Ep.6 ゆうべ、悪女は人狼と踊る
日曜日の朝。僕は特に何のやる気もない朝を迎えた。早朝六時。ベッドの中で横たわったまま考えることと言えば、明日のこと。
美伊子のことを何と言えば良いのだろうか。部長からは「見つかんねーな。何処にいるんだ……」とメールが来ただけ。まだ彼女が死んでるなんて夢にも思っていない。
そんな彼から突然、短文のメッセージが送られてきた。
『おいっ』
内容のない掛け声。まさか、美伊子のことが彼に伝わったのか。自然と顔が歪む。毛布の中にいても寒気が止まらなかった。
ただ、彼に美伊子のことが伝わるヒントなんてないはず。毛布にくるまって、何度も自分の心が落ち着くように意識がした。この胸の高まりよ、嫌な予感よ、泊まってくれと何度も願う。
僕が『どうした?』と打ち返す前に彼は続けてメッセージを送ってきた。
『浦川が早朝から電話してきたと思ったら、昨日から神原部長が行方不明だとよ。何か不安だから探してくれ、とのことだったが』
浦川先輩。あのほとんど喋らない先輩が声を出して、助けを求めてきた。それは確かに不安を感じさせる出来事だ。だけれども、昨日から行方不明だと言う言葉と神原先輩のイメージを考えると、いまいちピンと来ない。
あの陽気な女子生徒なら、夜遊びなんて普通のことだと思う。友人と映画館でオールナイト鑑賞しているのであれば、電話が繋がらないのも普通だ。切ってあるのだから。と言っても、あの先輩は上映中でも電話を取ってぺちゃくちゃ喋りそうなものだが。
『別に心配することでもないんじゃ』
そう返すと、また部長からメッセージが来る。
『その神原部長のほかの友人との電話にもメッセージにも一向に既読がつかねえから何か問題が起きてるのかも、だとさ。話としては、何かやらかしてる最中かもしれねえし』
『そうなんですか?』
『とにかく、七時までに学校へ来てくれってことだ。アイツがここまで熱心に喋る状況、普通じゃねえよ。早く行こう』
招集命令か。
別に僕が行かなくても良いのでは、と思うのだが。また用事があると言っては怪しまれるかもしれない。いや、しれないではない。美伊子が行方不明の間に僕が何度も彼の用事を断るなんて、怪しまれるに決まってる。
できる限り、普段の僕を演じよう。彼の用事に散々付き合わされていた正常の僕を。
早速、着替えて、朝ご飯のパンにマヨネーズシーチキンを乗せて適当につまむ。それをくわえながら、自転車を走らせた。途中、横切った野良の黒猫に飛び掛かられ、手を引っ掛かれたことは内緒だ。それにしても、あの猫、僕の口に付いたシーチキンが欲しいのなら、欲しいと言えば良いのに……。
学校の校門前に着いたのは六時四十分。意外と早く、僕を呼び出した本人達も来ていない。神原先輩に恨まれている状況で僕を一人だけにすると言うのは、少々危険なような。いや、しかし、こちらに敵意を向けている人物は一人もいない。きっと、まだ大丈夫。神原先輩はまだ僕に刺客を向かわせている、なんてことはないであろう。
呼び出しておいてと不満に思ったが、集合時間まで二十分ある。寒さに震えながら、待っているとしよう。
不意に後ろから「くしゅん」とくしゃみの音がした。誰か来たかと後ろを振り向いたのだが、僕が望んでいる人物ではなかった。
見慣れない僕の姿をじろじろ見ている小麦肌の少女。彼女は僕を珍しそうに鑑賞した後、こちらに背中を向けて、校庭に走っていく。スポーツバッグを肩に掛けている彼女は女子サッカー部か、ソフトボール部か、陸上部か。たぶん、朝練のために来たのだ。
彼女のことを考えている間に次々と校門に入ってくる。車で入ってくる教師やら、友人と共に走ってくる生徒やら。中には狐ヶ崎教諭の顔もあった。車で入ってきているので、僕のことは見えなかったようだが。
ただ静かな時間が流れていく。たまにワイワイと入ってくる生徒もいるが。基本はおっとりとして、何もない朝の一面。
昨日言われた人狼学園がこの学校であるとは、思えない程。お日柄も良く、今日が素敵な一日になる気分にまでさせられそうな心持ち。
だが、一つの悲鳴で一気に変わる。
「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
校庭からした、嫌に高い最悪な声。
僕の肩がびくつき、心臓は止まりそうになった。僕は自転車を適当な場所に停めていたから良かったものの。あまりの高い声に驚いて、乗っていた自転車から落ちた人もいる。
皆の目つきがそれぞれ違う。悲鳴に対して、驚いている人。何か何かと騒ぐ人。中でも一番おかしいと感じたのは何も感じず、ただただ駐輪場の方へと進んでいく人達。
友人らしき男子高生と共に歩いて入ってきた男子高生が悲鳴のする校庭へと向かおうとしていたが。肩を掴まれ、止められていた。
「気にすることじゃねえよ。どうせ、いつものことだ」
いつも、のこと?
