Ep.11 推理の果てに待ち受ける絶望へ

 客間に集められた探偵と容疑者二人。ついでに探偵のそばにいた警官が暇そうにしていたと言うことなので、僕の推理を聞いてもらうことにする。何か偉そうになってしまうが仕方ない。今、僕の推理で犯人を捕まえなければ、証拠も何もかも隠滅されて事件が迷宮入りになる可能性が高い。人を殺した悪魔がのさばることとなるのだ。それだけは本当に嫌だ。探偵になってでも止めなくては。

 ただ、推理ショーをする上で一つだけ用心するべきことがあった。探偵を名乗る不審者の行動だ。僕達を部外者、邪魔者のように思っているはずなのだが、推理ショーを始めることに何も口を挟まなかった。

 美伊子も分かっているであろうけれど、探偵を見張っておくよう言っておいた。


「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」


 挨拶をしてから一呼吸。皆の視線が集まっていて、少々緊張する。ただ探偵と舌戦を繰り広げた時と比べれば、全然マシだ。逆にこれ位がちょうど良いのかもしれない。

 入口の方にいる皆様に一礼して、事件に関する僕の考えを語り始めた。


「小山さんが殺された事件に関しての考察なんですが。まず、ここで何が起こったか。説明しようと思います。犯人は他の人物がいない間に小山さんと話をしてたんですが、途中でトラブルが起きて。小山さんが犯人を恨んだんです」


 そう。今の推理では、小山さんが最初に犯人に対して殺意を持っていたのだ。

 肥田さんは納得できないのか、「ふぅむ」と唸って反論を入れてきた。


「え? 小山さんが犯人に対して、かい? あのよく恨まれる側の小山さんがかい?」

「ええ」

「それっておかしくないかい? 恨みを持った小山さんが? 犯人を? どうしてそう思うんだい?」


 僕は一つの証拠を提示する。警官に対して、「骨董品の棚の下を調べてください」と告げて、一本の刀を取り出してもらう。血が付いていたので、肥田さんはぎょっとしたのか、口を閉ざしてしまった。

 この恐ろしい刀ともう一つ。ある証拠を組み合わせれば、真相は見えてくる。


「で、これと。たぶん、この刀傷と照合できるものがあると思うんです……なぁ、人の命を奪った事実から、こそこそ逃げようとしてんじゃねえよ! 古堂さん!」

「はぁああああ!?」


 彼は指摘されたことで驚いたのか、顔を振り乱して眼鏡を落としていた。眼鏡を拾おうとする彼に近づいて、熱い言葉を叩き付ける。


「貴方の右手にある手の傷。その縦に刻まれたてのひらの傷は、小山さんに斬られた時のものだったんだろ?」

「ど、どうしてそうなるんだか……自分にはさっぱりだ……」


 古堂さんが頭を抑えている中、次々と推理を進めていく。


「その刀に付いてる血を鑑定してもらえば一発で分かると思うが。その前に教えとく。説明した通り、アンタは何等かの理由でキレた小山さんに襲われた」

「ううう……」

「刀で手を斬られたアンタはすぐに反撃に出た。そうだろう? そうでもしなきゃ、自分は殺されちまうんだから。反撃のためにやった事件が今回起きた事件なんだ!」


 今度は探偵がボツリ、相槌を打ってきた。


「となると、正当防衛なんだよなぁ」


 彼の反応が話を繋げるのには良い形であった。


「ええ。でも、古堂さんがパッと判断できたとは思えないんだ。きっと。自分が相手を殺してしまったんだと勘違いした。だから、偽装工作をしたんだ。一つは小山さんの頭が本棚にぶつかって一緒になって揺れてしまった骨董品。そこを直してから……一番大事なことをした……」

「ほぉ……それが」


 探偵が発した反応に続く。


「それが最初にあの金をばらまく行為だったんだ!」


 刀の血を見て委縮状態だった肥田さんが戻り、首を縦に振っていた。


「そ、そういうことで、あの金を……? じゃ、さっき探偵さんの言ってた……」

「ああ。探偵の言うこともあながち間違いでなかったんだ。何かを隠すため。そう調べられたら、どうしようもない証拠。それは自分の血だったんだ! 死体がある現場で自分の血が落ちていたら、どうしても疑われてしまうだろ?」


 今度は美伊子が話をしやすいようにサポートしてくれた。


「そうだね。で、探偵の言った通り、誰か来た時に便乗して自分も死体やお金を見て驚いたふり。他の人がお金から死体を掘り出すか、驚いているうちに事件現場に自分の血を少量でもぶちまけて」

「そう! そうすれば、後で警察が来ても疑われずに済む。まあ、結局焦って刀は骨董品の棚の下に転がして隠すことしかできなかったんだけどな」

「そうだよね!」


 うんうんと頷いた美伊子の方を見て、眼を合わせる。それから共に古堂さんに告げた。


「もう諦めろ、古堂さん! 自分がやったって認めてくれ!」

 

 僕の真摯な表情を見て、肥田さんも一言。


「そうよ! ここで認めれば、罪だって軽くなる! きっと焦って証拠隠滅だけなら刑務所に入ることもないでしょうし……」


 古堂さんは顔を抑えながら、近くの床に腰を下ろす。どうやら、僕達は勝ったらしい。彼にやったことを認めさせられた、ようだ。


「ああ……! ああ……! そうだ。襲ってきたから」

「そのまま体で突進したって訳か?」


 僕が尋ねてみる。


「そうだよ! あの時は訳が分からなかったんだ……! 骨董品の取引をしたら、突然『渡そうとしてたのはうちの家宝だから、死を以て対価としてもらおう』なんて変な事を言ってきたかと思えば、襲ってきて」

