Ep.2 根性のねじれた男

 心もとない自転車の運転で辿り着いた学校。そこで先に待っていたのは部長。ちょっと日に焼けて、スポーツマンに見えなくもない短髪ボーイ。コートなんかを羽織って、こちらに手を振っている。

 破天荒なところが美伊子に少々似てなくもない。頼りになることもなくは、なくない。


「おーい! 氷河、早く駐輪場に停めて、早く部活を終わらせるぞ!」

「は、はい!」


 ただ意見が合致する時があるために、今まで彼と仲良くできていたのかもしれない。

 僕も早く終わらせたかった。ただ面倒とかではなく、美伊子がスマートフォン内のアプリに現れる時間がかなり近づいている。三時から四時。皆の前、特に兄の達也の前でこのアプリを開き、死んだ美伊子と連絡するのは気が引けた。そもそも彼は美伊子が死んだこともVtuberになったことも知らないから、僕に不信感を持つだろう。そこから彼が美伊子の死について調査を始めたら、取返しのつかないことが起きるだろう。


「ん? 氷河? 何、難しい顔してるんだ?」

「えっ、してますか?」

「ああ……」


 いけないいけない。部長の前で悩んでいてはいけない。もっと明るくいないと怪しまれてしまう。

 あれ、部長も早く部活を終わらせたい理由って……面倒だけなのか? ふと疑問に思った。部長は普段、軽装で。寒くても「今日の部活はすぐ終わるだろ! 平気平気!」とTシャツで歩いているようなおかただ。その彼がこんなに着込んでいる理由は一つ。


「部長……」

「美伊子……何の音沙汰もねえんだ。土日だからって街ではしゃぎまわってるのか……携帯の電源が切れてるってことはよくあるからな。アイツを探して、バッテリーを渡さねえとな」


 外で長時間何かの作業をするから、だ。それが美伊子関係のこと。

 本当に言わないままにしておくべきか。黙って部長を寒い街の中、延々と走らせるのか。見過ごせば、全て完結。美伊子が勝手に行方不明になっただけだと思えば、彼は危険に晒されないで済む。

 だけれども、心が邪魔をする。心に住む天使が「寒い中走らせるのは酷よ。教えてあげるべきだわ」と囁いていた。いや、天使なのか分からない。もう心配させまいという気持ちは彼を破滅へと突き落とす悪魔だ。

 抵抗しようとするも、させてはくれない。天使は無理矢理口を動かそうとした。


「……ええと、部長……」


 僕が彼を呼び掛けてしまったのだが。

 鞄の中を見ていた部長がユーモラスに叫ぶ。


「ああっ! しまったしまった! これ、バッテリーじぇねえ! テレビのリモコンだ!」

「……何で間違えるんですか……? 部長……」


 その指摘をしたおかげで話そうとしていたことがすっかり脳の中から消えていた。体内で固まっていたはずの言葉も溶けていき、美伊子の死を伝えられずに終わった。

 今は部活の仕事を集中しよう。それでいい。部長のことは後で考えるんだ。自転車を引いて、とぼとぼと部長の後を追っていく。彼は一度この学校へ来ているらしく、駐輪場の場所を知っていた。


「さて、奴が玄関で待ってるから早く行こうぜ」


 自転車を停めた後、部長は場所を指定する。この駐輪場からも視界に入る生徒達専用の玄関だ。突っ立って、こちらに体を向ける人の形が見えた。

 部長が「おおい! すまんなぁ!」と手を振ると、その人の形は指を引いていた。何度か指を引いたり、前へ出したりするサインはきっと「こっちへ来い」と言う合図なのだろう。

