Ep.1 悪夢は続くよ、何処までも
「おーい! 氷河!」
夕焼け消える茜色の空の下。美伊子が手を振っている。それは僕への呼びかけだと、彼女の方へ走っていく。
「今すぐ行くよ」
なんてことのない住宅街。彼女がいる場所まで走るのに数分も掛からない。そう思っていた時だった。
美伊子の背後から何者かがやってくる。その人物は不自然にコートやマフラーを身に着けていて、正体が分からない。何か嫌な予感がすると、足の動きを速めた時にはもう遅い。
彼女の首に不審者が持った紐が絡まっていた。
「ひょ、氷河! 助けて! 助けてよ! お願いだから助けてよ!」
走った。だけれども、僕が幾ら走っても前には進まない。彼女の元へ行こうとしても、元居た場所に戻ってしまう。
彼女の苦痛に満ちた表情は良く見える。叫び声も耳に付く。
「ちゃんと謎を解ける名探偵なんだから、私のこと位簡単に助けられるよね!? 助けて……ぐれるよねっ!?」
彼女が普段とは違う低い声を発して、助けを求めていた。それなのに、僕は何もできずに、ただひたすら走るだけ。
心が痛くなる。彼女の痛みに代わることもできたらと思うけれど。それが叶わない現実を知って、心が悲鳴を上げた。
嫌だ嫌だと思っているうちに時は来る。
美伊子をこの世に繋いでいた糸は、切られてしまう。彼女の手足はだらんとして動かなくなり、眼から生気が抜けていく。綺麗だった肌の色も青白くなっていた。
大切な人の死の間際。平然でいられず、僕は発狂していた。
「うわぁああああああああああああああああああああああ! 美伊子ぉおおおおおおお!?」
鳥の
美伊子の死が知らされたという悪夢を見た夜が明けていた。僕は窓から入る日差しを受けながら何度も頭を横に振る。
あれさえも夢であってくれたら。美伊子の死の知らせが嘘だったとしたら。首を動かすことで現状を否定しようとしたが、ベッドのそばにあるスマートフォンには不思議なアプリが入ったまま。
美伊子の死。僕は犯人以外の誰よりも情報を知っている。誰かに伝えるべきか。警察に相談しておくべきか。いや、もう彼女の遺体は誰かが見つけているかとスマートフォンでニュースを確かめてみる。
何もない。きっと、遺体も見つかっていない状態で警察に駆け込んでも何も意味はない。「仕事の邪魔だ」と追い出されるに決まってるのだ。
ならば、次にやることは何か。
美伊子の死を彼女自身の家族に告げること、か。こちらが人として非常に辛い行動となる。彼女の家族にそんなことを言って、信じてもらえるのだろうか。もし信じてくれたとしても怒るか、悲しむはずだ。きっと「どうして彼女は死んだんだ」と疑問を持つはずだ。
美伊子の死については、隠し通したかった。責任から逃げるためではない。
他の人を巻き込みたくないと思ったから、だ。危険すぎる。状況から考えて美伊子を殺した相手は美伊子が知らない人物。つまりは、知らない人でも目的のためなら
だけれども、無理だ。僕が黙っていれば彼女が家に帰ってくる訳ではない。学校にも来ない。彼女の親は心配して、最後に彼女と会っているはずの僕へと聞きに来る。そこで、僕は冷たく「別れた後は知りません」と言い捨てることができない。
嘘なんて言えない。
ならば、いっそ僕も何処かへ失踪してしまうか。そうすれば美伊子は僕と駆け落ちしたということで死んだことについては
「……なら、やっぱ……」
彼女の遺体が出てくれば……。そこから彼女を殺した犯人を検挙することができれば、問題なし。どんなに凶悪な殺人犯でも警察のお縄にかかれば誰も傷付くことはない。
手掛かりがあるのか、どうか。考えてみよう。
彼女の電話の向こうで声すら出していない殺人犯だ。だけれども、気になる点として一つ。探偵アズマ。彼のことだ。あの探偵が僕を襲ったのと殺人犯が美伊子を襲ったのが同時刻。偶然とは思えないのだ。
偶然でなければ必然。殺人犯は探偵アズマと協力していた可能性がある。あの探偵を見つけて、聞き出す。
そうそう。「ユートピア探偵団」とか何とか言っていた。
スマートフォンでその言葉を検索すると、多くのサイトが検出された。一応、有名な探偵連盟らしいが。
アズマの詳しい情報は何処にもない。名前もない。つまり、どういうことだ……?
