Ep.2 命の価値なんて

 スマートフォンの画面に美伊子が現れる。通常の配信は多数の人が見ているようだ。ただ、今日は違った。僕がコメントで頼んでみた結果、美伊子がプライベートで配信してくれるという配慮を取ってくれた。

 誰にも見られず、僕の心中を吐露できるのだ。


「ありがとう。美伊子」

『本物じゃないけど……何か悩んでたら、相談に乗るよ? どしたの? 必死に話そうって言ってきたけど、困ったことがあるんでしょ』

「う、うん……」

『何?』


 最初に知影探偵とどう出会ったのか。そのことを聞いてもみたかったが。時間の無駄になると考えた僕は、本当に相談したいことを伝えていく。


「僕が探偵として行動した……それで殺人事件の犯人は暴かれた」

『いいことよね。頑張ったじゃん!』


 そんな彼女を僕は目をかっぴらいて否定した。


「全くだよっ! 全くいいことなんかじゃない! 僕は君の復讐のために戦った! 探偵なんて役に立たないことを証明して先に事件の謎を解いてしまおうとした結果が……!」

『それが……?』


 美伊子が目をぱちくりさせる中、本気で悩んでいることを告げる。


「その結果が二人も死んだ! 警察に普通に頼んでいれば、知影探偵に頼んでいりゃ、一人も死ななかったかもしれない! 僕がやったことは勝手に事件の謎を解いて、それだけで満足して、事件の関係者を傷付けた。そして、殺してしまったんだよ! 僕のせいで!」

『……氷河?』

「だから、僕は……消えなくちゃいけないんだ……! ちゃんと最初に言った通り、この腐った探偵を消すんだよ。殺すんだよ」

『氷河……? 何を言ってるの?』


 その広場の近くには河川の上にある高い橋がある。人通りも車の通行も少ない場所。何が起きても分からない。

 そこまで僕は歩き、手すりに体を預けながら美伊子に言い放つ。


「結局、僕も探偵になっちゃった。だから、僕は僕に復讐をする。このまま、終わるんだ。終われば、少しは探偵のいない平和な世界になるのかな!?」


 僕の言葉に美伊子は叫び出す。


『何言ってんの!? 今すぐ、やめなさいっ! そこからどきなさいっ! 考えを諦めなさいっ! 今すぐっ! 今すぐっ!』

「もう、遅いよ。僕がこのまま命を落とせば、少しは探偵も少なくなるかなぁ。一応、遺書は作ってきたんだ」

『遺書って何!?』

「アズマを全部告発する内容。やってきたことも警官が頼り切ってることも。僕はそれに絶望し、目の前でショックなことに。で、嫌になって終わった。それでいいでしょ?」


 僕は遺書の内容を一字一句たがわず語っておく。一切、彼女は頷かったがそれで良い。彼女は人の死には納得しないのだ。

 

『やめてっ!』

「いますぐ、君の元にいく……これで少しは世界も変わるかな?」


 怖くない。高い場所から落ちることなど、今まで希望から絶望に落とされてきた恐怖を考えれば恐れるに足らず。

 さようなら。

 スマートフォンを手から落とすと、足で地面を蹴り飛ばし、頭から河原の元へダイブする。目を瞑って、思う。

 ああ、終わったんだ。これでお終いだ、と。


「ばかやろおおおおおおおおおおおおおおおお! お前が死んだところで変わるかよ!」


 そんな僕の足をいきなり誰かが引っ張った。重力に逆らった力は僕を担ぎ上げると、橋の上に背中から打ち落とす。

 痛みもあったが、今は何が起きたのか分からず、そんなものを感じている暇などなかった。

 誰かの荒い息の音を聞きながら、目を開ける。


「部長……何で、こんな場所に……何で、どうして、僕の命の価値をアンタが決めるんだよ!?」


 そう叫ぶ僕に部長が手を出し、シャツを掴み上げた。そして、酷く厳つい声で僕を怒鳴りつけた。


「見てたんだよ! 知影が、お前の様子が変だって相談してきて。気になったから、追い掛けてきた。途中で見失って……探していたら、ここにいたんだよ! それよりなんだよ!? お前は何をしようとしてたんだよっ!」

