Ep.26 嘘に塗れて幸せですね

 血相を変えて焦る狐ヶ崎の顔を見つめる。相手はこちらのペースを乱し、推理をやめさせるのが目的だ。

 別に僕の推理を否定される大きな問題が提示される訳でもない。だから、堂々と言い放ってやった。

 

「猫を処理できなかった理由は二つある。一つは、彼女が第二発見者だったから、だ。下手に動いたら、怪しまれるとでも思ったんだ」

「で、でも。まだ彼女を起こそうとしたり、状態を確かめたりして、神原の死体に近づくこともできたでしょ……! 第一発見者は動けなかったんだから」

「ああ……第一発見者が動けなかったのが理由だ!」

「えっ!?」


 まさか、ここまで僕が見抜いているとは思わなかっただろう。僕すらもこの状況の答えを手に入れたのは偶然と幸運のおかげだ。

 事件が発覚した日の朝、猫に襲われなければ。

 第一発見者の彼女と校門ですれ違わなければ。

 第一発見者の彼女がくしゃみをして、僕をじっと見つめなければ。

 この「何故彼女は猫の死体を始末しなかったのか」の謎に引っ掛かった時点で知影探偵が猫のように話し掛けてこなければ。

 疑問に回答を出すことはできなかった。


「第一発見者の女の子は猫アレルギーだったはずだ」

「だからって、それが狐ヶ崎先生と何の関係があるの!? そんなのお構いなしに死体を処理すれば……」

「できっこない! その子がただの人だとして、後で『事件現場に猫の死骸があったような』とそんなこと言っても事件現場にないし……死体を見たショックで見間違えたんじゃないか、でちょっとした疑問として終わっていただろう。だけど」

「だけど?」

「猫アレルギーとして、普段から猫に注視してる人から聞く証言なら、今の言葉を警察はどう受け取るか……」

「……え……」

「犯人である狐ヶ崎が思ったんだろう。この子の証言だから、絶対に消えた猫のことが捜査の中で重要視されてしまうと」

「そ、そんな……」

「確か、小麦肌の彼女って陸上部だから、パソコン部と陸上部を兼任してる顧問だったら知ってるよな。その生徒が猫アレルギーだって。あっ、それとも狐ヶ崎は優しくもない先生だから、生徒のアレルギーなんて知ったこっちゃあないと考えているんだろうかね!? 岸先輩!?」

「い、いや……それは……それは」


 僕の強い物言いに岸先輩のふりをした狐ヶ崎が目を回す。そりゃあ、そうだろう。この真実をどちらか受け取らなければ、ならない。

 狐ヶ崎が本当は冷酷な人間か。それとも、自分の復讐のために殺人を犯した人間か。

 

「さぁ、岸先輩……庇うのはもうやめにしませんか? 狐ヶ崎が犯人だって認めましょう?」

「い、いや……まだ証拠がない! ダイイングメッセージなんて、神原が勝手に作り出した幻想だ。アイツなら、嫌がらせのために偽のダイイングメッセージを残すことも考えられる!」


 証拠、と来ましたか。

 悪いけれど、神原先輩を殺害したことと犯人が狐ヶ崎である直接的な証拠は用意できていない。しかし、証拠がなくても打ち勝てる方法はあるのだ。


「何で、狐ヶ崎をそこまで信用するんです?」

「い、いきなり何!?」

「いや、どうして。そこまで躍起になって、狐ヶ崎を守るのかって」

「あの人が可哀想な人だからだ! 大切にしていた人まで死なれて、今度は神原殺害の疑いまで掛けられて! まあ、もしもだよ、もしも殺したのだとしても、あれは復讐だ。何も悪いことじゃない。ぼくのためにやってくれたこと、だ! 優しくてかわいいあの人がぼくのことを想ってくれていたんだから、それに応えないと」


 大切な人。岸先輩のことか。

 殺したとしたら……ぼくの復讐としてやってくれたと言うことか。

 だいたい彼の言いたいことは飲み込めた。だから、こう返してあげた。


「嘘に塗れて、幸せですね」

「はっ!?」

「全部、狐ヶ崎の嘘じゃないか。アンタは岸じゃない。狐ヶ崎の幻想が作り出した理想の岸だ」

「はぁ!? ぼ、ぼくはぼくですよ!? 何を言いたいんですか!? ぼくは狐ヶ崎先生と付き合っていた岸ですよ」


 途轍もないどんでん返しと、美伊子のことがあったから感じたこと。

 死者と結婚。

 

「ああ、ただ狐ヶ崎が岸と付き合い始めたのは岸が死んでから、だな」

「はっ? はぁああああああああ!? な、何を、め、滅茶苦茶、な、なことを言い出すんか!?」


 目までもが震えている。そう、彼女が隠したかったことを僕が知ってしまったからだ。彼女自身がずっと前から胸の奥底に秘めていたものを、ね。


「狐ヶ崎、アンタの目論見はこうだよ。アンタは神原のいじめが原因の一つで死んでしまった岸を、知る。パソコン部顧問などで一番近くにいたであろう教師はさぞ困ったことだろう。自分が『どうして、教師なのに、いじめであの子を死なせることになった』とバッシングを受けるんだから、な」

「ううううううっ……!」


 狐ヶ崎は耳を塞ぎ始めた。その手をも超える大きな声で僕は告げる。


「ただアンタは考えた。いじめをまるっきり知らなかったことにすればいい。でも、簡単に知らないと言える根拠はない。じゃあ、そうだ。岸が自分の恋人で、一番近くにいた存在だったことにすればいい! 岸に一番近い自分でも気付かなかった陰湿ないじめだったことにすればいい!」

「そんなの、ど、どうやって!? ちゃんとぼくの携帯電話には彼女の写真も、連絡先も入ってるんだよ」

「こんなのは伏線を用意して、推理するまでもない! きっと通夜か何かの際に携帯をいじくって、自分のデータを入れて付き合っていたように見せかけたんだな!」

「ああっ!? ああっ!? ああっ!? そんなことあり得ないあり得ないあり得ない! 先生がそんなんだって! ぼくの信じる彼女はそんなことはしてない! 絶対に絶対に絶対に!」

「そうやって狐ヶ崎は逃げた。恋人に死なれた人ってことで、世間も周りもアンタに追及できなかった。アンタはそうやって自分が責められないように巧く逃げたんだよ!」

「そ、そうだ。彼女はぼくをデートに誘ってくれたんだ。その日はぼくも出かけてて……出かけてて……出かけてて……」


 デートか。

 狐ヶ崎と岸先輩のデートがあったことを誰も否定する人はいない。

 だけれど、その真実は神原先輩のいじめを、本物の岸先輩の心を巧妙に扱ったトリックによるものだ。

 今から、それを突き付けてやる。



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