Ep.15 大好きだった女子高生探偵

「あっ! そうだっ!」


 大事なところで美伊子は上を向いた。彼女のきょとんとする様子で雰囲気が台無しだ。いや、それとも彼女から僕に告白しようとしていたがためにわざと話を止めたのか。

 行き過ぎた妄想ではあったが、何故か期待をしてしまった。

 まあ、恋の告白ではないのかもしれない。もしかしたら、これからも名コンビで謎を解いていこうよと変わらぬ仲を所望される可能性もある。

 ならばその時はその時。彼女の傍にいることのできる仲なら、甘んじて受け入れよう。


「美位子、いきなりどうしたんだ? 何か言いたかったことでもあるのか?」

「う、うん……」


 何だ何だと心の中で彼女が話すのを待っていた。


「じゃあ、それって……」

「……兄貴のからの電話……」

「へっ……?」


 ただ、思い通りの言葉は全く来なかった。彼女の口から漏れたのは、部長のこと。


「電話があったみたいじゃない! 忘れてたよ! 要件何だったの?」


 期待外れでショックを受けた僕は生返事をしてから、要件を適当に話していた。


「いや、ホッチキスの芯が無くなったから買ってこいって」

「ああ……コンビニで売ってるかなぁ」

「それより駅前の本屋の方がいいんじゃない? ここからそこまで遠くないし、取り扱う文房具も多かったから必ずあるはずだよ」

「じゃあ、そうする!」


 彼女は残念ながら、僕の元から去って行ってしまう。夜の闇に紛れた黒髪を大いに揺らし、僕に手を振った。たまに見せるミステリアスなところ。たまにこうやって見せてくれる子供のように無邪気なところ。

 輝かしい笑顔は明日も拝むこととなるであろう。

 離れ行く太陽に一つ。


「じゃあ、次の部活動で!」

「うん! じゃあね!」


 夜が深くなっていく。消える彼女の姿を見て、思ってしまった。

 もう、二度と夜明けが来ない。明けない夜が来て、止まない雨が降り注ぐ。そんな気がした。

 北風が吹き、冷気が僕の体を支配した。震える体と出そうになった鼻水を堪え、僕は横道に入る。今日は疲れて気が滅入ってるに違いない。起こりそうにもないネガティブなことを考えてしまうのだ。

 早く家に帰り、温かい風呂の中でコーラを一気飲みしますか。

 目の前にある地下通路を走って抜ければ、家はもうすぐ。一気に降りてしまいますか。

 

「よし……ん?」


 折角張りきったところで妨害される。スマートフォンに電話が入ったのだ。また部長からかな、と思ったら発信源は美伊子だった。

 もしかしたら、道に迷ったのかな? いや、そうだったらマップを見れば分かるだろうし。本屋が閉店してた、なんてことはないだろうな。まだ時間は六時ちょっと過ぎ。学校帰りの人のためにも大体の本屋は八時まで開いている。

