Ep.7 賭けに狂う

 そんな衝撃的事実に気付いたところで一つの謎が浮かび上がる。後ろにいた狐ヶ崎教諭も同じことを考えていたのか。

 死体の方に近寄ると、手を合わせて。それはもう死体と同じ位に真っ青な顔で彼女は呟いた。


「……犯人は何のために人狼なんて見立てをやったのかしら……」


 僕はほとんど部外者なのにも関わらず、その疑問に返答してしまった。


「分かりません。でも、犯人にしては危険な賭けをしないといけなかったのでしょう?」

「き、危険な賭け?」


 彼女が不思議そうに僕の顔を見てくる。どうやら僕の話に疑問を持っているらしい。

 そのまま秘密で彼女の元から立ち去るのも可哀想なので、説明をしておこうと思う。


「ですよ。犯人が事件の見立てをするために、殺してからこんなに多くの道具を用意するなんて危険極まりない。道具を用意するのに事件現場に行ったり来たりしている間に誰かに見られたら、反論のしようがありませんよ。途轍とてつもなく、危険な賭けです」

「た、確かにだけど……事件前にもう用意していたら、危険な賭けでは……」

「危険すぎますよ。犯人がこんな道具を殺害前から用意していたにしても、道具を用意している最中に事件に関係のない人が、ボールを持ってる人を見た。狐の仮面を持ってる人を見た。オカルトの本、弓矢。これを持って行動する人は目立つはずです」

「ああ……た、確かにそうよね……あっ、って君も、部外者よね」

「あっ……」

「とにかく、ここは警察の人達に任せましょう。こんな酷いものをずっと見てたら、頭が痛くなっちゃうわよ。ましてや見知ったことのある人の遺体なんて見てるべきでないわ。悲しみが溢れ出してきちゃう」


 話が終わった途端、僕は用済みですとでも言うかのように現場を追い出されることとなった。

 それにしても狐ヶ崎教諭は落ち着いている。この事件現場を見て、他の生徒を出そうとしていた時には、慌てていたのに。その上、教え子が死んだと言うのに全く悲しみを表に出していない。

 表に出さないタイプなのか。それとも全く思ってないのか。

 心の中で沈んでいる僕には分からない。僕は悲しいと思っている。彼女を心の支えとする友人がいたはずだ。彼女のことを育ててきた家族があったはずだ。彼女には未来があったはずだ。それが誰かを救うかもしれない尊い未来。

 潰されたと思うと、僕は犯人を許せない。悲しみと怒りの両方を殺人犯にぶつけたい。たぶん、この事件に探偵も関わってくる。アイツもやってくるかもしれない。美伊子殺しに関わっているかもしれないアイツが……。

 美伊子のことを聞いた後は復讐として、潰す。それだけが目的だ。

 決して事件が起こったことを嬉しく思っている訳ではない。ただ復讐の機会ができただけ。

 悲しいが、このチャンスは有効活用させてもらおう。

 待っていろ。探偵と殺人犯。お前達を徹底的に潰してやる。探偵嫌いの名に懸けて。


「お、おい……大変なことになってるなぁ!? 氷河! もう見てきたか?」


 そこで声を掛けられ、ハッとした。振り返ると、部長が汗だくで立っている。


「神原先輩が誰かに殺されたってことですよね。見てきました」

「……美伊子が呼べれば、こんな事件解決してくれるんだろうなぁ……」


 心臓が止まりそうになった。美伊子のことを考えている部長に対し、僕は彼女のことを誤魔化した。


「きっと彼女は忙しいんだと思います! 僕だけでも、この事件の謎を解きますから安心してください!」

「……あら? お前は探偵が嫌いなんじゃ……」


 しまった。誤魔化そうとしたせいで自分の性格に対する矛盾が出てしまった。仕方がないから勢いで話を進めていく。


「ええ! 嫌いですよ。でも殺人犯は許せないですし、この事件にふざけて手を出そうとする探偵も嫌いです。それなら探偵として僕が戦い、その二人をぶっ殺す。そして、後は僕も死ぬだけです」

「し、死ぬ……?」


 今度は勢いが強すぎた。額に手を当てて、自分のことをかえりみる。僕は調子に乗ると、ついつい物騒な言葉を使ってしまう。

 

