Ep.15 探偵の光に耐えきれない

「知影探偵……!?」

「もうワタシの方が探偵として優れてることは証明できちゃうから。楽しみにしてなさいな」


 今の今まで探偵を憎んでいたところにちょうど現れた彼女。この怒りに僕の理性がなかったら、僕は彼女に飛び掛かっていたことだろう。

 何とか冷静を意識する。彼女に対し、冷たい炎を燃やしながら対抗するのだ。暴力や感情に任せた暴論は絶対ダメだ。

 ただ嘘はついた。


「んな訳ないでしょう」


 謎が解く手掛かりはまだ見つかってないだけで、嘆く必要はないのだが。絶望はしていたから、それを偽りたかった。

 探偵なんかに弱いところを見せたくない。


「あれ……? でも何か……解けないって言うのが顔に出てたような」

「探偵と言ってる割にはそういう細かいことは分からないんですね。単に今日の夕飯のことで悩んでただけです。エビフライにしようか、オムライスにしようか」

「ええ……謎のことじゃなかったの? まっ、いっか。諦めてないなら、ちょっと情報をあげる」

「えっ?」


 僕が強がっていたら、彼女は何故か事件の話を伝えてきた。ここには誰もいない。情報を知って得するのは僕だけだ。


「勝利の鍵って言ったでしょ。あれは、アンタの言ってることを確かめて新しい証拠をゲットしたってことよ。ほら、言ってたじゃない。本当に犯人が返り血の付いた服で見立てに必要な道具を手に入れたかって。あれ、見回してきたけど、図書室。演劇部の小道具が保管されている倉庫。どれもところどころに血が付着して、入口のドアがぶっ壊されていたわ」

「……ん? ただ、確認をしてきた、だけか?」


 僕は心を乱しながらも彼女の話に何とか応じていた。何故こうも調べたことを提供してくるのかと疑問に思いながらも。


「いえ。後、一つ。ボールがあったでしょ? 逆にボールの倉庫は何処も破壊の形跡が見当たらなかったわ」

「うん? ボールは……?」

「つまるところは、犯人はグラウンドに落ちてたボールを見て、見立てに使えそうと思ったんでしょうね。片付け忘れてたボールなんて、時々グラウンドの隅に落ちてるから」

「それの何が勝利の鍵なんだ?」

「ふふふ……犯人は占い師とボールをすぐにくっつけられる人物ってこと、つまりは人狼が詳しい人じゃないかしら! どうよ。この推理はアンタも思い付かなかったでしょ?」


 僕は彼女の横をスタスタ歩くことにした。あごに手を当て、彼女の奇をてらった行動の理由を考えつつ。

 すると彼女は僕の首元に手を当て、シャツを引っ張った。


「ちょっ!? 待ちなさいよ! 少しは驚きなさいよっ! これでもかなり犯人は絞れたと思うのよ!」


 取り敢えず、彼女が後で屈辱を味わうように言っておく。あの女刑事から聞いた時に僕が犯人を絞ったと聞けば、相当悔しいだろうな。


「いや、さっき警察の人が言ってましたし。聞こえませんでしたか? 犯人の目星が付いたそうですよ」

「えっ、嘘!? あの放送!? 犯人、あの子達の可能性があるの?」

「えっ? あの子……?」


 探偵に興味はないが、情報には興味を出してしまった。先程、探偵に関しては絶望していたはずなのに。

 どうしても口が動いてしまった。

 僕の反応に知影探偵は真剣に返答する。


「あの子はあの子よ。村山くんに浦川くんでしょ。ワタシの後輩なんだから」

「えっ? 知影探偵って、ここの学校の?」

「ええ。卒業生。そしてコンピューター部は二年前まで部長をやってたのよ……だから狐ヶ崎先生も加納先生も全員知ってるわよ」

「なるほど……そういや、推理の時、神原先輩のことを神原ちゃん呼びしてましたよね」

「ええ。時々、遊びに来てたわ。で、こんなことになって。刑事に呼ばれたって訳。この学校の状況を話すためにも、ね」


 哀愁漂う彼女。どうやら、彼女はこの事件を遊びだとは思っていないらしい。彼女自身も当事者なのだ。

 ただ、ただ、どうしても気になる。


「じゃあ、何で悔やまないのさ」

「ん?」

「何で大切な人が死んだのに悔やまないのかって聞いてんですよ? 何で平然と何も考えず、探偵ができるんだって……」


 何て言ってたら、彼女はまたスマートフォンを見始めた。僕は目を見開き、呆れに呆れて声も出なかった。いや、それで良かったのかもしれない。そうやって、心の奥にある彼女への敵意を留めていなかったら、罵倒の数々を吐いていたことであろう。

 僕が固まっている間に彼女はこちらに数々のアイコンが並べられた画面を見せつけてきた。


「みんながいるから」

「えっ?」

「ワタシを応援してくれるフォロワーさんがいるから。ほら、このアイコン。皆、ワタシを期待するフォロワーさんよ」

「ふぉ、フォロワー? ええと、SNSの仲間ってこと?」

「そう。この人達の中には事件のことが本当に許せない人もいる。殺人という最低な行為を心から軽蔑したい人がいる。復讐殺人を犯した人が本当にこれから生きているのか、心配してる人もいる」

「ううっ……」

「だから、何があっても挫けない。ワタシは最後にハッピーエンドが来るように謎を解く。できる限り、他の人がハッピーエンドで終われるように」


 ……全く理解できなかった。

 だけれども論理だけは頭に入ってくる。だから、彼女は僕に情報を渡してきたのか。だから、彼女はどんな倫理的な困難があろうと謎を解こうとしているのか。

 偶然だけれども、探偵に元気づけられてしまった。

 理解できない、この探偵に、さ。傍からふざけているように思えるのに、本人は至って真剣だ。

 しかし、それを素直に受け止められなかった僕はこんなことを言った。


「ふん。ないハッピーエンドを求めてですか。頭が幸せだと思いますよ。そのSNSの中には面白がって推理する人もいるでしょう。全然違う推理を、ね」

「そうね。そこが腕の見せ所よ! ワタシがちゃんと選別して、今度こそ正しい真実を見つけるから。アンタもそれに対抗できるものを持ってきなさい。ぶつけ合いましょう? そうすればちょっと狂ったワタシの推理も修正できるでしょ」

「……すみません。慣れ合うのはごめんなさいです。探偵の手伝いなんて、まっぴらです」

「……ええ?」


 得体が知れない。彼女のことがまだ信用できないというのもある。もしかしたら、真犯人に買収されてる可能性もある。

 僕の元にある情報は渡したくなかった。そのまま僕が廊下を走って彼女から逃げようとしていたら。冷たい風が僕の肌に当たる。風の元である窓の外に目が向いた。そこは小さな小屋のような武道場。武道場のそばに小麦肌の少女がいて。

 アイツはもうあんなところに移動したのか、と思っていたら彼女の手元が太陽の光に反射して、キラリと光る。

 刃物、だ。

 銀色にきらめく、それを見て、何事かと目を擦るが。見間違えはない。刃物。

 

「えっ!?」

「ど、どうしたの……はいっ!? な、何で!?」


 僕の声につられたのか、知影探偵も窓に身を乗り出している。そして、その光景を目にした。

 咄嗟のことだった。僕も彼女は靴箱を目指して走り、靴も履かずに校舎を飛び出した。

 

 

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