それを聞いていた人達が何人かいたようで。校庭に向かうのをやめ、何事もなかったかのように過ごしていく。
何がいつものこと、なのだ?
疑問を感じる僕が変だとでも言うのか。今の悲鳴は絶対に人が助けを求めているものだ。そう確信した僕は体を飛ばし、校庭へと走る。
人が集まっていたのは、校庭の隅。倉庫が並んでいる辺り。その近くで倉庫と倉庫の間にある小さな通路を指差し、「あ……あ……」と言葉にならない声を発する少女。僕のことを見ていた少女だった。
僕は人の波を押しのけ、前に出て、彼女の指が差しているものを確かめた。
紅の光景に僕は言葉、思考を失った。
血しぶきが倉庫の横に飛んでいる。辺り一面、血の海。その中央にいたのは、真っ青な顔に真っ赤な血がべっとりこびりついてる女子高生の姿。腹から、足から何処から何処までもが赤く染まり、眼を開けたまま死んだ女の形。
一瞬、茶色のツインテールまでもが血に汚れていたせいで気付かなかった。
これは、神原先輩だ。
神原先輩が血塗れになって死んでいる。
同時に不思議なものが僕の視界に入る。彼女の左足と右足に挟まれたボールと包丁。そして、その後ろに背を
ハッと気付いて、その猫の正体も知った。神原先輩が可愛がっていた、ロップという名の猫だ。こちらも血塗れになって、白くて綺麗な猫だったなんて言っても誰にも信じてもらえないような気がする。
「でも……」
ボールや猫の死骸。それ以外にも血だまりの上に置かれた異常なものが目に付いた。本来校庭なんかにあるべきではないもの、だ。
狐の仮面に弓矢、本までもが。
本の題名は怪異大辞典。事件に関係ないものが何故、散らかっているのか。訳が分からなくなって、頭を掻いた途端のことだった。
これは何か、通じるものがあるのではないか。
後ろから一人の人間。狐ヶ崎教諭が突然、「みんな! 離れなさい!」と叫んだ。どうやら発見者の中に混じってこの状況に呆然としていたらしい。しかし、もう遅い。生徒達は聞きもせず。中にはこの状況を写真で撮っているものもいる。
どういう神経をしているのだ。この人狼学園の生徒達は……!
「あれっ」
そう思った瞬間、一つの発見をした。
ボールは水晶と考えれば、占い師。狐の仮面は狐。弓矢は村人を危険から守るハンター。怪異辞典は霊能者。
殺された白猫ロップに関しては犠牲者、という見立てなのか。
これで完全に合っているのか、は分からないが。考えはだいたい理解ができた。落ちているものは全て人狼ゲームの役職に関連している。
何ということか。犯人は人狼に見立てて、神原先輩を殺害したのだ!
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