Ep.10 真実に最も近いお二人様
第一、探偵には他のことでも疑問があった。滅茶苦茶な推理は報復のためとしても、どうしても見逃せない点が一つ。
僕はその趣旨を美伊子に
「探偵がたまたま殺人現場に上がってきたってことが何よりも不自然なんだよなぁ。そんな歩いてて殺人事件にぶつかるなんて、漫画か小説のようなことあり得るのか?」
「そうね……と言うことは、探偵が犯人かって話だけど、骨董品に指紋はなかったし」
「でも、指紋がなくても手袋があれば……」
「ううん。指紋って意外と簡単に取れなくなっちゃうんだよ。手袋をしてても丁重に扱わなければ、擦れたり拭ったりしちゃって、別の指紋まで消えちゃうことがあるんだ。数少ない時間でそんなこと、できないよ」
「つまり、探偵も無理……犯人じゃなければ、何なんだろうね……」
確かに家のものや他所の人がどのタイミングでやってくるか分からない。犯行を進めながら、そのことにビクついていたのであれば丁寧に証拠を消すなんてことはできない。
時間か。
犯人は誰が何時頃、尋ねてくるかが分かっていたのか。そうだとしたら、心の余裕があっただろう。ならば知る方法はあるのか、どうか。
謎が一つ増えていく。
ただでさえ、金がばらまかれた理由を考察しなければならないのに、面倒なことだ。僕が頭を掻きながら考える。美伊子は対照的にふわふわとした感じの笑顔で、謎を解き明かそうと意気込んでいる。息なんかも荒げちゃって。楽しそう、だな。
何事にも前向きだと人生楽しそうだなと羨ましがっていた。すると、彼女は突然珍妙なことを言い出し始めた。
「探偵が言ってたお金……ばらまいたのは何かを隠すためって理由……否定しちゃって良かったかなぁ」
「えっ……」
「ここの情報に関して、もっと考えないといけないのかも。犯人は見つかったら言い訳しようのない証拠があって、それを誤魔化すためにお金を……本当にそうだとしたら、その証拠は何なのかな?」
「ううん……」
「どうしたの?」
何か、探偵の集めてきた情報を頼りにしていないか。微かな違和感を覚え、異議を唱えようとしたものの……。返ってくる言葉は分かっている。利用できることは利用しよう、だ。美伊子は敵も味方も関係ない。ヒントになるものは全てヒントと考える。
当てにならない奴の言葉だから排除する訳ではない。
そんな彼女の精神が素晴らしいかと聞かれたら、滅茶苦茶素晴らしいと答えるだろう。
自分で生み出した頭のもやもやを自分で切り払う。
「いや、何でもない……それで、その証拠、だな……言い逃れできない……」
「落ちてたらダメなものって」
「普通落ちないような……刀」
刀が落ちていた。しかし、あれだけには誰かを示す証拠にはならない。だけれども、一つ。犯人が刀を隠したかったのは、誰かに見せたくないものがあったからでは?
刀を持ち出すこともできたかもしれないが。あんな長いものを携えて、外に出たら目立ちすぎてしまう。警察に呼び止められなんてした時には、捕まること間違いなし。
だから犯人は刀をここに置いておくしかなかった。せめて少しでも見つからないように、と。
骨董品をばらまくと、一応同じ貴重品でもある刀が消えていることがバレる可能性がある。だから、一万円を放って捜査を混乱させようとした。
しかし、この推理も無理がある。警察が一万円札に何かあるかもと感じて、この部屋一体の怪しいところを調べてしまったら、アウトだ。やはり、大事な証拠品は外に捨てた方が良い。刀だとしても、この部屋に転がすよりももっと良い方法があったと思うけれど。
「心の問題だったのか……いや、違うな。それだったら、お金をばらまくなんてこと……いや、でも……ううん、どんな可能性にしても。犯人は焦っているのに、落ち着いた行動を取ってるような。逆に……ううん、これも」
「氷河。何か、いい調子だね。なぁんか、毎度毎度と違って。生き生きとしてる」
「はぁ? 冗談はよしおさんだ……僕は別に……」
「気にするなって! 名探偵!」
「僕を探偵と呼ばないでくれって!」
悩んでいる中、美伊子のからかいと、それと電話の着信音に襲われた。探偵や警官もくるっと体の向きを変え、こちらに注目してくるものだから小恥ずかしい。早く止めないとお気にのボカロ曲が事件現場に広がっていく。スマートフォンの画面に指を滑らせながらも、慌てて電話を取った。
『よっ!』
「ちょっと部長……!」
補習授業をしていた部長からの連絡だ。今は忙しいと言って切ってしまいたかった。だけれども、彼にも小山さんの話を知る義務はあっただろうから告げておくことを決めた。
『やっと補習が終わったから、そっちに行こうと思う……って話は終わっちまってるか?』
「あの。小山さんのことなんですが」
僕が放つ前に部長はこちらの耳を破壊しかねない大声を上げた。
『あああああああ!』
いや、まだ何も言っていない。何も話していない。何を驚いているのかと先に尋ねてみた。
「どうしたんですか? 気が狂いました?」
『部長に向かって。なんて口を……。じゃなくて、補習で出さんといけない原稿用紙を机から落として、バラバラにしちまったんだ』
「拾えばいいじゃないですか」
『いや……会話文多めの作文であんま考えずに書いてたから。これじゃ、つながりが分からん……通し番号を書くか、ホッチキスでまとめておけば良かったんだが、芯がちょうど切れてて……あっ、そうだ。美伊子に芯買ってくるように言っといてくれ! で……ん? あっ、待て……なんか近くの川にとんでもないものが浮かんでる……! あれ使えば大金持ちになるんじゃないか!?』
通し番号。紙。束。紙の束。ホッチキス。芯。
頭の中で幾つもの単語がくるくる回っていく。
単語が一列に重なって、そこに一本の
不自然な事件の真相がほとんど、ほとんど分かった。証拠もある。
『なぁなぁ、氷河! この黒い』
部長との電話をぶっち切って、美伊子に言い放った。
「なあ、美伊子。皆を呼んでくれ」
「えっ!? これってお決まりの? 来ちゃった奴!?」
「ああ! この推理で探偵を殺すことができるんだ……忘れないうちに早くっ!」
彼女は何回か飛び跳ねてからリビングを出ていった。この事件、
絶対に許さない。
探偵も事件の犯人も、ここで終わらせてやる。この手で、この口で、絶対に、ね!
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