Ep.12 刀が語る偽りの真相

 古堂は泣いてたはずの顔を上げて、また眼鏡を落としていた。


「き、君は何を言ってるんだい? い、いきなり殺人だなんて……! あれは本当に! 本当に正当防衛で……それに君いまさっきまで打ちひしがれた顔をしてたじゃないか……」

「ああ……」

「取り返しがつかないって意気込んで口から出まかせはダメだ……」


 ああ、そう言えば探偵に殴られていた時の僕は絶望感を抱いているように見えていたのだな。あれは何でもない。探偵の言うことをわざと深刻に考えてみたまでだ。その方が探偵が僕達に仕掛けた罠がどんなに悪い状況か、考えることができたから。

 結果は全く問題なかった。聞くだけ、殴られるだけ時間の無駄だったと言うことだ。

 古堂を殺人犯として告発する準備は万端。正当防衛だったとしたら、探偵の言うことも最もだったのかもしれないが。殺人ならば話は違う。

 彼には罪を償ってもらわなければ、大変なことになる。監獄の中で反省しないでいると、また同じ過ちを繰り返す可能性が高い。そうならないためにも、今ここで古堂を殺人犯人として訴えよう。


「ちゃんと証拠はあるんだよ。殺人だという証拠が……!」

「じゃ、じゃあ、さっきは何であんな推理をしたんだ?」


 古堂の疑問には三つの理由で答えが言える。

 一つは油断させるため。犯人が自分の考えで相手を追い詰めたと思ったところから逆転されれば、精神的ショックを受けた時のダメージがとんでもなく大きい。何たって自分が大したことないと思っている相手から大きな痛手を食らったら、油断していた分、頭の中がパニックになるだろうから。

 ショックで参った犯人が「自分が犯人です」と認めてくれれば、大成功。まぁ、犯人が降参する確率は今回の場合、低いんだけどね。

 だから、一つ目の理由は左程重要ではない。

 二つ目、探偵の目的を知るため。予想通り、暴れて事件を隠滅しようとしていたことまできっちり話してくれた。ここもそこまで問題ではない。

 三つ目が一番重要だ。推理を要領よく進めるための大事な鍵になる。その説明を僕はしてみせた。


「アンタが最初に正当防衛とちゃんと認めて、刀にどう対応したか聞くため、だ。それに矛盾があれば、アンタが正当防衛でないことを容易く証明できるからな……ん? あっ、美伊子!」


 そこで美伊子は更に巧く支援してくれた。本当に気の利く彼女は、僕の懐からスマートフォンを奪い取る。今大切な話をしているのに、いきなりどうしたのかなと思っていたら、彼女は僕の目の前で録音アプリを開いていた。


「ごめんね。こっちでも推理ショーを録音をしとかないとと思って。後で事件の内容をもう一回とか言われると大変だからね。で……私のスマホに今の今まで推理ショーを録音してるのが入ってるよ」

「あ、ああ。そういうことか。サンキュー! 古堂、聞いとけよ。僕達に正当防衛だと推理され、アンタは小山さんを殺した時の話をしたよな。それがこうだ」


 今まで、録音していたスマートフォン。つまり、彼女がこそこそ音声を撮っていた彼女自身のスマートフォンからとある声を流していた。


『襲ってきたから』


 古堂の声。それに続く、僕の声。


『そのまま体で突進したって訳か?』


 再度、古堂の声。


『そうだよ! あの時は訳が分からなかったんだ……! いきなり怒ったかと思えば、襲ってきて』


 ここまでの話であれば、何ともない。探偵だって「それがどうしたんだよ!?」と吠えている。

 しかし、皆にはよく考えてみてほしい。古堂は刀で右手を縦に斬られていた状態だ。だけれども、普通刀で縦に斬るにはどうしたら良いだろうか。


「ええと、これでいっか」


 近くにあった新聞紙を丸めて、刀を模した。それに対して一度美伊子にスマートフォンを置いてもらって、古堂さんの役をやってもらう。当然、刀を持ったこちらは被害者であり、最初に手を出したと言われている小山さんの役だ。

 まずは美伊子の真正面に立たせてもらう。ただ、それでは何回か新聞紙を振るも手を縦に斬ることはできなかった。どうしても右手で持っている状態では、どうしてもこちらから見て左にある相手の右手を縦には斬れないのだ。

 斜めから縦に斬ろうとすると、刀の角度がおかしくなって細く綺麗な一直線は作れない。斜めになると、どうしても皮膚に当たる面積が大きくなってしまうのだ。刃物と言うのは、その斬られ方でどの位置から斬ったかが分かる。

