Ep.25 ヒントは4に隠されている

 一瞬、何故に犯人が岸を自称するのかが分からなかった。相手が椅子に座っている間に推測する。

 きっと相手は岸のことを出せば、「探偵も彼の復讐であれば仕方ないと思って手加減して質問をしてくるだろう」と思っているのだろう。

 残念だったな。

 僕はもう恐れない。揺るぐことはないし、謎を解くものとしての意思を最後まで果たすのだから。

 

「岸先輩、じゃあ……事件の全貌を振り返ってみましょうか」

「は、はい」


 犯人のお望み通り、相手を岸先輩と言うことにしておいた。せいぜい反論の間は彼になりきること、だな。

 僕は何が起きてもぶれないことを意識して、事件のことを語り始める。


一昨日おとといの夜、六時。神原先輩はとある人物を倉庫の裏側に呼んだ。これが全ての事件の始まりだった。これに何をされるか分からないと感じた犯人は、家庭科室から包丁を一本持ち出しておいたんだ」

「ぶ、物騒だね」

「ああ。それで呼び出された犯人は、とある神原先輩の言葉にとんでもない衝撃を受けたんだ。で、慌てて何度も包丁で刺してしまった。たぶん、かなり衝動的だったと思います」

「ど、どうして?」

「ああ……犯人はアリバイも何も用意してないからですね。目立ったトリックもない。それでいて、自分が犯人として見つからない能力だけは優れている……きっとトリックなんかを思い付いていたら難解になっていたでしょう」

「そ、そうなんだ……でも、見つからない能力って何なの?」


 犯人は眉を下げ、岸先輩として、事件の一番大切なところを疑問として尋ねてきた。


「かく乱の能力です。犯人は何故か、的確な判断で、被害者の元に怪異の本、狐の面、弓矢を置いています。それで犯人は一段落したと思ったのでしょう」

「そうなの……? あっ、僕が空から見てた分じゃあ、死体があった場所にボールや殺した猫も置いていたね。でも、これじゃ、やっぱ犯人は分かんないね」

「いや、分かりますよ」

「えっ」

「ボールから語られるんですよ。ボールイコール占い師。そう、神原先輩が占い師だと知ってた人こそ、あそこにボールが置けるんじゃないかって思ってまして。神原先輩が占い師と関係づけられるのは、一昨日やった人狼ゲームの中、だけです」

「じゃあ、犯人は人狼ゲームをやってた人の中に……?」


 僕は首を横に振った。

 もう一人いるじゃないか。ボールを置ける人物が。あの場で犯人以外に。


「違います。ボールを置いた人が、死にかけの神原先輩だったら……犯人と思われる人物が変わってくると思いませんか?」

「えっ!? 神原? 神原? いや、神原がボールを置いたって?」

「ええ。もし、ボールを犯人が用意したものとしても、神原先輩はこれにメッセージを残したかったのでしょう。ボールに神原先輩が付けたらしき砂利が付いていたそうです」

「で、でも。それは神原がボールを置いたところで。人狼ゲームをやっていた誰かを告発しようとしたことに、間違いはないでしょ。誰かは分からないけど……」


 曇っていく犯人の顔。自分は岸だと名乗りつつも、犯人自身の感情で焦っている。これでは自分が犯人になってしまうのではないか。


「いや、分かるんです。もう一つ。神原先輩は砂利を付けていました。包丁に、ね」

「包丁……? 包丁に何かメッセージがあるようには思えないんだけど……」

「ええ。たぶん、包丁がし示すものこそが、メッセージなんでしょう」

「刺し、示す……?」

「ええ。僕が考えるに、白猫ロップを殺したのは神原先輩だったのでしょう!」

「はぁ!?」


 犯人も状況的に知ってはいたのだろうが。人から聞かされると、恐るべき考え方なのであろう。まさか、死に際に自分が大切にしていた猫の命を奪うなんて。尋常では考えられない。

