Ep.20 ここで終わろう何もかも
知影探偵が廊下の隅でスマートフォンを見ながら、魂が抜けたように腕を揺らしていた。触ったら崩れてしまいそうな程に弱っている。
揺るぎない自信を持って事件に向かっていた彼女。時々僕の話に論破されて頭を抱えるもすぐに復活して。
また今度も「そんな証拠が出ても覆してやるわよ!」とゾンビみたいに粋がると考えていた。
しかし、違う。僕が彼女のスマートフォンを覗いても眼を動かさない。スマートフォンを隠す様子さえも見せず、ただただ停止している。
あり得ない。
別に探偵がどうなろうが構わないはずなのに。彼女が意気込む姿を見ていたせいでどうしても気になってしまった。
だから、出す必要のない声まで彼女に掛けていた。
「何が起こったんですか?」
そう聞いた途端、彼女の手が動き出して僕の腕を掴んだ。思わず悲鳴を上げてしまいそうになるもぐっと飲み込んだ。ここで奇声を上げたら、僕の恥を晒すこととなる。
平常を意識して、知影探偵の様子を確かめた。彼女は眉を下げ、今にも涙が溢れそうに眼を
「だって、さっきは味方だって言ってくれた人が……何で何で……」
「味方ってフォロワーさんのことですか?」
「そうだよ! そうだよ! なのに、いじめの話をしてたら、殺人犯を許せって話になって……事件を解くことがおこがましい……あの子に殺された子達がどれだけすっきりしたのか、考えろって言われて、炎上しちゃって」
「ちょっと待って。SNSに事件の情報を流したんですか……?」
またも探偵とのすれ違い。ただ、そんな
「だって情報のためなら仕方ないでしょ! それにほとんど流すつもりはなかったんだけど……教えた人がどんどん拡散しちゃって、それで炎上して!」
「炎上!? でも、それで情報も推理も手に入らなかったら意味がないでしょう! 何やってんですか!」
事件のことを拡散させたら、間違いなく誹謗中傷も増えるはずだ。それは神原先輩へも。犯人へも。正義感というものを振りかざして、殴りつけてくる。
そんな危険性を考えなかったのかと僕は怒り、彼女に告げた。ただ彼女からまたも言い訳がやってきた。
「一応はあるわよ。SNSで情報を流したら、これを見た後輩が『この学校に生徒が秘密裏に教師に相談できる相談表がある。もしかしたら、それにいじめの様子が書かれていたり』って教えてくれたの」
「相談表があるからなんですか。それが推理の役に立つんですか? それよりもここからどんなことが起こるか分かってます!?」
「でも、それを確かめて教えたら犯人の情報を教えてくれるって……」
「何でその情報をくれた人が犯人の情報を知ってるんですか!? 騙されてるに決まってるじゃないですかっ! その相談表に書かれてることを公開したいだけでしょう! そうすれば、誹謗中傷したい人の情報が手に入って。思う存分、自分の下らない正義を振るえますからねっ! それに探偵が利用されてんだって分かんないんですか!?」
「嘘……!? じゃあ、全部全部ワタシのやってること、全部全部ダメじゃん」
彼女が廊下に座り込むと同時に僕も体から力が抜けていく。
何故か最初は分からなかった。何でやる気が失せていくのか、考えられなかった。だけれども考えれば見えてくる。
悔しいことだ。僕がここまで頑張れたのは、ここにいる探偵のおかげ。一回僕が絶望を突き付けられた時があった。
この学園の生徒に「神原先輩が殺されたことでどれ位の人が報われるか」という趣旨の言葉を貰い、動けなくなっていた僕。
皮肉なことに大嫌いだったはずの探偵が救ってくれた。
「ワタシ達には謎を解く義務がある。正義を志す仲間がいるから」と言って。
なのに、今の様は何だ? 彼女の仲間も「殺人が正しかった」と主張するから、頑張る意味が分からなくなった。
絶望しているって?