 そんな僕達の検証に子供のような地団駄を踏み、怒鳴り声で探偵が文句を言う。「ふざけんな!」と。


「おい! 左手で持てばいいだろ! 何!? これで斬れないから、古堂が言っていることが嘘だと決めつけんのか!?」

「ああ……じゃあ、利き手じゃない方の手で綺麗に縦に一文字斬れるって言うんだな。はっきり言うけど、刀は生半可な力じゃザックリ斬ることなんかできないぞ。利き手でもなければ、まっすぐ綺麗に、血が出る程、力強く斬ることなんて不可能だ!」

「はぁ!? ううん!? ああ!? 利き手!?」


 探偵が僕の反論に困惑している。その間に肥田さんが情報を探偵の方へと伝えてくれた。そう、それがいい。ペンの置き場所のことで被害者の利き手を教えてくれたのは、肥田さんなのだから。


「間違いなく右手よ。右手! となると、ええと……縦に細い線でまっすぐ斬るにはもっとその少年が、少年から見て左に動かないと、よね」


 そう。僕が美伊子から見て右に動く形で移動する。すると、右手に持った刀で美伊子の右手をしっかり縦に斬ることができる。

 但し、古堂が言った通りの突進は、不可能だ。


「どうだ。古堂? 美伊子は刀で僕への道を阻まれている。突進したら、お腹が刀に刺さっちまうかも、だぜ? どうやったんだ!? この状況でどうやって、突進したっつうんだ!?」


 古堂さんは指で彼自身の頭をつつきながら、言い訳を口にする。顔中汗だらけ。


「あっ、た、確か、両手で持ってたんだ。両手で刀を……それで自分が右手を前に出して、その時にざっくり……!」

「じゃあ、やってみようか」


 古堂の言葉に従ってみる。彼に言われた通りのことをすれば、突進ができるかできないかは一目瞭然だった。

 仮にこの状態があったとして。古堂が小山さんを押し倒すように動くためにはどうするべきか。答えは簡単。小山さんの持つ刀に自分の体を突きささなければならない。


「うう……!」

「どうだ? 古堂。これで、まっすぐ突進できるのか? アンタ言ってたよな。自分がやらなかったら、殺されてたって。つまり、アンタの言う話だと小山さんは剣を収めたりはしなかったはずだ。何せ、小山さんは古堂を殺そうとしている。一度剣を収めたりなんかしたら、捕らえられちまうし、殺せない」

「ああ……!」


 古堂の顔色がまた蒼くなっていく。そんな彼を僕は推理で追撃した。


「つまりは刀で小山さんが襲ってきたなんて話は嘘っぱちだった! アンタは殺しちまった小山さんに襲われたことにしようと考えたんだ。アンタは自分自身で自分の手を刀で斬ってな。でも失敗だったな。どちらの手がいいか、どう斬れば、小山さんに斬られたように思われるか、よく考えず、焦って斬ったんだろうな」


 このまま刀に対する嘘を追及されてはマズいと思ったのだろう。突然、話をすり替えてきた。


「ちょ、ちょっと待てよ。そんな偽装工作をやっている暇は……その間に人が来たらどうするんだ。肥田さんとか……! 分からなきゃ、例え殺意を持って殺したとしても心の余裕がないじゃない。そんな偽装工作が的確に行えるとは」

「……そっちの話か。暇はちゃんとあったと思うぜ。客人については電話のメモに書いてあった。『女子高生午後四時』って僕達が来る予定をね。予定があれば、だいたいその十分前後に人と会う約束は入れないだろう。だから僕達が尋ねてくる時間、午後四時までに何とかすればいい。心の余裕はあったはずだ」

「で、でも肥田さんは……」

「肥田さんのことは簡単だ。買い物のことを小山さんから聞けばいい。うるさい小山さんのことだ。家政婦にとんでもない量の買い物を頼むなんてことも普通にやってるだろうし。何時何分に出発したかさえ聞けば、帰ってくるまでの時間も計算できて心の余裕が生まれるだろ」


 完膚なきまでに論理で叩き潰す。古堂の顔はもう真っ青を通り超えて、白くなっている。それでも必死に反論をぶつけてきた。

 

「うう……だとしても、だ。君が証明できるのは、自分が正当防衛じゃなかった、だけだ。過失致死や傷害致死かもしれない! 事故だったのかもしれないと言うことは、考えないのか……?」

「ああ。考えないよ。殺意があれば、もう過失でも傷害致死でもねえからな。この部屋にお金がバラまかれた理由を考えれば、アンタに計画的な殺意があったって証明ができるから、な!」

 

 ここにいる美伊子以外の皆が体を硬直させている。心の中ではきっと思っていることであろう。殺意があったことを証明できるのかって。人が考えていることを見透かすことはできるのかってな!

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