「ユートピア探偵団」とアズマには何の関係があるのだ……? 電話で事情を聴くため、サイトに記載されている番号に掛けてみるも、機械音で「依頼で忙しいため、ただいまお取次ぎができません」と断られてしまった。「ユートピア探偵団」本社に駆け込もうと思ったが、外国である。そこまで辿り着ける旅費なんて、僕には用意ができないだろう。
今は彼の情報を知ることすら不可能だった。下手に怪しんで動くと、訴えられる可能性も出てくる。探偵に一度狙われたら最後、悪魔のような所業が待っていることは良く知っている。徹底的に相手を監視し、逃げ場を失くす。そのまま冤罪にだって自殺にだって追い込めてくるかもしれない。だからいきなろ攻撃して何十人も敵に回すやり方はスマートではない。
しかしだ。ここまで謎に包まれた相手だとしても……だ。アズマ自身に一対一で質問をぶつければ、真相はすぐ分かること間違いなし。仲間を呼ばれる前に手も打てる。
事件現場でばったりと出くわすのが一番なのだけれど。たぶん警察からの信頼が消えた彼は表舞台に出てこない、と思う。
ならば、やることは前も宣言した通り。
探偵を殺す。それも「ユートピア探偵団」に関係している探偵を……。事件現場で探偵を推理で殺し、その名声でアズマを呼び寄せる。アズマよりも多く事件を解けるようになれば、彼は嫉妬するか、「ユートピア探偵団」の邪魔をしていることに憤りを感じるであろう。その怒りを持って、彼はまた僕の元に現れる。
そうすれば、美伊子の仇も打てるし、殺人犯も捕まえることができるだろう。完璧に行けば、の話だが。
「……ここまで考えてみたけど。たぶん、それよりも美伊子のことを聞かれる方が早いんだよなぁ」
特に、美伊子の兄である石井
今日は基本的に休みとなっている土曜日ではあるのだが、部活があった。他校でVtuberを研究している部活があるから、話を聞きに行こうと言う、僕にとってどうでもいいイベントだ。
一応、僕と美伊子と部長で行くつもりだった。
しかし、部長と話すことになるとどうしても美伊子の話になる。いや、もうなっている。スマートフォンがつい何分か前から同じメッセージばかり受信していた。
『おーい! 昨日から美伊子が帰ってきてないんだが、何か知ってるか?』
ドキリとさせられる文言にスマートフォンを危うく落としそうになった。読堂通り、美伊子のことに触れている。
しかし……救いもある。
『分からなきゃ、いいんだがな。ああ。今日の部活のこと忘れてないよな。十二時。早お昼食べてから、あっちの学校の前に集合だ!』
この様子から考えると、まだ彼は彼女が行方不明になっているとは思っていない。きっと、事件に夢中になってオールナイトで街を飛び回っているのだと信じ込んでいる。前に部長から聞いた話だと、電話も切って調査に集中することはよくあることらしい。
黙って何も言わず、信じ込ませておくべきか。
とにかく、『分かりました。行ってから話します』とだけ返信しておいた。このまま何も反応しなければ、疑われてしまう。
僕が部活に行かなければ、「美伊子を僕が隠している」なんて勘違いをされてしまう。部長が一人危険な目に遭うかもしれない。美伊子を死なせたのは僕の責任なのに、他の人が傷付く……そんなのは絶対に嫌だ。
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