Ep.17 彼女は何も残せなかった?

 僕に対して何の用なのかと思っていたが。単に加納教頭は、生徒の状況を狐ヶ崎教諭に伝えたかったらしい。


「事情聴取を受けていない生徒の方は……ほとんど返しました。それと……何か騒ぎがあったようだがぁ……」


 狐ヶ崎教諭は最初、とても言いにくそうな様子で顔を下げていたが。加納教頭が近づくとどうしても回答拒否はできなかったよう。生徒が起こした刃傷沙汰をボソボソと伝えていた。

 ただ、またしても予想外の出来事に加納教頭の頭が真っ赤に染まっていく。彼にとっては学園内の不祥事は絶対に隠蔽されなければならないこと。

 彼は彼女の肩をがっしりと掴み、揺らしながら告げた。


「いいな! このことは誰にも言うな! それと襲われたのは単に受験や勉強疲れであり……」

「いや、でも……」


 彼が隠すべきことを知っている僕。そして、警察と共にいる知影探偵。もう彼の暴走は止まらない。

 湯気を立てた頭が近づき、僕の存在を否定した。


「他校の事件に突っ込まんでいい! さっさと家に帰れっ!」


 それと同時にガラケーを手に取った。もしかして強面の体育教師を呼び出して、僕達を強制的に追い出すつもりなのか。

 僕はその人をどう避け、捜査しようかとも考えたが。


『虎川氷河くん。至急校長室に来るように』


 放送が流れ、僕は呼び出された。警察から、だ。ようやく僕も容疑者の一人であると警察も気付いたのであろう。

 ここにいる必要があるから、教師も無理に僕を追い出せない。

 少々喜びもしたのだけれど。

 加納教頭が掛けていたのは違う場所への電話だった。


「ああ……もしもし、餃子一皿にラーメンとニラレバ炒め、五目チャーハンをお願いな。えっ、ニラレバがない? じゃあ、春巻きね。ええと、先生メモっといて頂戴。春巻き追加した。代金は学年主任に払わせろって」


 出前かよ、と驚いて。走り始めていた僕は転びそうになってしまった。狐ヶ崎教諭はいつものことかと思っているらしく、少々呆れ笑いをしつつ、手から取り出した手帳に書き留めていた。

 そういや、僕も浦川先輩にもらったメモ帳があったのだとそれを開きながら、校長室へと移動した。

 ドアを開く。部屋で待っているのは女刑事。面接のときのように礼をして、入口から入って横にあるソファーに座って良いと言われるまで立っていた。


「あのさっさと座っちゃって、大丈夫だよ……」

「す、すみません。つい、緊張を」

「さっきは緊張してなかったような……?」

「ああ……そういや、そうでしたね。で、まあ、緊張どうこうは良いとして。僕にはアリバイがあるかも、です。殺されたのは何時のことだと?」


 少しずつ情報を得られるよう、捜査を進めていく。気弱そうな女刑事はしっかり僕の誘導に流されてくれた。


「ええと、七時から八時」

「ええと、七時から八時っと」


 メモしていると、女刑事が半目開きでこちらの手元に注目する。


「あの立場が逆転してないっかな?」

「ないですよ。ええと、アリバイはありますね。その時、駅前の百貨店の本屋さんに。裏付けは簡単に取れると思いますよ」


 あの時。僕は神原先輩に目を付けられ、彼女の刺客か何かに襲われるんじゃないかと焦心していた。だから、防犯カメラの下を意識して歩いていた。証拠が残る場所では迂闊うかつに暴力は振るえないからね。

 

「分かった分かった。じゃあ、ちゃんと裏付けしてもらうことにするね」


 近くにいた警官に指示を頼む女刑事。それが終わるのを見計らって、僕は情報をもらうようお願いした。


「で、死因についてはどうなんです? 今のアリバイが正しいのかどうかを確かめるためにも教えてください」

「えっ、どういうこと?」

「いや、死因によってはアリバイはどんどん変わってきますよ。包丁を引っ張って、抜いたのが被害者、それでいて、出血多量なら犯人が殺人をした時刻と死んだ時刻が違ってきて。六時前に事件が起こったと考えることもできます」

「あっ、そういうこと。それはないわね。出血多量だけど、犯人が何度か腹部を貫いている。被害者が刺して抜いてなんて……物騒な事しないですし……間違いなく一回以上は犯人は刃物を抜いて、刺し抜きしたのかな、と」


 そうか。何度も刺して殺した、か。

 いや、待て。今の言い方だと被害者が刺して抜いた可能性が一ミリ以上あると言うことになる。そうでないと、物騒な事しないですし、と確認は取らないはずだ。

 たぶん、普通に考えて本当に被害者が刺し抜きした訳ではない。そんなことをしても苦しい上に意味がないから。

 女刑事が言い放った「刺して抜いてなんて」の下りから推測できる真実。被害者が刺されてから、抜き刺しできる位は生きていた、と言うことだ。

 つまり、被害者は犯人が人狼の見立てをしている間に何か残せる可能性があった。


「あの! 土とか、見てませんでした?」

「土?」

「校庭の土に……生きてたんなら、もしかしたら。犯人に一矢報いろうとダイイングメッセージを残してたかも、です!」

「ううん……そっか、それが君の推理なのね」

「えっ……?」


 僕の提案に彼女は残念と首を横に振る。ショックな言葉が続いてやってくる。


「なかったの。地面は異常に荒れてたけど、特に誰かの名前を残ってはいなかったわ」

「……じゃあ、結局分からないんですか。荒らされてたってことは、犯人が消したんですかね」

「その可能性が高いなぁ」

「くっそ……」


 僕は頭の皮膚を掻きながら、部屋の何もない場所へと睨んでいた。しかしながら、手掛かりがなく挫けそうになる僕へと女刑事は自主的に情報をくれた。


「だけど……ううん。一応、独り言としてなのよ。今から独り言を言うわね。メモられても困るけど、独り言が聞こえてしまったら……しょうがないよね」

「あ、ありがとうございます!」

「事情聴取をしたんだけど。警察として、一番怪しいなぁって思うのは浦川くんでもなく、村山くんでもなく、加納教頭なのよねぇ。他の二人にもアリバイはないんだけど……昨日一番最後に学校に残ってたのは彼。本人は職員室にいて、事件が起きたことに気が付かなかったと言っていたけど……もしかしたら……なのよね」


 すぐさま僕はメモに取らせてもらう。

 職員室にいて、気が付かなかった。だけれども、矛盾。体育館の鍵は職員室にあるのでないか。


「おかしいですね」


 一応、そのことについても聞いてみたらしい。


「そこに関しては校内を見回ってたから、分からなかったと……」

「なるほど……もし、加納教頭じゃなかったら、加納教頭が見回る時間が分かってた人が犯人かな……」

「怪しいのはもう一つ。加納教頭のものが被害者のポケットに入ってたからなぁ……これ、誰か分かる人いないかなぁ」


 女刑事がひょいと見せてきた証拠は捜査のために透明の袋へと入れられた長方形の紙。右の端だけが血で汚れている。その他は歪で小さな字が書かれていた。何とか目を凝らして読むことができた。「チャーハンと五目ラーメン」と書かれている。

 出前、だ。


「えっ……」 

「この学校の中で近くの中華料理屋『謎々亭』に出前を取るのは加納教頭だけ……それが現場に落ちていた……殺人犯の彼が落としたものを被害者が最後の力を振り絞って拾ったのかしら……?」 

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