 しかし、神原先輩なら……やりかねない。命を軽視し、人の痛みが分からない彼女なら、やってもおかしくはない。


「驚くのは当然でしょう。たぶん、犯人も予想していなかった。たぶん、次の日、犯行現場を見て自分が殺していないはずの猫の死骸が死体と共に落ちていたんですから」

「……でも、その猫が何になるの……?」

「重要なダイイングメッセージだよ。って言っても、猫自体には意味はないと思う」

「えっ、どういうこと?」

「たぶん、神原先輩は猫の死について。死の観念をダイイングメッセージにしたんです」

「え、えっと……」


 そろそろ犯人も気が付いたかな。ダイイングメッセージの正体に。

 僕は更に強気になって、声を出す。


「それと猫の背中に刻まれた一文字。死と一文字。これが、大ヒントです」

「はっ……はっ!?」


 犯人の素が出始めている。

 そこを僕が推理で追い詰める。


「神原先輩が占い師であり、死と一に関係するものがあります」


 そう。神原先輩は言っていた。一昨日の人狼ゲームを始める前に。今となっては、とても重要な発言を。


『でも、四人だし。一人減っちゃうとつまらないわね。そうだ。……が最初の犠牲者ってことにしましょうか』


 今まで騙されていた。

 この発言にこそ、大事なものが隠されていた。

 僕はその事実を噛みしめながら、目前にいる犯人の名を口にした。


「最初の犠牲者、一人目の死となった……アンタ。神原先輩を殺害したのは、アンタなんですよ! 狐ヶ崎きつねがさき弥世やよ!」


 女教師は一旦、口ごもる。僕の告発に何が何だか分からないような表情で戸惑って、それからまた平常に戻る。

 岸先輩の人格として。


「な、何を言うの? 狐ヶ崎先生が犯人だなんて悪い冗談はやめてよ! あの人はぼくの大事な人なんだ! 部外者の君に何が分かる!」


 まだなりきるつもりらしい。

 名前まで出したら、狐ヶ崎も本性を出すと思ったが。まだ彼の幻想に頼っている。

 想定外。だけれど、まぁ良い。相手が誰の真似をしようと別に推理がくつがえる訳ではない。


「調べた結果、分かったんです。それともちゃんとした反論があるんですか?」

「あ、当たり前だ! そんなの単にダイイングメッセージなだけだ。恐れる必要もない……」

「いや、狐ヶ崎は恐れていた。その証拠こそが神原先輩が地面に何かを書こうとして、犯人が消したんだ」

「そんなの、犯人が早く神原を刺し殺せば良かっただけでしょ? ダイイングメッセージなんて」

「ううん、そこに関してはきっと犯人が神原先輩を苦しめようとしてやろうと長引かせたか。包丁を奪われて、迂闊に手を出せない状況かどっちかにあったんでしょうね」

「で、でも……」


 でももへったくれもない。


「間違いなく恐れていた。狐ヶ崎はきっと神原先輩に言われたんだ。『アンタがいた証拠を残してやる』って」

「うう……!」


 きっとバレるのが怖かったんだ。人の死の原因を作ったのが自分ですと名指しされることを恐れていたんだ。

 僕も同じだ。美伊子のことを人に隠していた理由は、守ろうとしていたからなんか、じゃない。責められるのが怖かっただけだ。

 そんな罪悪感があったからこそ、気持ちが分かった。だから、言葉に魂を込めて、放っていた。

 

「きっと狐ヶ崎は、全く知らない人狼の話題を使って告発してやるとでも神原先輩に言われたんだ! だからだよ! だから狐ヶ崎は焦って! ダイイングメッセージを滅茶苦茶にしてやろうと思って! 現場に人狼に関する道具をぶちまけたんだ!」


 そう言われても、まだ反論は続いている。


「そうだとしても、だ。そうだとしても……! じゃあ、何で猫の処理をしなかったの? 見てたけど、確か狐ヶ崎先生は死体の第二発見者だよ! 犯人だったとしたら、現場になかったはずの証拠に驚いて、隠滅しようとするはずでしょ!? 何で、しなかったのかなぁ!? その理由を教えてるもらえるかなぁ!?」

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