Ep.19 亡霊は歩く、心の中で

 校長室を出ると単語が判別できない位に遠くから会話が聞こえてきた。声を辿って、近くの階段から踊り場を見上げてみた。そこに都合よく部長、浦川先輩、村山先輩がいた。

 どうやら三人は警察の事情聴取が終わった後、「まだ待機していなさい」と言われて退屈していたらしい。

 部長が真っ先に僕の存在に気が付いた。


「おっ! 事情聴取はどうだったか?」

「別に大したことは分からなかったなぁ。あっ、そういや部長のこと、あの刑事何も言ってませんでしたね」


 犯行現場に出前の紙が存在していた。その事実をまだ容疑者である三人には伝えられなかった。下手に手の内を明かし、事件の真相に近づいていると知られたら。そして、この中に犯人がいたとしたら。

 今以上に調べられたら、自分の正体がバレると口封じに襲ってくるかもしれない。その上、犯人が自分に繋がる証拠に気付いて隠滅してしまう恐れもある。

 まだ謎が多い状態で、馬鹿みたいにキーワードを突き付ける訳にもいかないと僕は別の話題を提示した。

 部長のことだ。その話をすると勢いよく食いついてきた。もう、それは餌を見つけた魚の如く。


「そりゃ、オレには街にいたって、アリバイがあるからな。完璧に無実が立証されたってことだ!」

「なるほど。疑ってすみません。それを最初に言ってくれれば良かったんですが」

「悪い悪いオレ自身も立証できるとは思ってなかったんだ。まさか街中に防犯カメラがあるなんてな」

「へぇ……で、他の二人は?」


 僕はわざとアリバイを確かめてみる。ちょっとした話で心を通わせるため、だ。一番知りたい動機などの情報はかなり防御が高いはず。実際、狐ヶ崎教諭からは聞き出せなかったし。

 先に浦川先輩がネズミのように小さな声で呟いた。


「ゲーム」


 「なるほど」と頷き、一応メモに取ってから、村山先輩の方を注視した。


「ぼ、ぼくは……ぼくも……あやふやだよ……家に帰ってスマホを……でも、やってない。殺人な、なんてやってない!」


 今のどうでもいい情報提供に重く一礼してから、村山先輩に次の質問を提起した。


「なるほどです。二人共ありがとうございます……では、次ですが。村山先輩、貴方はこの事件の動機に関わるであろう交通事故で亡くなった……岸先輩とはどういうご関係で?」


 彼の無罪を主張する姿を真剣に受け止めた僕。アリバイを信じてくれたと勘違いしたのだろう。

 心を通わせるとまではいかなかったが、目的は果たせた。彼は思い出すでも辛いはずの岸先輩の情報について、僕へと伝えてくれたのだ。

 

「大事な友達だったよ。浦川とも同じ。同じ部活動仲間であり、親友だったはずだったんだ……でも、アイツに……何もできなかった。アイツに、何かをすることができなかった」

「何かを……とは?」


 村山先輩は突然壁に背中を付けて、弱った声で後悔を口にし始めた。


「いじめを助長するものって何だと思う? 何もしないことだよ。いじめの存在を知っていても、自分が巻き込まれるのが怖いから、面倒だから何もしない。それこそがいじめをしやすい環境を作っていたんだ……」

「村山先輩は面倒だから何もしなかったってことではないんですよね?」

「ああ……昔から、昔から、そうなんだ。そもそも人に逆らうことすら、僕にはできないんだよ……蛇のような目で睨まれると、ぼくはもう何もできなくなって……」

「そうなのですか……」

「正直、犯人のことを感謝してしまってるかもしれない……あの女にだけは本当に逆らえなかった。あの女に逆らおうとすると、見えるんだよ。あの女に殺された岸の怨念が。姿が……こっちを見て……襲ってくる……うわああああああああ!」

「先輩……!?」


 村山先輩はいきなり叫び出したと思うと、階段の方へと飛び出した。「危ないです!」とすかさず手を伸ばして、彼の背中の方からシャツを掴む。だけれども、重い。僕の力だけは彼の重さに負けて、僕までもが階段から転げ落ちてしまうと思っていた。

 部長が前に出て、村山先輩を受け止めて。僕の体を浦川先輩が両腕で押さえていた。

 それから尋常じゃない様子で震える村山先輩の体を抑えて、一階の廊下まで連れていく。水筒の中身を飲ませたり、彼の背中を何度か叩いたりして。近くにあった教室の椅子に座らせた。

 落ち着いてもらった後で僕はもう一度、亡くなった先輩の友人について尋ねてみる。今度は酷く刺激をしないように。そう考えていたら、僕までもが緊張してパニックになりそうだった。しかし、これも気を付けて話せば良いだけだ。一階に来たら、落ちる場所もないし安全だろうと心に言い聞かせておく。


「先輩……変なことを思い出させてすみませんでした。先輩は見えるんですか? 岸先輩が……」

「……姿自身は見えないんだ。でも、誰かの心に宿ってる。誰かの心に宿って、話し掛けるんだ。ぼくのことを責めるために」

「何で先輩を責めるんですか? 先輩だけを? 友人ならここにもいます。浦川先輩も責められていいんじゃありませんか?」


 浦川先輩が僕の発言に不満そうな視線を発してきた。変な言葉をすみませんと心の中で呟きつつ、村山先輩の言葉を無言で待った。


「ううん……ぼくは……ぼくは加担もしたのかもしれない」

「加担っていじめに、ですか?」

「ああ……それでいてのうのうと生きるぼくが許せないんだ……」

「許せないか。では、何をやったんですか?」

「ぼ、ぼくは無理矢理脅されて嘘の待ち合わせ場所を言わされたんだ。言伝を神原から頼まれて、それをそのまま伝えたんだ……ほ、ほんとはグループ学習でみんな一緒にやらないといけないのに……ぼ、ぼくは……」


 なるほど。神原先輩の卑劣な手が更に分かってきた。


「神原先輩に言わされただけですか……でも、それはどうしても逆らえないものだったんですよね」

「でも、それが自殺の原因になったと思うと、奴は……絶対……! 謝ってももう遅い……」

「謝ったんですか?」

「ああ……その日のうちに。学校が終わる前に」


 あれ……? 思っていたものと違う。彼は誰も来ないところでずっと待たされていた。村山先輩が岸先輩にそんな辛い思いをさせてしまったから後悔しているのだと考えていた。


「あれ、その時は一緒にグループ学習行けたんですか?」

「いや、ぼくも休んだふりをして行かなかった。一緒にグループ学習を休んだんだ」

「……あれ、そうだとするとやっぱり、村山先輩を恨みます? 岸先輩と共に先輩も被害者なんですよね」

「でも、やはり一度血迷ったことに対し、恨んでいるはずだ……別の班の時は何度も仲間外れにされて違う場所を教えられていたみたいだし。ぼくがそれをやろうとしたら怒るのは当然なんだよ! 殺されても文句は言えないんだぁ!」


 友人の恨みを信じる高校生の声が校舎に響く。悲しい感情に包まれた僕は話の追及を諦めることにした。

 たぶん、今の消沈状態で他のことまで考えさせて喋らせるのは酷だ。

 そこでもう一つ、パニックになった女性の声があった。


「えっ、ちょっと待ってよ! 何で何で何で!? 何でよ!? ちょっと!?」


 つい気になって駆け寄ってしまった僕は知らない。それが絶望に続いていくことを。

 

 


 

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