Ep.5 忍び寄る狂気
「じゃ、オレは美伊子を探すからよ。ついてくるか?」
校門の前まで自転車を引っ張ってきた僕に後ろから部長が声を掛けてきた。
この話題になってしまったと心を痛めて、首を横に振る。
幾ら頼まれても、部長の言葉に従うことはできなかった。僕は渋い顔を作る。
「すみません。予定があるんで」
「そうか。それなら、仕方ないな。何をやるつもりだぁ?」
「あはは……秘密ですよ」
心の中で何度も彼に詫びた。絶対に彼の努力は無駄となる。僕の予定が幽霊となった美伊子と話すことだ。彼は必ず美伊子と会うことができない。
僕を追い越して先に進んで行く部長の姿を見て、申し訳ない気持ちだけが心に満ちていく。だけれども、教えたらダメなんだ。教えて、彼を美伊子の死の理由に巻き込んでしまったら。
彼までもがいなくなってしまったら、僕は耐えられない。
そんなことを考えていたら、胸元のポケットに入れてあったスマートフォンが震えていた。素早く手に取ると、美伊子のライブが配信される予告だと知った。
危うく考え込んで、折角間に合ったライブを見逃すところだった。危ない危ないと思いつつ、何処か腰を下ろせそうな場所を探す。近くにちょうど良い広場とベンチがあったので、自転車を停めてそこでライブ配信を鑑賞することに決めた。
寒い風が僕の体を取り巻く中、震えることもせず、スマートフォンを操作する。その画面に美伊子の姿が再び、現れた。
スマートフォンに向かって彼女を呼び掛けてみる。
「美伊子……」
『……私は美伊子と言われる存在のAIなだけ。一緒に考えちゃダメ。一緒にすると、生きてるって希望を持っちゃうから、さ』
その答えにぐっと詰まっていた思いが体の中で弾けていく。我慢していた悲しみが、悔しさが、怒りがまた爆発してしまう。
辛くて彼女にその感情を、僕が考えていたことをぶつけていた。
「そんなこと言われたって、やっぱり信じられる訳がない! 死んだって言われたって、目の前でこんなAIになってるんだ! どう見ても、スマートフォンの向こうで生きてるようにも見える。なんて言うか、全く実感も湧かないんだよ!」
『でも、昨日は悲しんでたじゃないの』
「それは美伊子が苦しめられたことに、だよ。死んだことに、じゃない。何度も心の中で死んだと認めようともした。死んだことを認めて、色々悩んだんだ。でもやっぱり、ダメなんだ。こうして君の顔を見たら信じられなくなっちゃうんだ!」
『ううん……』
そんな言葉ばっかり投げつけられた美伊子の気持ちはどうなる。言い終わった後に酷い罪悪感が込み上げてきた。苦しんだのは彼女だ。自分自身の本物が死んだことを彼女も認められなかったのかもしれない。
それなのに、どうして僕だけが泣き言を叫べるのか。
自分勝手でしかない。
僕は困惑する画面の中の彼女を見ながら、自分で解決策を言葉にした。
「だけど……大丈夫だよ。きっと。時間が経てば、慣れていく……から」
『なら、良かったよ……安心できる……天国にいる美伊子も、ね』
「う、うん……」
『うん』
何だか、この話題を続けていると涙がまたもあふれ出してしまいそうな気がする。湿っぽい空気のせいで息までもが苦しくなってきた。
だから話題を別のものへと転換することにした。できることならば、謎だ。彼女のことを考えて作られたAIなら、きっと好奇心も人の数十倍はあるはずだ。
僕は頭を掻きながら、謎を提示した。
「ねえ、研究会で行こうって言ってた仁朗高校、覚えてる?」
『仁朗……それがどうかしたの?』
「いやね。最近、僕達が訪ねた部活に所属してた一人の高校生が亡くなったって……話……何か知ってるかなって?」
『ううん……ちょっと待ってね。聞いたことがあるような、ないような』
「ん? AIの能力でインターネットを移動できるってことはないの? パッ、とインターネットの記事を持ってきたり」
