Ep.9 破滅の刃は何処に消えた?
もっと落ち着こうをモットーに客間からリビングへと移動した。殺人現場の血なまぐさい臭いから離れて別の場所空気を一気に吸い込んだ。心機一転。凝り固まった肩をぐるんぐるん振り回す。
さて、探偵の元にいたくなかった古堂さんと指紋採取で先にリビングへ来ていた肥田さん。今、僕や美伊子の中で犯人として考えられるのはこの二人。
彼らが警察の事情聴取が始まるのを待っている間にアリバイだけでも聞き出してしまおう。
「すみません。お二人は、小山さんが亡くなった時間、誰かといたって証明はできますか? ええと、正確には古堂さんが取引をして家から出た時間……」
古堂さんが時計を見ていたようで、分かりやすく説明してくれた。
「三時半かな。だいたい三時半から……君達が来たのは?」
確か、と思い出す。だいたいだけれど、放課後三時半にそのまま学校を出てきたはずで、来るのに三十分位。四時だったと思う。
「確か、四時……」
そんな曖昧な憶測を突然、背後から現れた美伊子が証拠で肯定した。
「十分ちょい前。それ位の時間に来たんじゃないかな! スマホで現場写真を撮った時間がそうだったから」
「うんうん……って、あっ!? 美伊子!?」
バッと出てきたものだから、思わず上半身を引いてしまい体が傾いた。そのせいでよろけてしまい、リビングの壁へ激突。揺れた振動で近くにあった棚の上からボールペンやらなにやらが転がっていく。
「何よ……氷河、驚き過ぎだよ。死人がケロッと起き上がった訳でもないんだから」
彼女は頬を膨らませて、僕に文句を言いながらボールペンを拾っていた。そのまま、ペンを何個か重ねられているメモ帳の左に置く。
すると肥田さんが声を荒らげて、美伊子に注意の言葉を吐き出した。
「ちょっと! 右に置いてくれないと!」
「えっ!?」
「ほらほらどいたどいた。左に置いとくと使いづらいって小山さんが怒るからね」
「えっ……」
美伊子や僕の目が点になっているのを気付いたであろうか。彼女は言ったことを全てなかったことにするような咳払いを連発させる。それから一言。
「ああ……そういや、もう仕える必要はなかったんだねぇ……」
反応に困ったので取り敢えず、僕達はアハハと呆れ笑いをしておいた。
気を取り直して、聞き込みを続けていく。僕は、古堂さんに不在証明を確かめた。
「あの、で。出てった四十分の間に誰かと会っていたと言うのは、ないですか?」
「残念ながら。仕事が早く終わって、そのままお金を引き出して。それでお金を持ってここに来て。小山さんと話して、ここを出て。この中で小山さん以外誰とも会ってないんだよ。家に誰かいてくれればなぁ」
「そうですか……アリバイはなし。あっ、もし家族がいても、庇ってる可能性も高いってことで、アリバイは立証できないんですよ」
今度は美伊子が肥田さんにアリバイを尋ねていた。
「肥田さんはどうです? その頃、何してました?」
「そうねぇ。言ってなかったかしら。まず、アリバイだけど。三時頃に夕飯の買い物をしようと家を出て」
「関係ないと思いますけど、何を作ろうと?」
「カレーにでもしようかね、ってのと……庭の作業をやるためのゴム手袋やビニール袋がなくなってたから、買い足そうと思っててね」
「へぇ……ありがとうございます。で、その一時間ちょっと何してたんですか?」
「今日は毎度毎度行ってるスーパーじゃないところで大安売りをしてたから。わざわざ歩いてそこまで向かったんだけど、財布を忘れたことに気付いてね……戻ってきたら、この様さ」
スーパーとなると……。
一つの証明ができるかも、と考えたのは僕と美伊子も一緒だった。彼女は肥田さんの話を深堀りしていく。
「スーパーの中には入ったんですか?」
「いや、駐車場の前で引き返しちゃったよ」
あら、残念。
