Ep.23 誰を犠牲に? 誰を吊る?

 村山先輩は大きく息を吸って、彼女によって肩を擦られながら返答した。


「知影先輩……実は誰からか分からないんですけど、呼び出されたんです」

「呼び出された? 携帯電話に?」

「いえ、家の電話です。非通知で相手も声を隠していたから、分からなかったんですけど……」

「何で呼び出されたの? こんな殺人事件が起きてるって最中、危険でしょ?」


 彼女は村山先輩を責めるように顔を近づけ、問い詰めた。確かに村山先輩の行動は迂闊すぎる。


「いや……来ないと、ぼくがやったいじめのことをばらすぞって言われて……親に期待されてるぼくだから……そんなこと公開されたら、家を追い出されちゃうから……仕方なく、ここに来たんだ……そしたら後ろから何かで首を引っ張られて……」

「なるほど……」


 知影探偵は納得していたが、僕は彼女とは逆のことを吐いた。


「妙ですね」


 僕の発言に素早く知影探偵が肩を上下に揺らす。その後、くるりと振り返って僕に食いかかった。


「妙って何? 今の言葉の何がおかしいのよ」


 僕は唾を飲みこんでから、彼女に告げる。


「だって、おかしいじゃないですか。彼がやったことは、嘘を付いたことだけだ。しかも、村山先輩が岸先輩にしたやり取りはメールだけ。どうやって犯人はこのことを知り得たのか……」

「えっ……いじめってそういうことなの!? 村山くん!? それ以外に何か彼にした?」


 知影探偵の疑問に地面に座り込んだ村山先輩は顔を落とす。


「ううん……分からない。自分じゃ分からないけど、してたのかもしれない……」

「そうなのね……じゃあ、やっぱり変じゃないんじゃない? これはこうよ。いじめをしてたのが村山くんだと犯人は思って、岸くんの復讐をした。神原ちゃんに次ぐ、第二の被害者にされるところだったのよ」


 岸先輩の復讐として、殺害されそうになった。この言葉が本当に正しいのか、少々分からなくなってくる。

 考えていると、知影探偵への反論が僕の頭に浮かび上がってきた。


「本当にそうですかね。第二の被害者になるには早すぎると思うんです」

「えっ?」

「知影探偵、考えてみてください。村山先輩は自分のやったいじめを考えてない。先輩の正しい考え方を信じるとするのであれば、殴ったりや仲間外れにしたりの行動をしてないってことです。ならば、犯人が神原先輩の次に狙うのは、もっと強いいじめを行っていた人じゃないと、納得がいかないんです」

「確かに言われてみれば……でも、その子達に恐怖を与えるためにはいいんじゃないかしら?」


 まだ僕の話にピンと来ていなさそうな受け取り方をしている彼女。僕はもう一つ、論理を付け加えてみせた。


「いじめをしてる人達にですか? それはちょっと難しいかもですよ。いじめって言うのは、自分はやっていないと思ってる人達が多いんです。岸先輩の近くにいる村山先輩が復讐としてやられたとして、それを恐怖と受け取る人がどれ程いると思います?」


 そんな僕の話に知影探偵は新しい違和感を発見したようだ。口に指を当て、頷いている。


「そうよね……そ、それに。傍観者である村山くんよりも警察に守られるのは、神原ちゃんを慕って、いじめを公にやっていた人達よね……。先に村山くんをやっちゃうと、恐怖を覚える対象の子達の警備が厳重になって、殺しにくくなっちゃう……」


 僕も彼女の話に納得する。殺す順番がおかしい。賢い犯人が何も考えず、順番を決めたとは思えないのだ。

 理由があるはず、だ。村山先輩の殺害を優先して、二人目の犠牲者にしなければ、ならない訳が。

 僕は地面に顔を向け、その辺りをぐるぐると歩き回る。体を動かせば、答えが出てくると言うわけではないが。意味もなく動いていた。

 そんな中、発見した不思議な落とし物。それは茶色く太い繊維だった。この正体、運動会で使われる太いロープが思い付く。


「犯人は何で、わざわざこんな重いもので……いや、もしかして……!」


 犯人が迂闊に落としたものから、やりたかったことが見えてきた。村山先輩をどうやって殺害しようとしていたかは分かったが。

 謎が見つかった。しかし、この方法だと目的である岸先輩の報復は絶対に果たせない。

 一人で謎を探っているうちに知影探偵は違う行動を取っていた。スマートフォンを手に持っている。僕が「まさかSNSをやるつもりじゃあ」と止めようとしたが、彼女は首を横に振る。


「警察へ連絡するに決まってるでしょ。警察に容疑者であろう人の見張りをした人がいいって……村山くんも守ってもらわないと、だし」

「ああ……なるほど。じゃあ、ついでに狐ヶ崎教諭や狐ヶ崎教諭を襲った人も見張ってもらった方がいいね」

「そうね。容疑者じゃなくても、誰かに襲われる可能性は否定できないし。警察は人員が足りなくて困るでしょうけど、見張ってもらわないと……また誰かが犠牲になっちゃう……そんなの嫌だから……」


 知影探偵が思いの他、真剣だった。連絡は彼女に任せよう。彼女が電話している間に浦川先輩からもらったメモを見返した。

 この中に犯人の手掛かりが書かれていないか。追い詰められる要素がないか。

 自分の考えもペンで書いていく。そして、残っている謎をまとめていった。

 出前のメモは何を意味するのだろう、とか。犯人は何故、村山先輩を先に襲ったのか、とかね。


「そう言えば、村山先輩……あっ」


 村山先輩が話したことにも確認を取ろうと気に掛けたが、彼は倒れて白目をいていた。数秒立ってから、ことの重大さを実感した。

 何で……!? いや、分かっている。僕と知影探偵が「村山先輩の命を奪う」だとか、「殺されたとしても」とか、彼の心を恐怖に沈ませる言葉ばかり使っていたからだ。

 彼の口から泡が出そうになっている。


「せ、先輩! すみません! 起きてください!」

「まあ、いいよ……考えてくれてたんだし」

「ほんと、すみません!」

「まあまあ、落ち着いて。ぼくが弱気だからいけないんだ。浦川だったら、もっと心が強くて……女子に何を言われても動じないしなぁ」


 彼を揺さぶり起こし、何とか気を取り戻させた。その後は、何度も彼に謝って、頭を下げていたが。

 頭を下に向けながら、大事なことを思い出した。

 浦川先輩のことだ。


「そう言えば、浦川先輩って女子に相当……ねたまれてますよね……刃物を振るう位」

「えっ? アイツはそんなことしないよ。女子が適当に言ってるだけ!」

「つまりは、嫌われてることは間違いないんですよね」

「まあ、神原はどう思ってたかは知らないけど、他の女子は……」

「浦川先輩……!? そうだ……! 浦川先輩はどうして……!?」


 彼は言っていた。女子から神原先輩が「いないから探すのを手伝え」と頼まれていたことを。それで僕達を呼び出したのだ。

 しかし、女子が彼に伝える訳がない。嫌っている人間に対し、自分のボスが何処にいるかを真っ先に相談する理由が分からない。そもそも、あの女子達も一夜だけの行方不明だとしたら気にもしないだろう。夜遊びなんて普通のようにしそうだし。

 つまりは浦川先輩は嘘を付いて、呼び出した。

 知っていたんだ。

 昨夜、神原先輩が重大な事件に巻き込まれることを!

 僕はすぐさま村山先輩から浦川先輩の住所を聞き出した。僕達を嘘で呼び出した理由を知るために。この事件に隠された真実を探すために! 

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