「ふざけんじゃねえよ。ふざんけんじゃねえよ。ふざけんじゃねえよ。ふざけんじゃねえよ。ふざけるなぁあああああああああああああああああああああああ!」
今度は僕が狂っていた。
彼女が人を救おうとしていたから、僕も立ち上がれたのに。この裏切りはふざけてるとしか言いようがない。
だから、探偵は嫌いなんだ。
何で彼女のことを少しでも信用しようとしてしまったのだろうと悔やんでいた。唇を噛んで、両手で顔を隠す彼女を睨みつけていた。
そんな時だった。更なる絶望的な状況が僕に立ち塞がる。
「なぁ、氷河。ちょっと落ち着けよ……何やってんだ……」
「あっ……いや……」
部長達がこの様子を後ろから見ていたのだ。僕が焦って、彼女を泣かそうとした訳ではないと弁明しようとする。だが、彼は幸運なことに僕の話を理解していた。
「分かってる。聞いてた。この正義の話なんだよな。殺人犯を探すのが本当に正しいことなのか。探偵として最善の行動なのか。悩んでるんだよな?」
いつにない真剣な部長。
「そうです」
僕の言葉に応じた部長の発言。
「こんな時、
首を絞めつけられたような気がした。罪悪感が胃の中から押し寄せてくるような感じ。
だけれども、隠し通せよう。美伊子が殺された証拠はどこにもない。そのはずと信じて、体に伝う汗を何度も何度も腕で拭っていた。
誰も知らない物語で終わらせるつもりだった。
一つの計算違いが起きなければ。
「えっ? 美伊子って一昨日新しくVtuberになった女の子のこと?」
口を開いたのは、今まで絶望していたはずの知影探偵だった。僕は驚きのあまり、心臓が止まったように錯覚した。
何で彼女が知っているの?
僕が呆然としている間に質問を投げ掛けるは、美伊子の兄である部長。
「何言ってんだ!? Vtuber?」
美伊子が兄であることを知らない知影探偵は部長の反芻にとんでもない応じ方をした。
「そうよ……自分が殺されたから、今まで生きてきた情報を使ってデビューしたとかって言ってたわよ」
「え」
部長の重い反応。当たり前だ。妹の死がこんなに簡単に説明されて、素直に納得できる人はいない。
「確か、ワタシが見た話だと、友達がこの高校で死んだ岸くんのことを調べてるから知ってる情報を教えてってことで」
たぶん、知影探偵は昨日、僕が彼女とのチャットを途中で中断した後にアプリを開けたのだ。そこで知ってしまった。
美伊子の存在を。
どういうことで彼女にも配信が見られるようになってるのか、全く分からないが。
今はそのことを考えるよりも部長にどう説明すれば良いかを思考するのに必死だった。
ダメだ。どんなに頭をフル回転させても、答えが思い付かない。
部長に両肩を置かれ、凄まれても僕は何も言えない。
「なぁ……今、そこの探偵が言いたいことをまとめると、お前は昨日から美伊子の居場所を知ってたんだよな。少しは教えてくれても良かったんじゃないのか……? なぁ、氷河……!」
危険から彼を遠ざけたかった。ふと、これが大チャンスだと言うことに気が付いた。
僕が悪役になれば良い。信じやすい彼の性格なら、僕の言葉を間違いないと判断するだろう。きっと彼や彼の家族に危険は及ばない。
「ああ……知ってたよ! 知ってたよ! 死んだってこともね! 僕が間違って殺したんだ! 部長、いや、達也さん……もう一切、僕に関わりたくないでしょ! 僕はアンタの妹を殺したんだから! 死んだ原因を作ったんだからさっ! 殴りたいんなら、遠慮なく僕の顔を殴りつけてくれ!」
これでいい。これでいい。
ただ僕は殴られるのだけは怖くて逃げていた。廊下を走り、勢いだけで校舎を出ていった。
もう、何もかもが分からないんだよ!
犯人が人狼に見立てた理由も分からない!
それが解けたとしても、本当に事件を解いていいのか!? 殺人犯は学校の皆に、いや、世界の人達にとって英雄なんだよ! 未来で神原先輩に殺される人達を救った、ね!
僕には捕まえることなんて、できないんだっ!
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