Ep.4 速攻で人を根絶やしにする方法

 それから一時間か、二時間か経っていたか。訳の分からない技術を理解できず、なかなか手間取った講習も終わりを告げようとしていた。白猫のロップは僕達の話が退屈すぎたのか、窓から差す日の光に当たって、気持ちよさそうに眠っている。

 途中からもう一人、副部長と名乗る小太りの男子高校生が部屋に入ってきた。


「悪いなぁ……トイレに行っていたら……って、もうこんな時間か。二人に面倒を押し付けて悪い!」

「大丈夫よ? この技術、人に教えるのは楽しいから。ああ、そうそう、氷河くんと達也くん? 彼が副部長よ。あたしと同じクラス」


 神原先輩が紹介するに、名は村山むらやまひとしと言うらしい。口調はおっとりとしていたものの、顔は違った。遅れたことに対し、きりっと村山先輩を睨みつけていた。その怒りに対して、彼は青ざめていた。汗もだらだら流れ出している。彼の体質も相まってか、汗がぼたぼた何滴も床に落ちていく。

 そこで隅で仕事をしていた女性教師がぽつり呟いた。


「これで全員揃ったわね」


 こちらの部長はその言葉が気になったよう。それは本当に軽い気持ちで放った発言だったと思う。


「あれ? 今日は代表がわざわざ集まってくれたのか。悪いな」


 そこにパソコン部部長の神原先輩が返す。


「いえ、これで部員全員よ」


 それをまたこちらの部長がコメントを入れる。何か、僕の背筋が寒くなっていく。


「ううん……? パソコン部って人気がありそうな部活じゃねえのか? 何で、こんなに少ないんじゃ……って、おい!」


 部長が無礼なことを言い終える前に僕は両手で口を塞ぐ。何か、その後に嫌な発言が戻ってきそうな予感がしたから。

 しかし、もう遅かった。神原先輩が喋り始める。部長の口は邪険な雰囲気を醸し出すスイッチを押してしまっていた。

 

「ああ……あのいくじのない部員が一人死んで、逃げるように辞めてった後輩がいたわねぇ。何人か」


 彼女の話に村山先輩が最初に目を見開いた。彼女に近寄って指を振りながら注意しようとするが。


「お、おい……その話は……」


 彼女は勢いよく、その指をパーで叩く。

 

「その話は何?」

「痛っ!」

「本当のことじゃない。あああ……彼が自動車の前に飛び出さなければ、死ぬこともなかったのに。何で死んじゃったんでしょうね……!」


 純粋な子供のように不可解なことを言ってのける神原先輩。村山先輩、浦川先輩からも眉を下げ、彼女に酷い敵意を向けていた。その対象になっていない僕でさえも、肌に電気が走るような痛みを感じてしまう。

 だけれども、僕達余所よそ者の存在があったからか。

 居心地の悪い雰囲気は数分も経たずに消えていった。

 村山先輩がまだ緊張感の抜けていない笑顔で僕達に「気にしないで」と口にする。いやいや、それは無理な話です……と言いたいところだが。引きずっていても、話してはくれないだろう。

 忘れよう。きっと何も起きない。その場にいられなくなるような空気は社会の荒波を生きていれば、誰でも経験するもの。

 だが、また何かが起きる気も。疑問を放っておいたことによる胸の痛さを感じつつも、耐えることにした。この講習が終われば、きっと僕とこの先輩達との関わりはなくなるはず、だから。

 そのはずだったのだけれど。

 神原先輩がコンピューターの話を終わらせた途端、スマートフォンの画面を僕達に見せた。


「お疲れ様。ねぇ。今から人狼ゲーム、やらない? 折角だし、遊んでいきなさいよ」


 色々な事情が混ざり込んで、早く帰りたかった。しかし、僕一人断って単独で帰っては失礼だ。部長がもう時間がないと言ってくれれば、良いのだが。

 部長は神原先輩の笑顔に心を奪われたようで。「は、はい……」と答えていた。鼻の下を伸ばすな。美伊子を探すと言う話は何処へ消えた? 僕がその二点を告げてみると帰ってきたのは「付き合わねえと、今日わざわざ学校で待っててくれた恩が返せねえだろう」の一声だった。

 確かにそうなのだ……。ただ……。

 早く帰らないと、彼女が現れるライブ配信を見ることができなくなってしまう。少しでも美伊子と話せるチャンスを逃してはならない。だから、この人狼ゲームも早く終わらせなければ。

 人数は僕、部長、神原先輩、村山先輩の四人。浦川先輩は人狼ゲームをプレイするのに必要なスマートフォンを持っておらず、参加しないとのこと。

 村山先輩は神原先輩に「やるでしょ」と強い口調で言われ、断れないようだった。


 人狼ゲームのルールは簡単。定められた人数の中から、村人を襲う人狼を見つけるだけ。人狼が村人達と同じ人数に達してしまったら、ゲームは終了。人狼サイドの勝ちとなる。

 逆に人狼を全員排除できれば、村人運営の勝ちだ。

 今回参加する役職は村人、占い師、狂人、人狼。前者の二つが村人側。後者の二つが人狼側。占い師は最初の日に占いを使って、対象の人物が人狼サイドか、村人サイドかを知ることができる。

