Ep.28 決着はすぐそこに
「また使うものを捨てられなかった。それにアンタは自分が捜査上に上がらないと慢心していた。だから、まだ、アンタの家に縄が残っているはずだ! 警察が捜査令状を持って、アンタの家に踏み込めば村山先輩を襲うための縄が残っているはずだ!」
村山先輩を襲ったことさえ警察が分かれば、家宅捜索もできる。そうすれば、彼女の行動もおのずと現れるはずだ。
神原先輩を殺害した際、血が付いた衣服もまだ捨てずに残っているかもしれない。燃やすのは目立つし、血の付着した服を迂闊にゴミ捨て場には持っていけない。
いや、服だけではない。
神原先輩を殺害した夜、狐ヶ崎がどう帰ったかを考えれば間違いのない証拠が現れる。
車だ。血だらけの服を着て歩く訳にはいかないだろうから、車を使ったはずだ。幾ら車内に血が付かないようにしていても、顔や腕に付いた血は間違いなくハンドルやドアに触れる。
血液は拭い去ってもなかなか拭いきることができない厄介者。
きっと、まだ車内に残っている。そして狐ヶ崎をマークできる警察は血液を検出できるはずだ。
僕はその事実を加味して、狐ヶ崎に伝えた。
「人狼は狩りつくされた。狐ヶ崎、アンタの負けだ」
僕は腕を組んで、彼女の反応を確かめる。彼女は一旦、椅子に座りながら壁に背を付けてぐったりした様子を僕に見せつけた。
「あぁ……」
「今ならまだ警察に行けば、自首になる。アンタが岸を見殺しにしたことはどうであれ、アンタも神原のいじめの被害者だ」
僕の言葉に頷いて立ち上がる狐ヶ崎。彼女は一回よろけてみせた。僕が彼女に手を差し出そうとすると、それに応じるかと思いきや、手を振り払う。何をと思ううちに彼女は椅子を手にする。
あっ!? と危機感を覚えた時にはもう遅い。
僕の腕に、体に痛みが走る。椅子で思いきり体をぶんなぐられたのだ。当然、平然と立っていられる訳でもなく、その場にかがみこむ。
その隙を狙って、彼女は僕の横を通り過ぎた。
彼女は何処へ逃げるつもりだ!? もう、警察も事件の真相を知っている。今更逃げたところで、意味はないのだが。
そう思っていたのは、僕だけ。狐ヶ崎はそのまま一目散に家庭科室へと向かっていく。意味を知った僕の体が芯まで冷えていく。
「あああ……!」
家庭科室の扉を椅子でぶち破って入ると共に、魂が失せたような顔をして戻ってきた狐ヶ崎。その手には椅子ではなく、包丁が握られていた。
まずい……!
そう思った時には更に手遅れで。今まで僕と狐ヶ崎のことを黙ってみていた生徒達が一同に叫び始めた。今まではいつものことだからと無関心ではあったが、刃物が出てきてしまうとやはり、悲鳴を上げずにはいられないらしい。
それがたぶん、彼女の興奮になる。騒がしさが狐ヶ崎を苛立たせる原因となる。今の彼女の精神状態は普通ではない。
「殺してやる……ぼくを殺した皆を殺してやる……」
しかも、まだ岸になりきっている。彼女は彼女ではいられなくなった。間違いなく、包丁で人を襲ってしまう。
だから僕が飛び出して、彼女を止めようと試みる。
足から大量の汗が流れる程に恐ろしいことだが。ここまで彼女を興奮させたは自分の配慮のミス。油断が招いてしまったこと。
「止まれっ!」
彼女を家庭科室前の廊下で留めようと僕は腕を伸ばす。そして、彼女の包丁を持っていない方の腕を掴もうとした。しかし、彼女の力はいとも簡単に僕の手を退けた。と言うよりも、最初に椅子で殴られた時の痛みがまだ残っていたらしい。
力なき僕の腕ははじき落される。次に彼女の蹴りで僕は倒れ伏せ、なす術が消えていく。
だが、早く止めなければ!
これ以上、被害者を増やして溜まるものか! 僕を制圧したからとそのまますり抜けようとする彼女の背中に飛び掛かる。
だけれども、彼女の動きは素早く。掴もうとしていた腕が空を掴む。捕まえられなかった。
何としてでも止めないといけないのに!
彼女は包丁を持って、廊下を突き進んでいく。誰もが横に避けるもの。だから殺されずには済んだが。彼女はそれに見向きもしない。
誰を殺すつもりなんだ!?
そう思った矢先、狐ヶ崎の前に現れる加納教頭。彼はこの状況に目を丸くしているだけ。
「な、何が……うぐっ!?」
避けられなかった彼は刺された。それだけじゃない。彼女は胸を突くだけでは飽き足らず、抜いては肩に刺し、抜いては腕に刺しを繰り返す。
そんな状態で血に染まる廊下は地獄絵図。
パニックになって廊下の窓を割る男子生徒。その場で嘔吐する女子生徒。
まるでこの世の終わりでも見ているかと錯覚させられてしまった。
廊下を這うことしかできない僕は呟く。
「どうするどうするどうするどうする!? どうすれば助けられる!? 思い付け思いつけ思い付け思い付け思い付け思い付けよ! 何で人を追い詰める推理だけはできて、人を助ける方法が全く思い付かないんだよっ! この役立たずがっ!」
それに呼応するかのように血塗れの顔で狐ヶ崎が振り返る。一旦、刺す手を止めてにこやかに笑い掛けてみせる。子供のように。無邪気ないたずらっ子みたいに。
「やったぁ……殺してみたかったんだ。このうざい先生……! いっつもいっつも私のことばっか追い掛けてうざかったんだぁ……」
これ以上に恐怖を感じることなど、そうそうない。彼女の紅い笑みが顔から離れない。目を閉じても、その情景が映しこまれてしまっている。
狂気に駆られてしまいそうで、僕までもが叫ぶしかなかった。
「うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その声に彼女の怒りが刺激されたのか。
「探偵くんにも死んでもらいたいなぁ。さっきからぼくのことや狐ヶ崎先生のことを滅茶苦茶に言うんだもん。死んでもらっても、問題ないよね?」
今度は眉を吊り下げて、血塗れで倒れている加納教頭の腕から包丁をぐちゃりと抜いて。よたよたと歩いてきて、血が付いた包丁を僕に振り下げようとする。
……今、行くよ。美伊子。
ようやく一緒の場所に行けるね。美伊子。
いや、美伊子は天国で僕は地獄だ。
地獄だよ。地獄。だって、僕の間違いで犠牲者が出てしまった。これは僕が殺したことに相違ないし。美伊子のことだって、僕がもっとしっかりしていれば。
うん。たぶん、地獄に行ったら君の記憶も継承できないんじゃないかな。辛い場所だから、あそこ。
だから今、覚えている間に伝えておく。美伊子……ありがとう。
美伊子と幼馴染として、幼稚園の頃から楽しかった。好奇心が強くて、僕は散々山とか森とか探索に連れ出されたんだっけ。小学生になって、よく遊んだよね。クラスの子がなくしたものを一緒に探したり、喧嘩の原因を探ったり。
中学校の頃からちょっと物騒な事件に足を踏み込んで。
正直、面倒だし。探偵が嫌いだったけれど。
結局は内心で楽しんでいたのかもしれない。
ごめんね、嘘ついて。楽しくないだとか、言って。
「本当に本当にごめんな……み……ん……な」
温もりのある真っ赤な血が僕の顔にべちゃりと付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます