Ep.14 悪魔の告白・天使の告白

「悪魔?」


 僕が最初に復唱すると、彼は血塗れの手で自分の髪をくしゃくしゃにして返答した。


「そうだ……アイツは……」


 そこから語られるのは、古堂の悲愴ひそうな過去だった。

 彼の娘は重い心臓の病気だったこと。彼の妻が早くに病気で倒れてしまったこと。妻の治療費を稼ぐことだけに必死になって仕事に明け暮れる日々で娘の病気を発見するのが遅くなったこと。

 海外まで飛んで心臓移植をしようにも大量の金がいる。

 募金を集めようとしても、時間は足らず。金は思うように集まらない。それなのに娘の余命は一刻一刻と迫っていた。


「そんな中、嘘みたいな、奇跡みたいなことが起こったんだ……! 仕事の帰り道。病院へと行く前の神社で開かれていた骨董市。そこで進められて、掘り出し物をただ同然で譲り受けた。何気なく、な」


 一つの茶碗だったらしい。素人から見たら、なんてことのないような掘り出し物。単に彼は元々好きだったアマチュアの骨董集めで心を埋めようとしていただけなのだ。子供が苦しんでいることに対して、自分が何もしてあげられないことで日に日に開いていく心の隙間を。

 毎度のように安物をかわされたのだろうと納得しながら彼はそれを購入したようなのだが。彼が言うように奇跡は起きたらしい。

 たまたま骨董品に詳しい友人と話をしていた時。彼の友人はその茶碗に高い価値があることを告げる。三千万、いや下手したら、五千万かも、と。それを知った古堂さんはもう気が気ではなかったことだろう。

 もしかしたら助かる。娘は死の淵から戻ってこれる、と。

 古堂は高く買い取ってもらえるという紹介の元、小山さんと出逢った。これが更なる悲劇の幕開けだとも知らずに。


「最初はただの骨董マニアの資産家だと思ってた……でも……それは表の顔。彼がここまで稼いできたのも、悪質なやり方だって知っていれば……! 知っていれば……!」


 最初の小山さんとの取引は成立。一度半分の金を渡してもらい、後で用意するから取りにくるように、と頼んだようだ。

 半分の金は妻と娘の治療費に使ったそう。


「でも、次に訪れた時……それがアイツの最悪な罠だってことに気付いた。茶碗以外にも凄い骨董品を見せようと、ある皿をこちらに持ってきた。それを受け取ったのが運の尽きだった……。落としたんだ。自分は……とんでもないものを落として割った」


 古堂の話に肥田さんは疑問を入れた。


「それだけだったら、小山さんだけが悪くないように聞こえるけど……」

「そうだな。それだけだったらな。あの悪魔からとんでもない請求を食らった。元より、貰った三千万も全て没収されたも同然、それ以上の額を請求された。……でも、あの時、確かに滑ったのは自分の受け取り方が悪かったんじゃない。何か、塗ってあったんだ」

「つ、つまり、あの人は……古堂さんが落とすよう細工して……最初から古堂さんから金をせしめようとしてたのかい……?」

「ああ! そうだよ! アイツは、とんでもない詐欺師だった! アイツがこちらを嘲笑う表情と、あの時の皿が割れた音は聞いていて、生きた心地がしない……!」


 僕は彼の話から思ったことをそっと呟いた。


「そうか。だから骨董品の棚を揺らして、それらを割る想像をさせた時、古堂は一番過剰に反応してたのか……」


 古堂の絶望的な物語の先はもう誰もが理解していた。彼が話さずとも。

 娘は結局、お金を集められずに亡くなった。間に合わなかった。この怒りは悲しみは誰にぶつければいいのか。それが古堂には分かっていた。

 その相手が小山さんだったのだ。

 娘の死を止められた奇跡をぶち壊し、悠々と生きている小山さんが古堂には許せなかった。

 

「……これで話は終わり。もう、どうでもいい……早く警察署に連れてって死刑にでも何でもしてくれ。もう、何もかもがどうでもいい。復讐は果たしたんだから、な」


 警官の手錠を貰おうと彼は手を差し出した。しかし、警官よりも先に彼の手を握りしめた人がいた。

 それも酷く怒りに歪んだ顔を彼に向けている人物。

 この場に居合わせた一人の探偵。男の方ではない。女の方。

 美伊子のことだ。


「復讐を果たした……殺すことが復讐の方法だったの? 貴方、それで本当にいいと思ってんの?」


 警官は一度、彼女を離そうとするも動かない。「これだけは言わせてほしいの!」と叫ぶ美伊子。


「心を晴れた? 気持ちはすっきりしたの?」


 その答えに古堂は明らかな嘘をついた。声が酷く震えている。無理を言っているのが誰でも分かった。


「ああ……あんな奴がいなくなってせいせいしてる……これで皆が幸せだって……それとも何? 君は娘が仇を許さないと言う死んだ人の幻想諭を語ろうっていうのかい?」

「そんなこと言わないわ。絶対に言わない! 例え、貴方の娘が殺人を許していようが、関係ない。貴方は自分が犯した罪の重さを分かっていない! 復讐しきった? 自分勝手で汚れて、娘のためにもならない復讐を!?」

