Ep.16 一番殺したかった人

「お前がお姉さまを殺したのは誰よりも知ってる。アンタが犯人だ! 事件現場に真っ先に来たのも、証拠隠滅するためなんだろっ! 分かってんだよっ! 彼女と同じく薄暗く汚いここで死ねっ!」


 僕と知影探偵はその声によって、いなくなっていた少女の居場所を突き止めた。武道場の裏側、だ。すぐさま僕はそちらに向かい、カッターナイフを手にした小麦肌の少女と地面に体を落として両腕で体を守ろうとしている狐ヶ崎教諭がいた。

 一回、彼女は避けたようで。でも、もう逃げられることはできない。


「避けるなぁ! 今度こそ、死ね! お姉さまの屈辱を味わって死ね!」


 罪のない狐ヶ崎教諭を殺してはいけない。彼女を守るため、僕は後ろから小麦肌の少女の真横に入り、横へと彼女を手で突き倒す。同時に知影探偵が彼女のカッターナイフを取り上げた。


「あ、アンタねぇ! 何やってんの!? 自分のやってることが分かってる!? 人を傷付けることがどういうことかって分かってんの!?」


 最初に知影探偵が少女の動きを両腕で封じ込んで怒りをあらわにした。僕は少女を押し倒した罪悪感で、狐ヶ崎教諭は殺されそうになったショックで「ああ……」と呻くことしかできなかったのだ。

 倒れた少女は髪がぼさぼさになっても構わず、ジタバタと暴れている。


「殺させろ! こいつがお姉さまを殺したんだっ! こいつがっ! こいつがっ! 間違いないっ! 岸先輩の恋人だったコイツがっ! お姉さまを一番殺したいのはコイツなんだっ!」


 知影探偵は少女が暴れて疲れるのを見越してから、カッターナイフを手に持って「ちょっと警察呼んでくるから彼女を取り押さえておいて!」と頼んできた。

 衝撃的なことだらけで頭がぐちゃぐちゃになる僕。動かなくなった彼女の腕と足を抑えながら、確認を取る。


「ねえ……君は神原先輩を悪く言ってなかったか?」

「あれは建前に決まってんだろっ! お前がそれを刑事に言えば、ここで狐ヶ崎の死体が上がったとしても、ワタシは神原先輩を悪く言ってた犯人にはならねえからな! それよりも……早く!」

「ダメだ……絶対に。復讐の連鎖なんて悲しいだけだし。第一、狐ヶ崎教諭は犯人じゃない。犯人であり得ない証拠があるんだから」

「そんなの関係ないっ! コイツがっ! コイツがっ! コイツは次の神原先輩のターゲットでもあったんだっ! だから殺したに違いない!」


 狐ヶ崎教諭は生徒の変わり果てた姿に圧倒されたのか、首を横に振るだけの人形となってしまった。

 無理もない。僕も壊れそうだ。こいつの言うことを真に受けて、本当に謎を解いていいのかと考えた僕を殴りつけたかった。

 殺人はやはり、悪いことだ。

 僕なりの理由は出せないけれど。ここで立ち止まっている訳にはいかなかった。


「おい……! だから! アイツを殺させ」

「早く早く! この子をどうか落ち着かせてくださいっ!」


 なんて決意をしている間に知影探偵が警察の方々を連れてきた。連行される少女は「死ね!」だとか「殺してやる!」だとかの言葉を狐ヶ崎教諭に投げつけている。そんな罵声雑言を耳にしながら、僕は次に取るべき行動を考える。

 そうだ。体育館の鍵のこと、だ。


「でも……今の状況で早速、鍵のことは……」


 そう独り言ちていると、狐ヶ崎教諭がやっと立ち上がり、僕の方に声を掛けた。


「体育館の鍵か。そこには何の異常もなかったわよ。ちゃんと元の位置に戻されてたって。でも、もうたくさんの人が触っちゃってたから指紋は取れないって」

「えっ?」


 一応、問題だった謎はついえた。ただ、いきなりそれを教えてくれるとは思わなかったから、戸惑っていた。


「何か気になってることでもあるのかしら? 良かったら、私が協力するわよ。助けてもらった手前、断れないし」

「いいんですか……? 今、だいぶ疲れてそうですし」


 彼女も真っ青な顔をしているが。それでも彼女は教諭としてなのか、女性としてなのか、力強い微笑みを見せてくれた。


「困ることないわよ。こんなこと、しょっちゅうのことだもの。神原さんも……時々やってたみたいだし。あの子に勉強のことでこんなところに呼び出されるなんて……疑えば良かったわ。あの子、勉強全くしてないのに」

「えっ? こんなこと? しょっちゅう?」

「ナイフを使って脅すことなんてよくあることなのよ。この教育観念で生徒を抑圧したい学校の中、ではね。教育だけで、本当に正しいことを教えないから。やっていいことと悪いことの区別はつかない。……置いてかれた悲しみも分からない……」


 取り敢えず、知影探偵は事情の説明を警察に求められたようで。僕が狐ヶ崎教諭と話しているのを見て、羨ましがっていた。

 この場でさっさと聞いてしまおう。思っていたこと全部。正しいことか、どうか。噂が間違っていないのか。


「置いてかれた悲しみって……その事故で亡くなった先輩のことですか?」

「ええ」

「じゃあ、教諭はその男子高生と付き合っていたってことで……」


 彼女は肩を降ろし、「隠したいことではあったけど、仕方ないわね」と告白してくれた。


「ええ。付き合ってたわよ。と言っても、時々デートに行く位かしら」

「デート? ああ、流石に学校では会えないですよね」

「ええ。パソコン部の顧問だけじゃなく、陸上部の顧問もあったから。あんまり、ね」

「ああ……だから、今日も学校に朝早く来てた訳ですね。デート、ですか?」

「あの子はお母さんが早くに亡くなってね。父子家庭だったから。お母さんみたいなところに惹かれたって言ってたわ。たまにソフトクリームを口に付けて、彼の子供みたいなところに私も……っていけない。亡くなった人のことを考えてたら、しんみりしちゃうわね」


 そう言って、彼女は無邪気に笑っていた。こんな彼女に嫌な言葉を突き付けていいのか迷ったが、心を一度捨ててみる。時間の無駄だ、と。一刻も早く情報を得るためにも、この情報だけは聞いておかないと。


「すみません。いいところなんですが……その彼を殺したって言う神原先輩は恨んでいなかったんですか?」


 そこで彼女は後ずさりをしていた。今度は僕自身が彼女にナイフを振り下ろしているような気分だった。

 この質問が今の彼女が忘れようとしていた記憶を掘り起こすだろう最低なものだとは分かっている。

 だけれども、調査としては重要な証言が見つかる可能性が高い。

 一番彼女を恨みつつも殺人犯ではないと考えられている、彼女が、ね。


「ううっ……」

「狐ヶ崎教諭。苦しいことを言ってるのは重々承知です。でも、これを教えてもらえないと、なんです。さっき、言っていた貴方がターゲットだった……それは分かってます。貴方、部活の中で彼女に何を言っても答えてもらえませんでしたよね。ついでにからかわれてもいます。辛いのは、分かりますが。貴方の言葉を必ず事件解決に……」


 あれ、何言ってるんだ。僕は……。

 狐ヶ崎教諭からしたら、やはり殺人犯は救世主のようなものだ。自分がいじめ殺されそうになるのを守ってくれたのだから。

 そう考えたら、僕はまた何も言えなくなってしまった。


「いえ……何でもないです……」


 彼女に背を向けると、加納教頭が走ってくるのが見えた。彼は僕と狐ヶ崎教諭めがけて、駆けてきた。

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