Ep.18 ちょっとした推理をお届けします。

 一瞬近くにあった机に肘を乗せ、手に顎を付ける。そこで考えてみた。

 神原先輩が犯人が落としたものを最期に拾って、隠そうとした。刑事達にメッセージが伝わるように。その考えが正しいものかは、一発で分かった。

 あの出前の用紙と事件現場の様子を見れば、考える必要もなかったのかもしれない。


「それで加納教頭だけが怪しいと考えてしまうのは早計かもです」

「あれ……どうして?」

「さっき見せてもらった紙。端だけが血で汚れてるんです」

「あっ、そうね」

「端だけが、ですよ」


 女刑事は僕の言葉にマジマジと証拠品を見てから、突然声を上げた。


「あっ! そうだよね。おかしいよね。何で。あの事件現場に落ちていたものは全部血だらけよ。地面も血の海なのに」

「その血の中に落ちていて、右端だけが汚れるなんてことあり得ませんよね」

「そ、そういうことなのね。そうよね。彼女の手だって血だらけなのに」


 逆に何故、右端だけが汚れたのか。考察して、推理を語っていく。


「だからと言って、犯人が入れていくとは考えづらいですし。それならもっと教頭のペンとか名刺とか、名前が分かるものを入れますし。きっと、神原先輩がポケットか何かに入れていたから、血が付かなかったんでしょうね」

「えっ、ポケットに入ったままだったら、血は……」

「そこはたぶん、犯人が血の付いた手で探ったんだと思います。だけども、パッと見て意味が分からず、ポケットに戻したんじゃないかなと……」


 僕も意味が分からない。何で神原先輩が人の出前がメモされた紙を持っているのか。チャーハンや五目ラーメンが何かのメッセージになっているのか。いや、なっている可能性は滅茶苦茶低い。

 まず、事件現場に筆記用具が落ちてはいなかったし。犯人に殺されることを予期していたのであれば、こんな分かりにくいメッセージを選ばないはずだ。

 証拠品自体に何か意味があるのかと紙を見ていると、少々気になったことが一つ。折り目が何個もあるのに対し、曲がった形跡は一回だけ。

 そのことに気付いた僕はあることを尋ねようと、彼女に叫んでいた。


「何で。ちょっと、刑事さん!? この紙、ぐしゃぐしゃにしてないですよね!?」

「ええ。ど、どうしたの? 折らないように丁重に扱ったし。スカートの下のズボンのポケットの中には一回折られた状態で入ってたわよ。右端がちょびっとはみ出てたけど」

「じゃ、この折り目……折り目! えっ……」

「折り目?」

「この折り目。間違いないです。折り目ができたのは前の紙だったから、だ」

「前の紙で折り目……? 前……えっ? ということは」

「つまり、この出前のメモはコピーされたものなんです」

「そ、そうなの!?」


 女刑事は近くにいた警官を手招きして、紙について調べてくるよう指示を伝えていた。

 何で出前のメモなんかをコピーする必要があったのか。それが事件現場に落ちていた理由は何なのか。

 人狼の見立て殺人。

 犯人の正体。

 容疑者達とこの学園の不可解な状況。

 コピーされた出前の紙。

 数多もの謎が分からないうちにまた一つ。解けそうにない気がした。だけれども、探偵への恨みを考える。アイツらよりも優れていることを見せるためにも、アイツらを倒すためにもこの事件を解決させなくては。

 諦めるなと自分を叱咤して、刑事との話を続けることにした。


「で。まぁ、あの紙がコピー用紙だとしたら、犯人が落とす意味も分からないですし。加納教頭が犯人の疑いが強いとは言えなくなってしまいましたね」

「ええ。そうだよね」

「他になかったんですか? 被害者の神原先輩が残したもの。最期に動いていたと関係できるもの。あの先輩なら動く気がしまして」

「ううん……」

「血の手の痕とか……ないんです?」

「ううん。包丁もボールもほとんど血だらけだったから触ったのかどうか分からないんだけど……あっ。その二つには血の上に砂利が付いていたかな」

「砂利?」

「ええ。校庭のもの……包丁は柄の部分に、ね。たぶん、犯人に反撃をしようとしたのかな……」

「あの先輩なら最期の力でやりかねませんね」


 そう言えば、包丁と言えば、聞きたいことがもう一つ。


「で、次に聞きたいことはある? 独り言で話してあげるよ」

「もう独り言が独り言じゃなくなってる……まっ、いっか。ありがたいですから。ええと、包丁はどうなってます?」

「ああ。それは家庭科室から盗まれたものらしいよ……あっ、一応、そのドアは壊されず、ちゃんと鍵で開け閉めされてたみたいだけど……鍵は元の場所に戻されていて、誰が使ったかは分からなかったわ」

 

 家庭科室の包丁。

 犯人が事件の前に持っていたか。それとも神原先輩が誰かを包丁で脅かすためにこっそり盗み出したのか。

 もし、犯人が持っていたとなると。包丁を盗み出してから神原先輩を探し回るのはあまりにも危険。たまたま廊下ですれ違った加納教頭やたまたま学校に残っていた誰かがその包丁や家庭科室の鍵のことを指摘したら……。犯行はできなくなる。

 だから、たぶん犯人は神原先輩がいる場所を知っていたと思う。

 犯人は神原先輩を呼び出していたと考えられた。

 逆に神原先輩が包丁を持っていた場合も同じだ。倉庫の隅で亡くなっていた事実から、神原先輩が倉庫まで連れ込んだ人物に反撃されて殺されたと推測できる。

 間違いなく、どちらかが呼び出しを行っていた。

 分かるのは、ここまでだ。


「今のところ、容疑者のうちの誰かが呼びだされたか、どうかは分からないからな。電話やメールは消されちゃってるだろうし……」

「……取り敢えず、事件のことで言えるのはこれ位なのよ」

「ありがとうございます」

「何か分かったことが合ったら、連絡してね」


 彼女は僕に素早く電話番号と「桂堂けいどう赤葉あかば」となまえの書かれた名刺を渡してきた。


「刑事さんも名刺を渡すんですね」

「ああ……自分だけよ。趣味なの……」


 赤葉刑事は膝に手を付けて、ちょこんと大人しそうに語る。この可愛らしい見た目。それであって中には少々ずる賢い一面もあるのではないかと勘繰かんぐってしまう。

 まあ、良い。彼女の名刺をポケットに入れて、捜査の続きを始めよう。

 次は村山先輩に話を聞いてみることに決めた。あの人は神原先輩がどう恨まれていたか知っているはずだし、少しでも手掛かりをもらえるかもしれない。

 僕が校長室から出る前に赤葉刑事が一言。


「油断はしないで……ほしいな」

「分かってます。この学校は間違いなく変だ。被害者を称える人もいれば、毛嫌いしてる人もいて……ええええ……そんな状況でも屈しません。謎は全て解いてやりますよ!」

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