「病気で狂ってたのか……アンタも言ってたよな。脳の病気のこと」

「きっと……あれで怒りやすくなってた……のか。それにしても、刀はやり過ぎだ……どうしようもないから、あのままじゃ自分の命も危ないから……殺しちまったじゃないか……! あああああああ……!」


 彼は失意のままに伏せる。

 そう、彼の悲しい号哭ごうこくが家の中に響き渡る。庭にいる主人を失った犬がその泣き声に共鳴し、ただただ虚しい空気がこの場を支配していた。




「で、推理は終わりなんだよな」


 その空気を打ち破ったのが、探偵だった。生き生きとした顔でこちらを見やる。


「ああ……どうしたんだ?」

「お前の推理は漫画か小説かで学んだか、知らねえが。とんでもないことをやったってことは分かるか?」

「はっ……? な、何を!?」


 探偵はこちらの胸元を掴み、拳を近づけてきた。その素早さに何も抵抗できなかった僕は焦るばかり。


「お前」

「ちょっと、警官の前でまた暴力か?」


 「ちょっとやめなさいよ」と美伊子も肥田さんも探偵を制止しようとする。だが、探偵に重い一言で一喝されていた。


「違う! お前は犯罪者が捕まればいいの考え方で、こいつらの人生をぶち壊したってのは分かるか?」

「はぁ?」

「この古堂って奴にはなぁ! 娘がいる! お前の推理は正しいかもしれねえ! でも、その娘からしたらどうなる? 自分の父親は何か理由があったとしても自分の親が人を殺してしまったと言う十字架を自分自身も背負うことになる!」

「で、でも人を殺したことは確かじゃないか……」

「だから何だっ! どんな理由があろうとこの社会は人を差別するんだ! どんな理由があっても人を殺めた人間に居場所はない! 娘も普通通りの生活ができると思うか!? 警察にここまで知られたら、真実を公表しなければならなくなる。そうしたら娘は学校でも何処でも居場所がなくなるんだぞ! 人を殺した者としての娘として! 分かるかっ!」


 つまり、僕が何の罪もない人達の人生を推理でぶち壊した……訳か……?


「えっ……」


 探偵は更に厳しい言葉を喉から飛び出た血と共に僕へ投げ掛けた。


「おい! 分かるかっ!? ワタシは探偵として、この事件を隠滅するためにやってきた! 探偵は真相を暴く仕事じゃねえ!」

「じゃあ、何なんだよ……!」


 この探偵は、探偵を何と心得ているのだろうか?

 それは探偵自身が怒鳴りながら、伝えてきた。


「時にはその頭の良さを使い、今まで事件で一番傷付く人のことを考えて。人情のために犯罪を隠す仕事でもあるんだっ! お前らを犯人に仕立て上げたのだって理由がある! あのまま迷宮入りにさせて、このどうしようもなく悲しく、辛い真実を隠そうとしたんだっ! 無邪気な探偵がお遊びごっこで推理していい事件じゃねえんだよっ! おい! 分かんのかっ!?」

「で、でもそうでないと報われない……罰を受けないと過去の罪を」

「それは犯人一人だけの問題だ! お前は何だ? 過去の罪がこの事件を解き明かすことによって出てしまう犠牲者にもあるってのか? 古堂の娘が何かしたって言うのか!?」


 ううっ……。

 心が痛い。言葉の弾丸に反論できる術がない。

 そう。僕は、探偵への反抗心だけで最低のことをやってしまった。正しいかどうかが大切なのではない。誰か傷付く人がいないか、いるかの話だ。

 正義が必ずしも、正しい訳ではないのだ。

 探偵の拳を一発受けて、僕は倒れ込む。美伊子が駆け寄って、僕についた探偵の血とくちびるから出た血を拭っていた。


「……氷河」

「うん………この事件は……」


 この事件は……。

 この事件についての推理は、まだ終わっていない。


「……古堂さん、おふざけはここまでにしとくぜ。鼻っから僕はアンタを正当防衛で人を殺しちまった犯人だとは思ってない」


 今の推理を取り消しに来たのだと思ったのだろうか。泣きながら怪訝そうな顔を見せた。


「もう遅い……! 今頃、何を言ってるんだ。どんな理由があったとしても、自分は、この体で古堂さんを殺してしまった。それを明らかにしたのは君だろ……もう遅いんだよ」

「遅くないんだ」

「何が遅くないんだ!?」


 彼の拒絶でまたも僕はショックを受ける。

 ……そう、僕の今までの推理が本当に合っていれば、絶望と言える衝撃を受けたって話なんだけれど、ね。


「何がって……全く遅くねえよ。今、言わなかったか? 僕はアンタを正当防衛で人を殺しちまった犯人だと思ってない」

「はぁ……?」


 今こそ告げよう。謎が導く、隠された真実を。


「本気で小山さんを殺害した残酷な人間だっつって考えてんだからなぁ!」

「何っ!?」

「それなら、全く遅いも早いも関係ないよな?」



 


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