Ep.14 トロッコ問題で大量虐殺
すぐに後ろを振り返るが、誰もいない。僕の後を気になった部長がつけてきてもいない。いや、彼は只今事情聴取の真っ最中。来れるはずがない。
ただまた前に体を戻すと、背中に酷い感覚が戻ってくる。間違いなく、誰かが見ている。
ここは後ろに振り向きながら、後ろ歩きで教室の中に入る。そして、素早く教室と廊下を遮るドアの後ろに隠れた。
すると、呆れる程、予想通りに視線の主らしき人物が現れた。小麦肌の少女。
「あれ……彼女は確か……」
ハッと記憶の中の情報を整理して、心がかき乱された。
第一発見者でもある彼女。僕を何故見張っていたのか。それは直接、問いただしてみるしかない。
「嘘、何処に行ったの?」
辺りを見渡して焦っている尾行初心者の彼女の前に身を出して、質問した。
「ここだ。何の用だ」
「あっ……!」
彼女は口の前に手を出して、僕の登場に驚いていた。
「何の用ですか? の方がいいですか? 何で僕をこそこそ追ってきたのか、説明してもらえませんか?」
「……見張ってたに決まってるじゃない。アンタ、この事件を調べてるんでしょ?」
一回口籠ったものの、もう見抜かれているからと観念したからなのか。彼女は自分の目的をペラペラ話し始めた。
「何で、知ってるんだ?」
「演劇部の先輩に君、会って話をしてたみたいじゃない。その先輩達から頼まれたのよ、部活はいいからうろうろしてる子を見張れってね。一年の後輩が断れる訳ないじゃない」
「ああ……君は同じ学年だったのか。まあ、そこはいい。見張ってどうすんだ?」
「この謎を解かないようにするのが一番の目的だよ。だって、この事件は何のために起きたか、知ってる?」
「……どういうこと?」
復讐劇。知ってはいたが、分からないふりをした。知らない情報も欲しかったから。こうして自然な風にいた方が彼女の性格的にもぺちゃくちゃ話すだろうと思ったから。
「何にも知らないのね」
「ええ。教えてください」
相手は優越感に浸れば、何でも話すタイプだと思う。そんな僕の予想は正解で。彼女は僕よりもつま先立ちをして、僕よりも背が高いと謎のマウントを取ってから、話を始めた。
「あの先輩がした所業。逆らうものには徹底的に違うことを徹した。できる限り、バレずに相手の心を痛めつける方法を、ね」
「例えば……」
「仲間外れ、物を隠す、トイレに閉じ込める、ゴミ箱に捨てる、走って転ぶふりをしてゴミ箱のものを人にかぶせると言うのもあったと聞いたな。それ、全部彼に試してみたんだって。時々、自分がやったミスを集団で彼のせいにして。ってのもあったよ。確か、万引きだとかも彼のせいに。よくやるよ、先輩も」
「……よくやるよ……だって……?」
あまりに酷い仕打ちの数々。彼女はそれを雄弁に語っていた。眼ははっきりと。まるで先輩の功績を称えるように。
怒りが湧いてくるような重い気持ち。罪のない人に何故、そんなことをやる必要がある。いや、罪があったとしても、だ。それを責めるのは神原先輩でも誰でもない。何かあったからだなんて理由にならない。いじめは最低の犯罪だ。
彼女は最初は肯定するかのように話していたが、途中からその行為を責め始めた。
「でも、そんなことをやって。結局死なせた。でも、遺書も何もないから、彼女のいじめが原因かもわからない。そもそもいじめの証拠すらないし、学校側も隠すから。それに神原先輩にそのことでたてつけば、次のターゲットはそいつ。止めようがないの。それを快く思わない人も、絶対に許せない人もいたでしょうね」
「だから……?」
「殺すしかなかった。でしょうね。あの先輩が死ねば、いじめグループも解散。この学校は平和になるってこと。これは正しき、殺人よ」
「はぁああああああああああ!?」
正しきと殺人が結びついていたものだから、変な声が出てしまった。彼女の考えそのものが分からない。ニヤニヤしている理由も理解できない。
「何? それとも、それ以外の方法で悲しみを乗り越えられるとも? 友達であり仲間を殺されて、悲しむ村山先輩と浦川先輩。想い人を殺されて悲しい悲しい狐ヶ崎先生。その恨みは別の方法で晴らそうとすれば、自分も状況的に殺されるかもしれなかった」
「殺されるかも……?」
「言い方を返れば、これも正当防衛の形よね……人狼の話聞いてたけど。あれもそうでしょ? 人狼にやられると思ったから、吊る。皆、あの神原先輩を吊りたがっていたわ。犯人が自分の手を汚して、自分を守って。皆を守って。吊っただけ。みんな犯人に感謝してるの」
「……だから殺した奴の罪を問うな……そう言いたいのか?」
「そうよ。部外者の君は、この事件に触れちゃいけないの! この事件は迷宮入りで終わるべき、事件なの」
……もう、これで優しい顔をする必要もない。相手の意見はたぶん、全て出尽くした。
それを分かって、僕は声を荒らげた。
「ふざけんなぁ! 人の命とかを何だと思ってんだよっ! 人が死んで、一体どれだけの人が悲しむと思ってんだよっ!」
ただ、僕の怒りに彼女も対抗した。
「じゃあ、別の方法を得られるんでしょうね!? 彼女がもっと人を殺していたかもしれない可能性を否定できるんでしょうね! 犯人は一人殺しただけ。確かに悲しむ人物はいる。犯人も悲しむでしょうけれど、それは犯人と被害者の家族だけの話。でも神原先輩がこれ以上、いじめと言う名の人殺しをしていたら、もう何人の人が泣いていたか。分かるんでしょうね!?」
「うっ……」
「こんな言葉を正義を語る探偵さんに言ってみたかったんだ。何か反論、ある?」
「ぐっ……でも、人殺しは……!」
「君はきっと目の前の人物しか見えていない。トロッコ問題って知ってる? 五人を殺すか、一人を殺すか。きっと、君は目の前にある五人を助けるために、一人を殺す。後で五人全員がショックで狂って、テロや惨劇を起こすかもしれないってことも知らずにね。そう言う人間でしょ。知ってる。探偵ってそういうものでしょ!」
探偵、いや、僕は探偵なんかじゃない。
探偵なんかじゃない。あんな腐った奴等と同じではない。大勢の人を見殺しにした数々の探偵のことと一緒にしないでくれ。
そう言いたかったが、この問題を解決しない限り、僕はその場を動けなかった。彼女がスキップで去っていくのもただただ見送ることしかできない。
やっとこさ、僕が動けたのは一人の探偵が背中を押したからであった。
「どうしたのよ。そんなところで突っ立って。ははぁん。手掛かりもなくて、絶望したか。ワタシの方は勝利の鍵をもう見つけちゃったもんね!」
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