 疑問に思いつつも平然と電話を取った。


「おい、どうしたんだ?」

『ねえ! お願い! 近くにいるんでしょ! 助けて!』


 彼女の口ぶりと息遣い。どう考えてもただごとではなかった。からかいで電話をしてきた、訳ではなさそうだ。


「……何があったんだ!?」

『今、怪しい奴に追われてる! お願い! 助けてっ!』

「普通に本屋への道を辿れば、会えるか!?」

『う、うん! 早く来てっ!』


 美伊子がトラブルに遭っていることは間違いないようだ。不審者か。それともストーカーか。とにかく、彼女と通話して無事を確認しながら、助けに行こう。

 そう思い、地下通路から反対側に体を向けた時だった。


「やぁ……! 何分ぶりかな……」


 探偵と目が遭った。

 事件現場で推理を失敗し、逃げた奴だ。今はこいつと悠長に会話をしている場合ではない。だから一言。


「どけっ! 忙しいんだっ!」


 だが、返ってくるのは冷たい言葉。


「お前の予定なんてどうでもいいんだ。お前がどうなってもいい……」

「おい! 邪魔すんなら、警察に通報するぞ……!」

「どうぞ」

「おい……」


 そう言われても顔色を変えることのない探偵。彼は手から青白い火花を出しながら、僕に武器を見せつけた。


「できるもんなら、な」

「ふざけるなっ!」


 見間違うこともない武器。スタンガンだった。当たったら一溜りもない。


「どっちが早いかな? ワタシか……お前が警察を通報するか」


 僕は探偵が話している間に突撃してしまおうと思ったが、右手で肩を掴まれた。


「おい! ほんとにふざけんなっ! 今、急いでんだよっ!」

『あっ……あっ……やめてっ! お願いだから、やめて……く……』


 スマートフォンから流れてきた声。美伊子が不審者に捕まった。恐怖と早く助けに行かなくては、という意思で探偵の攻撃を振りほどいた。

 ただ探偵は左手で僕の腕をスタンガンで攻撃した。


「うぐっ……! うがぁっ!? ぐ……」


 言葉にならない痛みが腕に走り、スマートフォンを落としてしまう。それでも行かなくては、と走るも今度は奴が僕の足を踏んだ。


「よくもワタシに……『ユートピア探偵団』に恥を搔かせてくれたなぁ!」

「知るかっ! お前が勝手に自滅しただけだろっ!」


 僕は走ろうとするも彼のせいで足が動かない。その間にも美伊子の悲痛な声が聞こえてきた。何かを吐くような音、それに絞まる音。

 まさか、彼女は首を絞められている!? 早くいかなくては、変質者に殺されてしまう!


『あああ……うっ……おえっ……がっ……!』


 僕が気を取られている隙に彼は僕を地下通路がある方へと突き飛ばす。それからスタンガンを片手に僕の元へと突進を仕掛けてきた。

 このままでは、何も救えず終わる。

 誰か……誰か……!


「ユートピア探偵団、世の中の探偵に光あれっ!」

『うっ……』


 電話の中から誰かが地面に倒れ込む音が飛んできた。悲鳴は聞こえない。まさか、美伊子が殺された?

 無力感に襲われ、体が思うように動かない。それでも彼の突撃を避けようとした結果。

 僕の足にスマートフォンがからまり、つまづいて。地下通路の階段を転がっていく。腕が、肩が、頭が痛むであろう中、何も感じなかった。

 それよりも、心が痛い。死んで楽になりたい、位に、ね。

 意識が薄れていく。探偵からの追撃が来ない、つまり、僕は死んだのかなぁ。

 そんな気を察知して、僕の瞼が閉じていく。



 気付けば、酷い臭いに僕の体が晒されていた。

 溝のツンとした臭いが僕を起こしたらしい。一瞬でいる場所は分かって、辺りを見回した。

 もう誰もいない。

 あの探偵はやはり、僕が死んだと思って逃げ帰ったか。

 ……それよりも大切なことがある。美伊子だ。美伊子はどうなったのか、知りたかった。

 スマートフォンは足元で淡い光を出していた。僕の体にくっついていて、地下通路に落ちてきたみたいだ。

 美伊子からの電話は切れている。

 何度掛けてみるも繋がらない。美伊子は不審者に襲われ、携帯電話を奪われたんだ。きっと、生きている。

 望みを持つんだと思った矢先、ふと画面にインストールした覚えのないアプリのアイコンが映っていた。


 これは何だろうかと押した途端、僕の息が詰まる。

 画面に美伊子の顔が、詳しく言えば美伊子の顔をした3Dモデルが映っていた。


「美伊子……!? 美伊子!? だよな!? おいっ! 何やってるんだ!?」


 ピンクに彩られた背景。決して現実世界にあるものとは思えない。バーチャルの世界に彼女はいる。

 僕に声に気付いた彼女が、こちらをじっと見つめてきた。


『氷河……!?』


 声は全く同じ。

 まさかと思ったが、彼女は生きているのか!? 何処かの部屋に監禁されて、Vtuberの真似事をさせられているに違いない。

 ならば、場所を聞いて助け出そうと思ったが。


「なあ、今からそこに行くから待ってろ!」

『いや、ここは何処でもないんだよ。世界の何処でもない……』

「えっ?」

『絶対に泣かないで』

「な、何を!? おい、美伊子!? もう何も言わなくてもいい! ここからGPSで電波を発信してるところを……!」

『無理だよ。居場所は突き止められない。場所は点々と変わっちゃうから。配信場所を調べても、たぶん殺人犯は逃げちゃう……』

「はっ!?」


 殺人犯!? これ以上の言葉は聞きたくなかった。しかし、耳を塞ぐ前に彼女は言ってしまった。


『私は彼女の性格、脳に残されていた記憶、声帯を分析して作られたAIの動画配信者なの。彼女、石井美伊子は先ほど、息を引き取りました』

「えっ……?」

『でも、君のせいじゃない。まず、それだけは心に刻んでおいて』


 感情決壊。彼女と出会ったこと、共に笑いあったこと、恋をしたこと。思い出が脳裏に蘇る。

 狂う程の涙と笑いが僕から飛び出した。何が起こってるのかもよく理解できない。だけれど、これだけは言えた。

 美伊子は死んだ。

 僕は、彼女を救えなかった……!




 彼女が映っていた画面が消えた後、僕は決意した。

 美伊子が死んだ理由になった原因である探偵。僕の人生、家族、友達を全て奪っていった探偵。興味本位に事件を探り手柄を立てる、あの悪党どもを恨みながら。

 探偵そのものを全滅させてやろう。絶対に、絶対にな!




 


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