「ううん? ためにならない? あの悪魔は皆が困らせられていたんだ。誰かが汚れ役にならないとダメじゃないのか……?」


 犯人を怒らせる行動はマズいとすぐさま僕が美伊子を引き離す。何かを話したい彼女には悪いが、このままでは危険すぎた。

 少々彼女には距離を取ってもらう。そんな彼女は僕の止めなんかにも気付かず、怒りをぶちまけていた。


「分かってる? 貴方は汚れ役でも何でもない! 貴方自身があの悪魔以上よ! なんたって、他の人から復讐のチャンスを奪った悪魔よ!」

「はっ、復讐のチャンス!?」


 手錠が掛けられる中、古堂は意味が分からないと吠える。


「ええ! 他の人達は、彼のことを恨んでいるでしょう。でも、見返したいとか、彼を超えてみせようだとか、色々な復讐の仕方をしようとしていた。皆が違う方法で心を晴らそうとしていた。でも、貴方はやってしまった。誰も心が永遠に晴らせない最悪の方法を! 取ってしまったっ! 貴方自身も他の人も誰も心ははれなくなっちゃったのよ! 分かる! その罪の重さを……思い知れっ!」


 美伊子は言い切った。古堂の方は混乱に混乱を重ね、自分が何をやっているのか分からなくなったか。死んだ目をして、パトカーが停まっている外まで連れていかれた。

 彼女は少々叫び疲れたのか、リビングまで行って椅子に座っていた。肥田さんを見ると、ただただ黙って古堂さんを見送っている。後は、探偵だが。彼はもういなかった。あのパトカーに乗って行ったのか。それとも、この後、失敗を追及されるのが怖くて逃げたのか。

 分からないけれど。いいや、アイツはきっと古堂さんに正当防衛だと主張してくれ、と言われ、殺人の罪を隠そうとしていた。それは故意か、本当に知らなかったのかも判断ができない。ただ、犯人を守ろうとしていたことによるダメージは相当大きいはずだ。

 きっと、この事実は後々捕まった古堂の話によって明らかになり、社会に公表される。

 あの探偵も社会的底辺まで落っこちていくことだろう。死んだも同然。僕は真実を明かして、探偵を殺すことができたのか、な。


 気付けば、時間は午後六時。事情聴取はまた後日となり、僕達は開放された。帰り道、僕の横で可愛らしい探偵が口笛を吹きながら歩いている。

 彼女に質問をしてみた。


「ねえ、美伊子が探偵の真似事をしてる理由って、あれが言いたかったから? 自分の想いを伝えるため?」

「よくわかったね」

「いや、今までもいろんな現場で犯人に説教してただろ。その共通点が今、見つかってな」

「そうだよ。私は探偵であり、思想家でもある。皆の辛さを伝えたいんだ。人が死んで幸せになる人なんかいないって。そのために事件を解いて。事件を解いた後に犯人が一番心のダメージが大きい時に、その言葉を伝える。そうすれば、犯人は必ず後悔するだろうから、ね」

「ちなみに何で、そんなことをやろうとしたんだ?」

「……近くに事件が起きて苦しむ、大切な人がいるから、かな」


 そう言って、彼女はこちらの方を向く。探偵が関わってきた事件で散々な目に遭ってきた僕、へと。

 大切……? それはからかって言ったのかな?

 ……でも、それもまたアリか。可愛いし、勇気が合って毎度僕を助けてくれる。困っているところで合いの手を入れてきた彼女。

 今度は僕が支えたい。そういう意味で僕も彼女が大切な人。彼女が僕のことを大切だと思ってなくても、僕は意思を変えないから。

 ずっと彼女を……。

 何なら、今言ってしまおう。


「あ、あのさ」


 好きだったんだ。探偵かどうかなんて、関係なく。


「あのさ……僕とさ……」


 想い人の関係になりたい。事件を華麗に解決させた今が告白の大チャンス。


「美伊子! 僕とさ……!」

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