『ああ……ごめん。それはできないんだ。このアプリの中で私は時間の中で話をするだけしかできないんだよ。でも、安心して。頭は貸してあげるから。情報を集めてくれれば、手助けはできると思う』
ふぅん。そうなんだ。Vtuberにされた彼女だけれども、やれることは少ない。ただ知識はたくさん詰め込めるので、どんどん情報を教えてくれればヒントはくれる、だそう。
何か嫌な感じだ。
幼馴染が人間でなく、ただ知識を都合よく詰め込む倉庫みたいな形になっていく。一人の命として扱っていないような感じがしてきた。
それにも関わらず、画面の中の美伊子は満面の笑みを見せていた。
『どんどん使ってよ。私はこれで本物の美伊子が生きてたって証を残したいんだから』
「そ、そうだよね。じゃあ、知識を聞いてもらおうかな」
僕はインターネットで調べた男子高校生の自動車事故のこと(こちらは二年の男子学生が亡くなった事故としてしか、扱われていなかった。他人の介入についてはネットの記事に書かれていない)と人狼学園自体が醸し出していた嫌な状況を相談する。
そうしたら、彼女にも生前の経験で思うところがあったようだ。
『聞いたことがあるけど……間違いない。やっぱ、本当だったのね』
「本当って?」
『その神原って人の怪しい行動や外面の良さ……そして、外の子とその子が関わっているのを見張っている教師……そうか。その子が……』
「な、何?」
僕は彼女が勝手に納得していく様子に首をかしげていた。
『実はあの学校、いじめが絶えないって噂をそっちに行った友達から聞いたことがあったんだよ。その子は学校を辞めることによって、何とかなったんだけどね。互いが互いの脅威になり合い、女王の命に従わなければ、罰される。そんな支配的ないじめが起きてたって……』
「支配的ないじめ……? えっ、女王様ってもしかして……?」
『神原って人で間違いないんじゃないかしら?』
そう言われて否定はできない。彼女の怪しさから考えれば、そうであっても全くおかしくはない。
しかも死んだ人間を軽く扱うような発言をしていたが。まさか、その子をいじめで追い詰めて殺したのではないか。考えすぎか。
それとも本当なのか。
いや、待てよ。もし本当だとすると、神原先輩に目を付けられた僕もまずいことになるのでは。
「その人に恨み買ったんだけど」
困ったことになったのは、と少し弱い声を彼女に放り投げていた。すると、彼女の顔が一瞬にして変わる。優しい顔から、あの時、犯罪者を説得させるような時の真剣な顔に。
『いい! もし、学校伝いにいじめの波が伝わってきても……ちゃんと逃げてよ! 絶対人生を諦めて死のうなんてこと、絶対に考えないでよ! ましてや美伊子が死んだから、僕もなんて理由! そんな理由でも何でも死んだら絶対許さないからねっ!』
「う、うん……」
『今は逃げた方がいいわね。学校の近くだと見張られてるかも。話は明日の五時から六時にできるから。安全な場所で、ちゃんとこれからを考えましょ!』
「う……うん!」
真面目に言われるものだから、更に危機感を覚えてしまった。何だか、こうして話している今も誰かに監視されていたら。もし、神原先輩に付きまとわれていたら……。
アプリをシャットダウンして、美伊子と別れるのを
僕はすぐさま広場から立ち去って、街の方へと走ることにした。誰か、人のいるところへ、と。
一日中外で過ごすことにした僕。駅前の百貨店。そこにある本屋をうろついて、不安を考えないようにした。
そんなことをする必要は全くなかった。僕達の学校でもいじめが起きることも、神原先輩の因縁が付きまとうことも、あり得なくなった。
だって、神原先輩は日曜日の朝、学校の倉庫前で冷たくなっていたところを発見されたのだから。
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