Ep.22 第二夜

「幾ら、壊しても何も解決しないって訳だよな。逆に自分の手を血に染めてまで焦ったとしても得るものは何もないんだよなっ!」


 二本足で力なく立っていた僕は画面に向かって、相手に聞こえもしないのに語り掛けていた。


『人殺しをしたから、取り返しがつかなくなってしまった。そして、少年の心も悪は殺さねば終わらぬという、悲しすぎる考えを持ってしまった。でも、それじゃあ解決しない』

「解決しない……よな」

『本当は一番上を殺さなければ、止められた。一番上の指揮があれば、いじめだと言うことを自覚せず、罪を犯すものも止められた。上が「それもくだらないからやめろ」と一喝すれば良いだけなのだから。最悪な人間だとしても、死んではダメだった』

「だよな……神原先輩は人をまとめる力があった。だから、殺す方が助かるなんてない。神原先輩が生きてやり直せば、それより多くの人が助かる可能性もあったんだっ!」


 神原先輩をやり直せる方法。殺さなくとも、様々な方法がある。僕達の学校の生徒をまとめて集めて神原先輩を圧倒させるとか、彼女の心の問題を解決するとか。

 それを知らずに殺人を犯してしまった人間は本当に馬鹿だ。他校の僕や色々な人に相談する方法だってあったはず!

 目先の利点に囚われて、本当は出なかったはずの犠牲さえもを出してしまった。


『こんな考えを持つ人がいたら、助けてほしい。真実に気付いてしまった少年はそれを残して命を絶ちました』

「その考えを終わらせるためにも神原先輩を殺した犯人をとっ捕まえる。その考えから、解き放つためにも!」


 もう迷わない。

 やっていることは正しいと決めつけて、家を飛び出した。ただ、まだスマートフォンから流れる美伊子の話は続いていた。


『それを知らず、外からいじめっ子が死んでも良かったと言う野次に心を惑わされないでね、絶対』


 それを聞いてしまい、少し寂しくなってしまった。

 これは、もしかしたら知影探偵へのエールなのかもしれない。僕には何もなかったのかもしれないと考えた。

 僕と美伊子は幼馴染だったはず、だよな。きっと、と思ったが。そもそも彼女は美伊子ですらない。虚構の存在だ。

 彼女に恋心を抱くなんて、アイドルに憧れるだけの夢かなわぬ人間だ。

 そもそも彼女は死んだ人間。今になって何を期待しているんだろう。まさか、結婚とか?

 そういや、死者と結婚する風習が外国にあった。死者と結婚?


「ううん……?」


 自転車に乗って走る中、妙な違和感に襲われた。何だか、今の言葉が頭に詰まったような。

 それでも詰まった理由が分からぬまま、自転車を運転する。目的地は、仁朗学園。たぶん、部長は帰ってしまっただろう。彼に会ったら何を言おうか悩んでいたが、その必要はなかった。

