑問の声を上げる。部長の祖母はおっとりとした表情で「あら、こちらともお友達だったの?」と言って。

 僕ら二人は馬鹿みたいにうんうんと何度もうなづいた。

 気になったものは相手が探偵でも聞くしかない。探偵嫌いの僕は好奇心に負けて、尋ねてみた。


「何かあったんですか……この知影探偵が出なきゃ、解けない難事件でもあったんですか?」


 ちょっと嫌味を込めたのも彼女は気付かず、胸を張って返答してきた。


「まぐれで事件を解決した探偵さんと違ってね。ワタシは呼ばれるのよ。有名な探偵になるんだから! 知名度は徐々にアップしてるはずだし。どんな探偵も解けないような大事件、ワタシが解明してみせるわ!」

「どんな探偵も解けない?」


 それは彼女が大袈裟に言っているだけか。それとも本当に話しているだけか。一体、どんなことが起きているのか、分からず混乱するばかり。

 そんな僕、部長と知影探偵に部長の祖母は「お茶をしよう」と提案した。


「まあ、立ち話もなんだし……休憩しましょう。二人共。ほらほら、入って入って。知影探偵も」

「どんな事件が待ってるのか、ドキドキが止まりませんね。さて……えっ」

「どうしたんだい? あっ、この子達、可愛いだろ?」


 部長の祖母につれられ、一〇五号室(大家である部長の祖母の自宅でもある)に入っていく知影探偵。


「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 そんないきがっていた彼女は数秒後にとんでもなく酷い悲鳴を上げることとなった。


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