Ep.21 悲惨な悲惨な物語

 自転車に乗って駆け出した後に気付く焦燥感。次第に憔悴しょうすいが始まった。

 部長は酷く傷付けられたに違いない。散々美伊子を探し回ったのに見つからず、結局は僕が隠していた。後輩の友人にも裏切られ、絶望するべきは部長だ。


「僕は……何をやってんだ……?」


 家に帰り着いたところで何度も何度も絶望を意味する発言をした。耳にしているのは二階に引き籠っているうちの姉だけ。

 玄関に辿り着いたところで何度も何度も自分に呪いを掛けた。

 今の自分がみっともなくて、どうしようもなかった。あれだけ警察の前で、皆の前で豪語しておきながら、謎の答え一つ見つけられず。ただただ大事な人を傷付ける結果で終わってしまった。

 探偵の方が余程、役に立つ。探偵の方ならそこまで大切な人を傷付けることもないだろうよ。

 心の中に溜まった絶望感で動けない。疲れと朝早かったせいからか。それともこの現実から逃げようとしていた願いが神に伝わったのか。

 瞼が重くなって閉じていた。

 夢の世界はなく、時間だけが過ぎていくよう。真っ暗な空間から目が覚めると、玄関の扉にある窓ガラスがオレンジ色の光を映していた。

 僕はふと事件がどうなったのか、ポケットに入れていた自分のスマートフォンで確認した。ニュースサイトを見れば、何が起こっているかは分かるが。

 ダメだった。

 ニュースではまだ女子学生が不審者に殺害された事件だとしか知らされていない。主な情報としては通学路に対する警備を強化するだか何だかで、犯人については誰も辿り着いていないよう。

 結局、皆分かっていない。犯人に遊ばれているだけだ。神原先輩を殺し、猫まで殺して。挙句の果てに猫の背中を一文字に切り裂き、遊び感覚で命を奪ったに違いない。

 一文字に? 犯人が?

 何かが分かるような気もしたが。気のせいか。いや、ここで何かが振り返ったとしても、もう遅い。謎はもう解けない。

 誰も解いても得しない問題を誰が挑戦するのか。解いたとしても恨まれるのだろう?

 絶望間際で現れたアプリの予告。

 そうだ。今は美伊子が次の配信をすると言っていた、五時前だ。ハッとする。寝過ごさなくて良かった、と。

 ちょうど良い。美伊子にも聞いてみよう。彼女だとしても諦めるべきと断言するはず。

 だから僕は始まる時間通りにアプリを開き、諦めるための言い訳を長々と画面に映る彼女へ講釈した。


「ふう……なぁ、美伊子。美伊子もそう思うだろう?」


 結構長く喋らないといけなかったから喉が疲れた。でも美伊子だったらこの話を認めてくれるかなと思ったから、何と言えた。

 息切れを起こしながら、彼女に話の感想をお願いしたのだが。


『今日のお話は勇敢で正義感の強い少年の物語をお聞かせしましょうか』


 僕の苦労は報われなかった。彼女は僕の音声に全く反応していないのだ。


「あれ、美伊子!? 美伊子?」


 ボイスの機能が今日は付いていなかった。幾ら叫んでも彼女には届かない。

 美伊子が配信する枠にはコメントする場所だけが用意されている。ここにそのまま話を打ち込めば良いのだが。気力が失せてしまった。

 今言った長文をそのまま打ち込んで「何それ?」と一蹴されることも考えると、やる気も無くなっていく。

 床に転がって、美伊子の話に耳を傾けるだけ。


『友人がいじめに遭って、どうしようもなく苦しむ少年がいました』


 何だか村山先輩のことみたいだな、と思いながら。正常の僕だったらどうして彼女が僕の調べていることを知っているのかと気になっていたところだが。どうせSNSの炎上した結果で知ったか。知影探偵は美伊子の配信を知っていたようだし。きっと彼女が昨日のうちに「いじめのことで何か知ってる話はないの?」と美伊子に講義をお願いしたか。

 簡単に考えてスルーした。


『その少年は生徒にも、先生にも相談してもうちの学校にはいじめはないと言われました。何に対しても、どうしようもなく。そのうち友人だけでなく、自分や自分の弟や妹にもいじめの矛先は向きました』

「そのドラマ、ちょっと嫌な予感に」


 ふとしたセリフから僕は美伊子が語るドラマの行く先が不穏なことに感づいた。まぁ、そもそもいじめ自体が倫理に反してる話だが。その考え方を置いたとしても、だ。


『教師はいじめがあるなら、その生徒に相談表を持ってこさせなさいと言って、勇敢な少年を相手にしませんでした。その少年もできることなら、いじめられている子達のところに相談表を持っていきたかったのですが。その子達は皆に心配させないため、全員が大丈夫と言うのです』

「……で」

『でも、いじめられている子達は日に日にあざが増え。それなのに、皆、学校側も見て見ぬふり。あざができた子には、ただ単に怪我をしていると嘘を付いて。いじめっ子は調子に乗ります。グループを引き連れて……ある日、弟が学校の窓から飛び降りて自殺未遂を図りました』

「ダメだ……それじゃあ」

『少年はそれが許せませんでした』


 この先にある展開を僕は知っている。


「もしかして……」

『少年は一人のいじめっ子を校舎の裏に呼び寄せ、背後から鉄パイプで殴りつけました。それは何度も何度も。恨みをぶつけ、自分の大切な人のことを考えて。これで皆が救われると信じて。もう、これ以上いじめっ子によって犠牲者が出ないと考えて』


 そう、殺すこと。いじめっ子さえいなくなれば、全ての問題が消える。いじめっ子は何をされても、誹謗中傷をされても、死刑になっても文句は言えない。

 

「これで良かったのかなぁ?」

『いけない』

「えっ?」


 声が届いたのかと思って驚いたが、偶然僕の呟きと通ずるような言葉を彼女が喋っていただけだった。


『これではいけない。そう思ったのが殺した後の惨状だった。何とか事件は自分のせいだとバレずに警察も帰るのですが。そこでいじめが終わらなかった。惨劇は続き、少年の弟すらも血塗れになっておりました』

「……弟も……?」

『そう。いじめは終わらず、また別の人間が惨劇を続けていたのです。そう。いじめと言うのは、主犯が死んで終わりじゃなく、他の人間もいるのです。いじめっ子に便乗する奴が幾らでも存在するのです。最悪なことに、そのいじめをする奴には悪意すらありません。誰かにおかしいと言われるまでやめませんし、そもそも言う人もいない。少年はまた手を血に染めて……』


 つまりは、この物語が僕達に告げることは……。

 悲惨な物語から教えられるものが存在した。それが僕を再び、僕の心を、体を立ち上がらせるものとなる。

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