 今の僕に必要だったのは勝ち負けではない。いかに早く人狼を終わらせられるか、だ。

 だからちょいと一言。人狼のアプリを開けながら、参加している三人に話しておく。


「人狼は何度もやったことがあるから、強いですよ」


 神原先輩は「それがどうかしたの」とでも言うように嘲笑っている。単にそれだけ。

 いいさ。勝てると思っているのだろう。ならばすぐに終わらせてやる。と、その前に一夜で誰が殺されるかの話になった。

 部長が言い出したのだ。


「そういや、このゲームは最初の一人目が襲われて話し合いに参加できないってのがあったなぁ」


 神原先輩が笑いながら、回答を口にした。


「でも、四人だし。一人減っちゃうとつまらないわね。そうだ。狐ヶ崎きつねがさきが最初の犠牲者ってことにしましょうか」

「狐ヶ崎?」


 部長が疑問に思っていると、今度は小太りの村山先輩がのっそり顧問の女教師を指さした。


「彼女だよ。狐ヶ崎弥世やよ先生」


 彼女は名前を出されると同時に村山先輩の元へ囁く。話している内容は「取り敢えず、講習の方は終わったみたいだし。私はもう必要ではないでしょ」とのこと。そう言い終えて、部屋から出ていった。

 彼女は最後まで扉を閉めず、ほんの少し開けたままにしていった。はずだが、数秒後にはその扉は閉まっていた。

 気のせいだったか。

 いや、それよりも今は人狼ゲームを早く終わらせることに専念しなければ。


「ああ、説明サンキューな。じゃ、始めようぜ。早速カードをっと」


 始まった。

 それぞれのスマートフォンの画面で役職を見られるよう。僕の場合は酷く一般的なもの。

 今回のゲームは四人。今日の話し合いで決着する。だから、早く終わらせたい場合は誰に投票するべきか瞬足で決めればいい。

 だからと言って、自分が人狼ですなんて言ってはダメだ。それが本当かどうかを決めるために話し合いが長引いてしまう。

 であるからして……言うべきことは……!

 

「さて、話し合いを始めるわよ」


 神原先輩が開始の合図をする。ここで本来なら誰が人狼かの緊迫感溢れる状況となるのであろうが。

 そうはさせない。すぐに僕は言い放つ。


「部長、貴方は占い師か人狼のどちらかですか?」

「はっ?」

「じゃあ、狂人か人狼のどちらかですか?」

「い、いや、何だ? 俺は村人だぞ?」


 よし。ここまでの反応を見てから、こう放つ。


「部長。違いますよ。貴方は人狼サイドです。占い師COの僕が貴方を占って、そういう結果が出ましたから」


 人狼ゲームの中では違う役職を偽って、違う陣営を混乱させることができる。

 そうすれば、本物の占い師が僕のことを怪しむはずだ。今回、本物の占い師は隠れる必要がない。

 すると、もう一人の占い師が現れる。村山先輩だった。彼は「部長を占ったが村人」と言う。そこで更にもう一人。神原先輩が手を上げた。


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。何で二人も占い師が現れるのよ。本物はあたしよ。そこの部長はシロ! 怪しくはないわよ!」


 そこで僕が言った。


「どうぞ。じゃあ、僕が人狼ですから。どうぞ吊ってください」

「できる訳ないじゃない! 狂人って可能性が残ってるじゃない!」

「じゃあ、部長がシロってわざわざ言った人が人狼ですか?」

「うっ……どっちなの!? 村山? それとも氷河くん?」


 そう言えば、良い。そうすれば、話す議論の時間が短くなる。占い師にとっては誰が人狼チームか分かっているはずだから。

 後は、狂人か人狼か。どちらかを選んでもらえれば、いいだけ。後は白とほとんど表明されている部長が言うのを待つだけだ。

 彼がどちらが一番怪しいかを言ってくれれば……。


「あのさ、オレが思うに……怪しいのは……神原じゃねえか? 一番騒いでるし。シロって、そりゃあ、村山の後に言えばそうなるよなぁ……」


 さて、彼が指名するのは僕でも村山先輩でも構わなかったのだが。まさか、彼女を選ぶとは。

 何故か分からないけれど、これで良し。皆の意見が一致したところで、神原先輩が吊るされることとなる。人狼と勘違いされて、ね。

 後は、僕が部長を襲えばいいだけ。

 僕こと、人狼の勝利だ。どうやら、狂人が村山先輩、本物の占い師が神原先輩、村人が部長だったよう。

 さてさて、終わらせてたし早く帰ろうとそう言った気持ちでパソコン室の出口へと向かうのだが。

 一つの脅威が僕に迫っていた。

 神原先輩がよろりよろりと近寄って、僕へ殺意のようなものを向けてきた。彼女が可愛がっていた白猫も爪を立てて、こちらに「シャー」と威嚇する。


「折角、初めての占い師だったのに……覚えてなさい。ゲームだけじゃすまされないこと。教えてあげる……! あたしをゲームの中で立てなかったこと、永遠に後悔させてあげるから……!」


 冷や汗だらだらの僕は部長と共に一礼して、逃げるようにこの学校を去るしかなかった。本当に、この学校は何なのだろうか。怪しい生徒はいるわ、怪しい教師はいるわ。変な噂もあって、落ち着いて過ごしてはいられない。

 何か、恐ろしいものがこの人狼学園を支配しているように思えてならなかった。

 

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