Ep.9 グレーな狐が恋をして

 本当のことなのか。本当であれば、今回の事件に持つ犯人の残虐性が彼にもあると証明できてしまう。彼を犯人候補として見ることだろう。

 ただ、何故彼女は笑っているのか。

 この話は完全に作り話でただ僕をからかいたかっただけなのか。普段なら「冗談言わないでくださいよ」と文句をぶつけていたのだが。

 僕に話を聞かせる女子生徒の目にはよどみが入っていた。ただならぬ凄みも体から放たれている。神原先輩が死んだことよりも噂話を面白がることに対して、集中しているような。

 普通の人間とは違った感じを覚えたのだ。いや、違う。彼女だけではない。彼女以外の演劇部も、雰囲気が違う。人が死んだと言うのに、悼もうとする人がいない。ただ部外者であるに対する不審な目しかない。

 僕は彼女の姿に固唾を飲んで、問い掛けた。彼女の言葉は冗談なのか、本当に心の底から出てきたものなのか、確かめるために、ね。


「あの……何でそんなに普通にいられるんですか……今は人の悪行をどうこう言うより、神原先輩が亡くなったことが大事でしょう」


 これに「そうだよね。今はそんなこと言ってる場合じゃないよね」と返してくれれば、正常だった。

 ただ、やはりそうはいかないようで。


「死んだから、どうなるっての?」

「えっ?」


 彼女は酷く退屈そうに答えた。その感じが僕の体を震えさせた。


「死んだから、アタシ達に何の障害があるってか……ねえ」

「い、いや、何か思うところはある……でしょう?」


 途切れ途切れの声で聞き返すも、彼女は単に頬を緩めて笑うだけ。


「ああ……良かったな。とは思うかな?」

「よ、良かった!? 良かった!? 何が? はっ?」

「だって。アイツ、言いたきゃないけどさー。いじめグループの主犯よ。主犯。リーダー格。いっつも偉そうにしてて、何をしても自分が一番じゃないと気が済まないお嬢。正直、邪魔だったのよねぇ」


 ふと、僕の中にあった何かがキレた。「邪魔」だから「死んでも良い」という滅茶苦茶な論理が僕のギリギリ保たれていた平常心をぶった切った。

 行動には起こさなかったものの、息を荒らげて僕は叫んでいた。


「邪魔って何だ!? 邪魔って何を……!」


 そんな僕の前に手をパーにして出す彼女。


「大きい声出さないで。正直、死んで良かったぁって感じだよ。そう思ってるのアタシだけじゃないし……そうねぇ。あのざまぁない女の姿を見て、大袈裟に驚いてる女教師いたでしょ?」

「き、狐ヶ崎教諭が何なんですか?」


 怒りに揺れる僕の胸を手で押さえながら、尋ねてみる。彼女の適当な悪口を言うのであろうと思っていたが。


「彼女が学校の中で一番、犯人に感謝しているでしょうね。そりゃ、もう頭を地面にこすりつけて泣く程に」

「で、でたらめは言わないでくださいよ」

「いや、嘘じゃないわ。だって、狐ヶ崎は彼氏をあの強欲女に殺されてるんだから。合法的に、ね」


 途中までは訳が分からなかった。ただ彼氏を男と脳内で変換した途端、理解をしてしまった。

 真実に怒りも悲しみも全て驚きによる興奮に変わっていく。


「ちょっと待って。この学校に交通事故で亡くなった男子生徒がいるって話ですが。狐ヶ崎教諭はその人と付き合ってたんですか?」

「ええ。まぁ、正確には死ぬまで追い詰められたってことだから交通事故と言うよりは、自殺。いや、自殺と言うより、ほぼほぼ殺人でしょ。毎日嫌がらせと隠れた暴行を欠かさなかった彼女は『完全犯罪成功ね!』と喜んでいたけど」


 様々な情報が頭の中で入り組み、一度混乱してしまった。

 一つずつ整理をしていく。

 狐ヶ崎教諭はとある男子生徒と付き合っていた。

 だけれども、男子生徒は神原先輩にいじめで殺された。その神原先輩は最低なことに、その死を喜んでいた。

 狐ヶ崎教諭が殺意を爆発させ、犯行に及んだとしても何の不思議ではないと言うことだ。そこまで怒りがあれば、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いなんて論理で彼女が可愛がっていた猫まで殺すのもあり得る。

 いや、白猫のロップを切り裂いてから、それを目にして絶望する神原先輩を殺した可能性もあるか。

 そこまで考えて、ある人が隣に手を置いた。不意だったものだから「ひゃあ!」と声を出し、その人を突き飛ばしてしまう。


「あっ……すみません!」

「おい……てめぇ」

「あ……」


 完全に存在を忘れていた部長だった。すると、怪しい浦川先輩もいるのではと辺りを見回した。


「女の子とぺちゃぺちゃお喋りの上にオレを……嫉妬の炎で燃やし尽くしてやろうか」

「す、すみません! そ、それよりも浦川先輩は?」

「集合を掛けられたんだよ。この学校の教師達にな。危険だからと言うことで今日の部活動は中止になるみたいだ」


 あれ、しかし、僕と今まで話していた女子は演劇部の活動を始めようとしているのでは。僕が彼女から目を離していたら、別の女子と神原先輩の悪口談義に花を咲かせていた。

 これ以上意味もなく、ここにいると気分が悪くなる。


「分かりました。すみません。行きますよ。ここで調べたいことは終わったので」


 部長の手を掴む。彼が頬を赤らめる。そのまま手を離し、僕は校庭の方へと走る。


「おい待てよ! 何で置いていく!」

「部長が手を繋がれただけで男の僕に発情したからですよ! アンタ、自分が何をしたか分かってます?」

「じょ、冗談だって! 冗談!」


 こんな冗談を言い合える仲の僕と部長。部長に何をされたとしても、消えてしまったら悲しいに決まってる。

 それなのに何故、この学校の生徒達は負の感情を持たないのだろう。そう疑問に思ったところで嫌な感じがした。

 生徒達、だけか?

  

「部長、もう一度事件現場に行きますよ。取り敢えず、警察も来てることでしょうし。知ってることと証拠は全部話しましょう。他の探偵に荒らされないうちに」

「そうだな。集めた話を……だな」


 本当に生徒達だけが死に対して、何も感じていないのか。

 そう思った時期がありました。

 だみ声でつるぴか頭の男が、一人の手帳を持った赤渕眼鏡の女に話をしている。周りに警官のような人々。しかし、学校の生徒はグラウンドに並ばされている。

 たぶん、学校にいる誰かが情報をまとめて刑事に伝えているのだろうと思った。

 僕の予想は正しかった。

 ただ、同時に嘘でもあってほしいと願ってしまった。だみ声の男が放った言葉が原因だ。


「殺された神原さんは非常に優秀な生徒で、特に学内でも外でもトラブルはなかった。模範的な生徒でしたよ。ええ……ええ……。恨みとかはもう、考えられませんね」


 女刑事がなよなよした感じで彼の話を復唱する。


「ええと、その……ですねえ。恨みが何にも……ないと……? そういうこと……なのですかねぇ」

「ええ。ただその好評をよく思わない近隣の人達がいましてね。そういった危険な思想を持つ外部犯ではないでしょうかね。わしにゃ、それしか考えられませんわ。ああ……生徒は返しても良いでしょうか。ショックを受けてるようで、訳分からんこと言うでしょうから、捜査の邪魔になりかねませんし」


  

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