Ep.11 呪われた殺人事件
彼女が主張する論理は確実におかしい。この時点でもう分かっていた。彼女は事件現場を荒らそうとする探偵だと。
即ち僕の敵である、と。
アズマでないのは残念であるが、仕方ない。世の中には探偵が沢山いる。その一人一人を挫折させるには、膨大な時間が掛かる。それでも探偵を殺すと決めたのだ。例え、弱小探偵でも手加減はしない。
僕の推理で彼女を潰すのだ。
きっと、それが続けていけば、美伊子の事情を知っているであろうアズマも現れる。僕の活躍を嫉妬して、飛び出してくるはず。小さな可能性だが、信じ抜くだけ。美伊子の仇を取るため、アイツが現れるまで僕は探偵と戦っていく。
決意はとっくのとんまに持っていた。
僕は怒涛の勢いで探偵の推理に疑問を入れる。
「ちょっと……待ってくださいよ。それ、本気で言ってる訳じゃないですよね。これが外部犯の仕業だって思ってるんですか?」
「あら、何?」
彼女は文句を言われたことに腹を立てたのか、むすっとした表情をする。
この探偵はまだ容疑者から話を聞いていない。容疑者すら知らない状況であろう。そんな状態でスピード解決を図ろうとしている。確かにこれで知名度は上がるかもしれないが、被害者も報われない。
この中に容疑者がいることを伝えるべく、彼女の言葉に異論を放つ。
「まず、呪いって。どういうことなんです? そんな非科学的な説明が」
彼女は一旦、顔を伏せる。スマートフォンを目にしていたかと思うと、すぐさま僕の言葉を打ち破った。
「何がおかしいって言うのよ。心理的な行動に基づいた、的確な推理なのよ」
「はっ?」
「被害者はどうやら優等生だったよう。でも、ここの私立は勉強も厳しいし、日々のストレスも大きかったんじゃないかしら」
「それが呪いと……どう?」
「聞いたことない? オカルト宗教団体の信者には有名な芸能人やお高い大学の優等生もいるってこと。そう言った人は今の下らない現実から別世界を信じるようになって。オカルトにハマる人もいるのよ」
「……ええ……人狼の見立てじゃないんですか……?」
否定できなかった。頭の中から言葉が消え失せていく。
ある意味、そう言う考え方も納得できてしまうのかもしれない。犯人により、人狼に見立てられた殺人だから、弓矢、オカルトの本、狐の面が落ちていた。そんな考えより説得力がある。被害者にオカルト趣味があった。この話に関しては「絶対違う」と言える証拠がないのだ。
押され気味の僕に探偵はうっすら笑みを浮かべながら、スマートフォンを見ていた。再度顔を上げると、僕の目を彼女の瞳に映しながら更なる推測を語った。
「ああ……! 確かに人狼の見立て。そう考える人もいそうだけど。ワタシからしたら、全部呪いの道具なのよね。オカルトの本はたぶん、読んでいたのよ。で、弓矢も昔は呪術やら宗教的な祭事に使われていたし、間違いないわよね」
「狐の面も……」
「ええ。面も狐も何もかも、呪いの道具としては最適よ」
「た、確かに……」
呪いとしては筋が合っている。彼女の推理が間違っていないということは誰にも言えない。
「つまりは被害者の神原ちゃんは、ここで呪いの儀式か何かをやろうとしていた。そこで現れた不審者が神原ちゃんを殺害して。犯人は捜査をかく乱させるためにたまたま神原ちゃんが持っていたものをばらまき、ついでに猫の死骸も置いといたんだわ……で」
僕が項垂れそうになっていると突然、彼女が下を向く。またスマートフォンを確かめている。
これで三度目だ。推理メモでも見ながら話しているのだろうか。それなら彼女の推理の中でわざと話していない部分があるのではないか。
何か反論を言える要素がないかと彼女の方に近寄った。
横からスマートフォンをチラッと拝見。相手がスマートフォンに夢中で僕の行動に気が付かない間に、確認だ。
僕の目線の先。そこには、メモ……なんかではなかった。SNSだ。呟くと、たくさんの人が「いいね」などの反応を見せる完全的なネットワークサービス。
探偵が直視していたのは自分の元へ来ていた推理のメッセージだった。横から、いつでも逃げられるような体制を取って、恐る恐る彼女に問い掛けてみた。
「もしかして、今の推理。貴方の考えたものじゃなかったんですか?」
彼女は僕に気が付くと、バタバタ手を振り乱して「あわわわわわ!」と叫ぶ。それから彼女は何度か下がり、すぐさまポケットの中にスマートフォンを隠していた。
怪しい探偵は顔を真っ赤にして、僕に指を差す。
「ちょっ、ちょっと! 人のスマホを見るなんてマナーがなってないわよ! マナーが!」
「いや。それを責める前にこっちの問題を教えてください。今の推理、貴方のものじゃないんでしょう? 何で事件のことを他の人に流し、あたかも自分が解いたように見せかけてたのか!」
僕がそんな彼女に詰め寄ろうとすると、隣から止めの声が。
探偵の存在をよしとしている女刑事だった。
「ちょっ、ちょっと! 喧嘩はダメだよ。この人は
恵庭知影。
それがこの女探偵の名だった。女刑事に説明されたことで腰に手を当て「どうよ」と言っているような得意げな顔を見せてくる。
ただ、所詮はSNS。
彼女と彼女にアドバイスをあげる人間は、大事なことを知らないはず。だから、外部犯と決められる。
情報を全部伝えられているとも限らないし、何処か穴があるかも。
そう思った途端、とある証拠がフラッシュバックした。忘れていた。探偵が現れた時のために証拠を集め、ぶつけようとしていたのを。
被害者の神原先輩が呪いをしようとした、なんてとんでも推理に気を取られていた。今、僕が考えている証拠であれば、知影探偵の推理も完全に否定できた。
だから、彼女に重い声で言ってやる。
「すみません。被害者が呪いをやっていた。本当にそうだとは思えない証拠が一つあるんですよ」
「えっ? 何よ?」
「見せてあげます。その場にいる人間が力の限り、動くからこそ手に入る証拠を。SNSに頼ってては絶対に見ることができない証拠を、ね!」
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