 僕が再度訪れた現場には人はほとんどおらず、部長の姿も見当たらない。

 早く謝りたい気持ちとどう言えば良いのか分からない気持ち。訳が分からなくなって、頭が破裂しそうだ。


「……仕方ない。今は事件に集中しなきゃ」


 死体があったはずの場所に立って、熟考する。

 犯人は何故呼ばれたのか。神原先輩は刺された後から、何を残せたのか。よくよく考えれば、示すものがある。

 砂利だ。

 間違いなく神原先輩は触れている。ボールと包丁に。犯人が置いたものを触ったからか。何故、触る必要があったのだろうか。

 ボールは自分のことを表現してしかいないのに。

 いや、ちょっと待って。僕は何か大きな勘違いをしていたのではないか。僕も目先の状況に囚われて、正しい真実に囚われていたのではないか。


「あれなら、神原先輩……やっても……でも何で……」


 独り言を口にしつつ、僕は真実が見えてきた。犯人は僕の思いと似ていたのでは……。あるものを隠したい。他の人から隠し続けなくてはダメと考え続けていた。

 だから、人狼の見立てを行ったのだ。

 僕に思いを託すために。


「そういうことなのか……待てよ。でも」


 あの人が犯人だとすると、最後に一つ矛盾が残る。あるものを隠し続けなくてはいけない。そう考えていたはずなのに、最後だけ怠った。

 何故だろうか。

 ずっと考えているうちに夜になる。背後にぽつんと一人。気配を察して、僕は振り返った。犯人だと困ると前に手を出して。


「ちょちょちょ、僕を襲わないでください!」

「何やってるのよ……」

「あれ、知影探偵ですか……」

「それよりも何よ。帰ったんじゃなかったの?」


 そこには僕の行動を不可思議に思い、首を傾ける彼女。ホッとしながら、彼女の問いに応答する。

 

「いや、単にお昼を食べに帰って、休んでから戻ってきただけです」

「……そう。何か、アンタの先輩、泣いてたけど……後でちゃんと話しておきなさいよ。何が起こっているのか分からないから、ワタシは口を挟めないけど」

「部長……と言っても、知影探偵が大変な事を言ったからと言うのも原因の一つですよ」

「そ、そうなの?」

「まあ、だからと言って気にしなくていいです。美伊子のことは後で話しましょう。事件が終わったら」

「……ああ、あのことね……えって……事件が終わったら? もしかしたら、この事件終わらないかもよ」


 いや、解いて終わる。

 僕は彼女が最後に吐いた諦めの言葉を無視し、再度事件現場に目を向ける。


「ううん……」

「って、ちょっと反応しなさいよ!」

「はい? 寂しがりやですか?」


 僕は彼女の子供のような態度に呆れながら、体を後ろに回す。


「……ち、違うわよ! さっ、さっさと現場を見なさい! アンタなら、事件解けるんでしょ! ワタシはさじを投げたけど、アンタは違うんでしょ!」

「言ってることが高圧的で天邪鬼、知影探偵は猫ですか……!?」


 その発言に合わせて僕の頭に酷い衝撃が走る。声には出さなかったが、非常に驚いた。僕自身がここまで真実に辿り着けようとは。

 探偵嫌いの僕が探偵の力をヒントにここまで来てしまうとは。

 悔しいことだが、後は推理を披露しよう。なんて思ったところでまた深い問題に突き当たる。

 今、僕の手元にあるものは状況証拠だけ。犯人が別の人間が自分を嵌めようとしているのだと反論してしまえば、犯人を捕まえることはできない。

 証拠が欲しいのだが。強引に家宅捜索をしろ、と言うのは無理だし。


「ちょっと……驚いたり、悩んだり、アンタは忙しいわね!」


 隣で騒ぐ知影探偵がいるからか、思考に集中できなかった。だからと言って、彼女にもまだ話せない。彼女がこの話を間違えてSNSにでもアップしようものなら、大変なことになる。冤罪だとしたら、犯人でない人に誹謗中傷がいく恐れもある。まあ、だからと言って犯人に誹謗中傷がいってもいいと言う話ではないが。


「何か、悪い……?」


 その言葉の直後だった。すぐそばの通学路に悲鳴が響き渡る。


「うわぁああああああああああああああああああああ!」


 男の声。僕はすぐさま騒いだ。


「ちょっと! 何が! 何があったんですかっ!」


 何かが走っていく音。誰かが襲われているのではないかと僕は心臓をバクバク言わせて全力疾走をした。知影探偵も僕と共にすぐさま校門を出て、悲鳴の方へと夕闇に染まった小道を目指していた。

 何とか僕達が反応したせいか。犯人には逃げられたが。おかげで一人の命が助かった。

 助かった少年に知影探偵は尋ねていた。


「村山くん……こんなところで何をしてたの? ここで何をされたの……?」  

 

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