Ep.27 吊り

「岸先輩の時間が空いているところにアンタがデートした事実を加えただけだ。岸先輩が神原先輩に嘘の待ち合わせをさせられた空白の時間に、ね」


 僕の言葉に狐ヶ崎がまだ自分は岸ですと言わんばかりのなりきりで反論する。


「そんなんだったら、自分は相談してるさ……他の人に。でも、その時にいじめがあったことなんて、誰も知る人はいないでしょ? その時に誰かに仲間外れにされていたことをぼくが誰かに伝えた?」

「いや、伝えてないだろうな」

「だよね!? だよねぇ!?」

「伝えないことを知っていたから狐ヶ崎は利用したんだよ。いじめの構造を理解した上でね! 岸先輩はきっと母を亡くして一人で自分を育ててくれている父親に心配をさせたくなかった! だから、いじめのことを伝えないと考えていたんだよ!」

「くっうううううううう!? そんな……話ばっかり……どうせ、どうせ、それにも証拠はないよね? ぼくがデートに行かなかったって言う証明はできないよね!?」


 こちらも証拠はない。

 全て、ある証拠から生み出した僕の妄想だ。

 ただ、ここからが本番だ。相手が証拠を欲しているのなら、叩き付ける準備をしよう。


「ない。だから、二つ目の事件を考えてみるか」

「二つ目の事件!?」

「神原先輩が殺された次の日に、村山先輩が襲われた。あれは岸先輩のいじめのことに関していることから、同一犯ではないかと言う考えもある。でも、これも狐ヶ崎の仕業だと考えることで、辻褄は合うんだ」

「辻褄だと……そっちまで狐ヶ崎先生のせいにする気か!? 狐ヶ崎先生が……」

「復讐のために……と最初は考えてたんだけど、途中から変わった。さっき言った通り、狐ヶ崎先生が岸先輩に愛がない場合、どうしても復讐になるとは考えにくい。本当は別の事情があって、殺さざるを得ないことになったんじゃないかって……」

「何!? それは何なの!? 殺す事情なんて、復讐以外にないし!」


 僕は今こそ、証拠を出そうと思う。

 これが神原先輩を殺した理由でもあり、村山先輩が襲われた理由でもある。

 

「あるんだよっ! これがなっ!」


 狐ヶ崎は僕が出してきた出前の紙に目を見開き、頭を抱えた。もう気付いているはずだ。


「それはっ!?」

「他の人には分からないと思ったか。焦っていたか。これがあることで加納教頭に疑いが行くと思ったか。アンタが持っていなかった神原先輩のポケットの中に入ってた出前の紙だ。これの意味、分かるよな?」


 出前の紙だけでは誰も分からないだろう。この事件の大きなどんでん返しになる証拠だとは。

 だから、ひっくり返してみよう。それで何もかもが逆転する。


「うううううっ!」


 狐ヶ崎は顔から涙を流し始め、この切羽詰まった状況に抵抗した。


「泣いても許されませんよ。この紙、この紙は……岸先輩の必死な助けの声が書かれたアンタへの相談表だっ!」

「うああああああっ!」


 相談表制度。僕が知影探偵から得た情報の中にあったものだ。

 相談表は生徒がいじめられていたことの証拠になる。だけれど、裏にいたずら書きや適当なメモ書きがあれば、一気に信用は落ちる。

 教師が岸先輩の言葉を全く信用していなかった証拠となる。岸先輩を嘘つきにして、追い詰めるものになってしまう。


「この二つの事件はこれで結びつく。きっと、アンタは神原先輩を殺害した時に言われたんだ。たぶん、村山先輩が襲われたことを考えると……『これを公表したら、アンタはどうなるか。言っとくけど、村山もこれの原本を持ってるから』みたいなことだろう」

「ううっ……!」


 村山先輩を襲っても、結局は神原先輩の嘘の中。

 本物は浦川先輩が持っていた。まんまと騙された、狐ヶ崎は自分の犯したミスが出回らないように。生徒を見殺しにしたことがバレないように、神原先輩を殺害したのだ。

 そして、村山先輩を殺そうとした。

 その状況を僕は説明する。


「で、村山先輩の件ですが、学校の近くに呼び出したアンタは縄を持っていったんだ。縄で村山先輩を吊ろうとしたんだ……」

「そ、それが……」

「でも、ちょっと待てと思った。何で、縄なんかで殺す必要があるのかってね。縄よりももっとハンカチとかタオルとかもっと簡単なものでも殺せるじゃないかって。縄はわざわざホームセンターに行かないと、手に入らないし」


 僕が疑問を一つ言ってみても、反応が返ってこない。たぶん、岸先輩としてなりきることが不可能になったのだろう。

 気にせず、解説を続ける。


「だから、考えた。狐ヶ崎が縄で犯行に及んで、一番良い状況は何か。そうしたら見えてきたのは、狐ヶ崎が事情聴取をされていない事実。つまり、アンタ、狐ヶ崎は考えていた。自分が今は疑われていない状況。この状況で、自分に罪が掛かるようなことはしたくない、と」


 それに加えて、狐ヶ崎は村山先輩から相談表を奪えば終わりだと思っていた。


「だから、終わらせれば良いと考えた。今、疑われている村山先輩が自殺でね。それがたぶん、一番だ。浦川先輩は携帯を持っていないから電話でしか連絡手段がないし、加納教頭は結構自由奔放で自分のことばかり考える人だ。アリバイ崩しのために何処かへ呼び出そうとしても、呼び出せなかったり、逃げられたりする可能性が高い。ただ、死ぬ人間だけはアリバイが絶対に用意できないから、な」


 だから、自殺を見せかけることを選んだはずだ。そこでわざわざ縄を選んだ理由が見えてくる。


「村山先輩は少々小太りで。吊るとしたらタオルやハンカチだけでは、先に紐が切れる可能性が高いと考えたんだ。だから縄を使うしかなかった。だから、それを選んで……」

「証拠はまだ……?」


 不意に狐ヶ崎が口にした証拠請求。ちょうどいいところにやってきた。


「焦るな。今、言おうとしてたところだ。だから、縄を選んでアンタはとんでもない証拠を残した。仁朗学園で起きた人狼の見立て殺人。それを締めくくる最大の証拠が人狼を吊る、縄だっただ、なんてね」

「縄で吊る……?」

「ああ……。分かってたか? アンタの周りに警察がいたこと。たぶん、事件が起こってすぐ。それに加えて、また、チャンスを伺って、村山先輩を殺害しないといけないと思ったから……! つまりは……!」

「つ、つまりは何なんだよ!?」


 僕は立ち上がり、真実の弾丸を狐ヶ崎に向かって、討ち放つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る