「ああ……まあ、死ぬ程嫌ってことですよ。探偵の真似事をするなんて。本当、体中に鳥肌が立ちそうです」

「そ、そういうことか……良かったよ。お前も時々鋭いことをやるからなぁ。嫌いだって言っても才能はある気がする。もったいねえぞ」

「僕が何を好きであろうが、嫌いであろうが、僕の勝手です」

「あ……すまん」

「あっ、こちらこそ、ごめんなさい。とにかく、探偵が変な推理をする前にできる限り、論理に基づいた証拠を集めたいんです」


 「では」と言い、部長に手を振ってから行きたい場所へと走るが、彼もついてくる。ついでにもう一人。無口な浦川先輩もついてきた。

 そう言えば、僕はこの二人と待ち合わせをしていたのだ。神原先輩のことで。

 突然立ち止まって、僕は浦川先輩に相談を始める。一緒に立ち止まろうとしていたのだろうが、スピードを落としきれなかった部長。そのまま近くの樹に激突した。

 彼のそんなところに浦川先輩はそっと大きな息を吐く。まさか、笑ったのだろうか。

 いや、今はそんなことどうでもいい。


「先輩は神原先輩の遺体を見ましたか?」


 彼は首を縦に振る。


「じゃあ、この事件を解決したいと思ってますか?」


 彼は少し間を開けるも、頷いた。まあ、嫌だと言われたら、別の人を探すだけなんだけれどね。


「なら、僕にちょっと考えがあるんですが、付き合ってもらえますか?」


 この質問は答えにくいだろう。相手からしたら知らない高校の後輩だ。しかも昨日あったばかりと言う。

 そこに手助けを入れてくれたのが、部長だった。


「こいつに協力してくれないか? こいつも謎を解くことには更けてるんだ。事件を解決できるかどうかは分かんねえが、一つ懸けてみないか?」


 そう言われ、やっと浦川先輩の口が動く。


「……それも悪くはないな」


 と言ったところで僕はマシンガンの如く、口から質問を連射させてもらう。悪いが、手加減はできない。


「あの、まず、この学校に演劇部か、弓道部ってありますか? それと、学校の防犯についてはどうなんです? 犯人について、心当たりはありますか? それと……」

「最初に演劇部も弓道部も……ある。弓道場も演劇の部室も……体育館」


 体育館は校舎の横にべったりと付いている。話はそこへ走りながら、だ。

 そこでやりたいことは一つ。犯人が見立てのために、狐の仮面や弓矢を用意した。狐の仮面はたぶん、演劇部。弓矢は弓道部。そこに犯人は必ず足を踏み入れていると推測した。

 だから、そこにあり得ないようなもの。普段落ちていないものがあれば、決定的な証拠になる。

 

「ありがとうございます。そこに証拠が落ちていれば、犯人は言い逃れできませんから。探しに行きましょう。で、防犯システムは」

「防犯システムはない……」

「えっ?」


 てっきり私立の学校だから、金はたっぷりあって、防犯機能も用意されていると思ったのだが。


「防犯のために来た警備員は皆やめてった。……後、防犯用に使ったベルも……全て壊された」

「それは事件前にですよね?」

「ああ……あの神原含めた非行グループがやったんだよ……事故と見せかけてな……その方が陰湿なことをやりやすい」

「夜の方がいじめやすいってことですか?」

「ああ……」

「なるほど。犯人としては、防犯カメラも何もないから神原先輩を殺すにはちょうどいい状況だったってことですか。証拠が残りにくいから」


 この学校の中で何を起きたか、明確に知る道具はない。証拠品をじっくり考査して真実を突き止めよう。

 そう決意し、体育館の近くまで来たところで浦川先輩は最後の回答をした。


「……犯人が誰だかは全くわからん……だが、犯人が犯人にしたい人なら分かる」

「えっ?」


 それはとても意味深なもの。顔では落ち着いていても、心が冷静でいられる訳がなかった。


「それは……自分だ。浦川うらかわ内紀ないき……自分のことだ」


 犯人が犯人に仕立て上げたい人……だって!? 僕は驚いて口をあんぐりと開けてしまった。彼へと非常にみっともない姿をお披露目したのである。


 

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