「……それよりも命の価値って……」

「ああん!? そんなことも分かんねえのかよ!? 事件のことは解けても、自分のことは全く分かんねえのかよ!? あたりめぇだろ! 人が一人自殺した位で何かが変わる世界じゃねえんだよっ! 変わってくれねえんだよっ!」


 彼は必死だった。汗を流しながら、懸命に語っていた。足元にあるスマートフォンに映った美伊子も共に命を叫んでいた。


『変えたいと思うんなら、生きようよ。生きるんだよ! 探偵として、大切な人達を殺してしまったんなら、生きてその罪を償いなよ! 次は困ってる誰かを助けられるように。同じ痛みを抱えてる人達と共有できるように!』

「このスマートフォンにいる……美伊子だよな。こいつが言ってる通りだぜ。お前の命の価値なんて知らねえが、これだけは言える。人は生きた方が悪い奴等を追い詰められるんだぜって。お前の恨んでいる探偵の前で暴れてみろって。その方が自殺されるよりもよっぽど、困るぜ」


 二人の言葉で心にあった硬いものが解れていく。

 何をやっていたんだろう。

 僕は……自分の命を何と思っていたんだろう。命を捨てれば、何もかもが解決するなんて都合の良いことはない。分かっていたはずなのに。


「そうだよ……僕は……部長……部長……本当にごめんなさい……美伊子を守れなくって。その責任から逃れようとして……それで命まで捨てようとしてしまって……」


 部長が弱気になる僕の体を暖かい腕で包んでくれた。


「……分かったんなら、いいぞ。お前はオレがこの世で最も信用してる奴だからよ」


 信用している人。

 部長は困ったら、僕を頼ってくれた。人狼ゲームでも僕を無実の村人だと信じていた。

 そうだ。部長は優しくしてくれていた。

 僕に無償の愛をくれていたんだ。それを酷い形で返そうとしていることに気付くと、本当に申し訳がなくて。

 どうしようもなくて、橋の上で泣いていた。ただただ泣いて、泣いて。僕がスッキリするまで部長と美伊子はそばにいてくれた。


 何故、部長が狐ヶ崎に襲われた時、知影探偵まで呼んで助けに来てくれたのか。それは僕のことを考えていたから、だそう。

 本当に不思議だ。僕の作戦は警察の人達以外には伝えていなかったはずなのに。なんて悩んでいたら、本当は違った。

 いつ僕に美伊子のことで「気負うなよ。美伊子の件は俺も悪いところがあるんだから。一緒に考えていこうぜ。美伊子が生きてると信じて、探してみよう。見つかる、その時までな」なんて言葉を伝えるか、悩んでいて。僕の姿をずっと見張っていたらしい。

 一回、狐ヶ崎への推理も影から聞いていたらしい。で、狐ヶ崎が推理に納得できずに暴れた時、僕がどうなるのかを心配して、知影探偵に助けを求めた。それから、自分は竹刀を取りに行っていたそう。

 戻ってきた時には狐ヶ崎が血の海を広げていた……。


「そういうことだったんですね。部長。本当にありがとうございます……美伊子のことも許していただき、本当に感謝です!」


 部長は僕の行動に笑う。


「そんなに改まんなくてもいい! あれは買い物に行かせたオレも原因があるし。きっと美伊子も生きてると信じよう」


 なんて言う声に美伊子は「本当に死んでるんですが」と不安になる反論を出すが。

 部長は負けじと暗さを吹き飛ばす。


「なぁに? お前が死体を見たって訳じゃねえだろ!」

『そ、それは……』

「まだ、本当はどっかに監禁されて死んだことになってるのかもしれねえ! それをオレとこの氷河なら絶対見つけ出せるさ! 安心しとけって!」

『……そうですか……』


 何だか、僕まで笑いたくなってくる。最初から部長に正直に話しておけば良かったんだ。部長を危険に遭わせてしまうかもしれない。だけれども、それは僕が止めれば加減を考えて止めれば良い話。

 

「最初からこうすれば……良かったんだね」


 部長の明るさにも頼っていこう。そんな中、だった。不意に部長が尻ポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。


「……こんな時に……知影か……って。氷河。探偵嫌いのお前に話したい事があるんだってさ!」


 部長はスマートフォンを素早く僕に手渡した。今のうちに部長がインターネットに残した検索履歴でも見てしまおうかと思ったが。

 そんなふざけたことをしている場合ではないらしい。真剣な顔がそう語っている。


「な、何があったんだろ……?」

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