 しかし、叫ぶか、こちらに来て声を出せば良いものを。

 半開きの目で相手の姿を捉えていると、部長が彼のことをにっこり笑顔で説明してくれた。


「アイツはかなりの無口なんだよ。本当に必要なこと以外は喋らねえ。労力の無駄だとよ」

「よく知ってますね。他校の生徒のこと……ここ、私立の学校で小中高一貫式でしたよね。ですから、クラスメイトとかではないですし」

「ああ……高校受験の時に通った塾で一緒だったんだ。勉強のことだったか、トイレで体がぶつかったことだったかは覚えてねえが、ちょっとしたことで喧嘩になって。殴り合ってたら、いつの間にか仲良くなってたんだ」

「……拳が絆を生んでしまったんですか。学力がものを言う塾と言う場所で……」


 部長は玄関に辿り着くと同時にその友人、前髪の長い男子高生の肩にポンと手を置いた。だけかと思ってたら、強引に彼の肩に腕を組む。友人の方は嫌そうな顔をして、逃げようとしていたが手遅れで。

 部長はそれから首に腕を回し、更に詳しく彼のことを紹介し始める。


「こいつは浦川うらかわ内紀ないき! オレの親友だ! まぁ、お前からしたら一つ上の先輩で、今回ここに来た目的であるVtuber研究のために『パソコン部』の予定を作ってくれた恩人だ」


 恩人が苦しそうにバタバタしている。友人のノリだからと言って、なんてことをしているのだろう。


「部長、少しやり過ぎです」

「ああ……す、すまん……」


 浦川先輩は開放されると一回だけ息を吐き、こちらに三度位頭を下げる。あまりに角度が小さすぎて、何をしているのか分からなかったのだが。部長がこちらに来て「こいつなりの礼だ」と伝えてくれたので、こちらも挨拶を返していく。

 本当に僕の周りは変な人達ばかりしかいないと思いながら。


「よろしくお願いします。『Vtuber研究会』部員一年の虎川氷河って言います。虎川でも氷河でもどちら呼びでも構いません」


 そう思っていたのだが、次の一言でガラリと印象が変わる。


「坊主……ついてこい」


 変な人の領域を超えていた、と。思わず驚いて転びそうになってしまった。彼はそんな僕を置いてすたこらさっさと校内へと歩いて行った。

 浦川先輩に何か言っても返事が来ないのは承知なので、彼が進んだ方向を指さしながら部長に告げ口しておく。


「今、僕名前教えましたよね」

「まあ、アイツは人の名前を覚えねえから」

「後、一つだけ上の先輩ですよね。あの人から見て、僕はまだ坊主なんですか!?」

「……アイツ、信用する人の話しか聞かねえから。たぶん、お前が一年って言うの聞いてねえし……姿すらほとんど見てねえと思うぞ」

「嘘でしょう……? そんな人間とよく交流が取れましたね。よく、今回の打ち合わせを」

「いやぁ、Vtubeを研究している部活があるからって噂で聞いたから、アイツの家の電話に掛けて、『ちょっと教えてほしいことがあんだけど』って、こっちの用件だけをバシバシ伝えただけだ」


 部長は部長で変人だ。もしも、浦川先輩が「口頭だけで別にどうでもいいだろう」と思っていたら。もしも、浦川先輩が部長の言葉を聞いていなかったら。

 僕達は浦川先輩にも会えず、閉まった校門の前でただただ立ち尽くしていたことだろう。

 しかし、部長はそんな可能性少しも考えなかったんだと思う。

 とっても変で、とっても純粋な人、だから。信じ抜こうと決めた人のことなら、最後の最後まで馬鹿みたいに信頼するのだ。

 僕は彼の「信じようとする人のリスト」に入っているのかなぁ。それなら、美伊子のことも話して僕の責任ではないことを信用してもらいたいのだが……。

 悩む僕に部長はポツリ。


「まっ、こんな苦しい学校の中で青春を送ってたら、何も見ない聞かない言わないの生き方が正しいって思っちまうのかな……?」

「えっ?」


 この私立仁朗じんろう学校高等部に吹き荒れる風を全く知らない僕。ただ立ち止まって、じっと彼の背中を見続けるだけだった。



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