「ええ……」
「何がそんなに困るんだい?」
美伊子が丁寧に苦い顔をした理由を話していた。
「いえ。だって。スーパーの防犯カメラに映ってたら、最高のアリバイじゃないですか。しかも、遠くのスーパーと来たら」
「あっ、そうだったのね! 惜しいわぁ、入れば良かったぁ」
惜しいとか、そういう問題ではないと思うが。
隣で「入らなくて良かったぁ」と胸を撫でおろして
しかし、やはりそういう問題ではないような。やってないなら、やってないと普通に胸を張っていてほしい。
結局アリバイ調査での真実追及はできなかった。地道に証拠を探していくしかない。
またも客間を調査すべき、だ。しかし、次は何を調べれば良いかがハッキリしない。別段に珍しい証拠はもうないだろうから。
今回の事件は事故による傷害致死。咄嗟の出来事と考えられ、恨まれやすい被害者への動機が皆に等しくある。
今のところ、容疑者達のアリバイはなし。
次に何を調べようか迷ったところ、美伊子がスマートフォンを片手に「ああっ!」と呟いた。
「何だ? 何だ何だ?」
僕は彼女が直視していた画面に注目する。それは部屋の隅に黒いスタンド。紋章が刻まれている板の両端から二本上に伸びている。何か長いものを置いておくのに役立ちそうな、何か。見覚えはあるのだが。
美伊子は肩を上下に揺らしながら、こう言った。
「これ、うちの兄貴の部屋にある奴!」
またも彼女の大声に驚愕。頭の中にあったもやもやが晴れていく。心が揺さぶられ、つい声を出してしまった。
「あっ!? ああっ! 納得! 部長ね!」
美伊子と一つ違いの兄貴、彼が「Vtuber研究会」の発案者兼部長でもある。彼が趣味としてコレクションしているのが武器であり、スマートフォンの写真に写っているものも見せてもらったことがあった。美伊子が名称を言い当てる。
「刀掛けだよ!」
「完全に思い出した……って、ことは……ここに刀があったってこと……?」
「そうだね……」
そのことを踏まえて、僕と美伊子は共に客間へ帰還した。「何だ来たのか!?」と、こちらを凄む探偵に美伊子は満面の笑みで「アイルビーカムバーック」と返していた。それにまた悔しいのか、プルプルと震える探偵。
何とツッコんで良いのか分からないので、そのままにしておく。今は刀を探すことが優先だ。
もし盗まれていたとしたらと思いながら、怪しい場所をチェックしていく。例えば、タンスの裏だとか。テーブルの下だとか。逆に天井などに貼り付けてあるのかもと冗談半分で見上げてみる。たまに何等かのトリックで変な場所にあるべきはずのないものがくっついてることがあるのだ。今回も、と考えたけれど、別になし。
床に耳をくっつけて、刀を探していた美伊子の動きがピクンと止まる。彼女が驚いたと言うことは、案外普通のところにあったよう。
美伊子はそっと近づいて、僕に耳打ちした。
「あのさ……あったよ。骨董品の棚の下に隙間があったんだけど、そこに……それと、血が……」
「血か……その人の血ってまさか……」
ある人物を指し示すとんでもない証拠となる刀。
ただ一つ問題があるとすれば……。その問題こそが今、彼女が小さな声で喋っている理由でもあった。
「ううん……ねぇ、あの探偵は一応、この中を私達よりも見回す時間があったし、警察にも信頼されている人物のはず。こんな高価なものが本来あるべき場所から消えてることは……」
「案外気付いてなかった……ってことはないか。アイツ、めざといからメモ帳とかいろんな証拠を手に入れたんだし……美伊子にフラれた恨みを晴らそうとして必死にこの部屋も調べたはずだな」
「うん……じゃあ、この刀のことを知ってて何で黙ってたんだろう? あの探偵は……?」
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