Ep.8 罠にはめてはめられ大逆転!
最初、美伊子の発言は僕への失望の意味が籠っているものかと思ってしまった。恐る恐る振り返る。般若の顔をされていたとしても絶対に驚かないぞと覚悟を決めた。
なのだけれど、彼女は晴れ晴れしさを感じさせる大袈裟な笑い顔で僕の肩に手を置いた。どうやら怒っている訳でも悲しんでる訳でもないみたいだ。
となると……?
「ここまで推理を進めてくれて、ありがとねっ! 狙い通りだよ」
「な、何を言ってるんだ!? 犯人がでたらめ言おうとしたって、ワタシは見たんだっ! 今何を言っても、この事実は
探偵が横から口を挟み、彼女に異議を申し立てる。悔しいが、現状を考えれば最もなものだ。幾ら相手が屁理屈を重ねているとしても、警察に信用がある人の証言であることに違いない。それに対して、実際に警官からも疑われている人物の言葉。
余程、筋が通っていなければ誰にも聞いてもらえない。今の今まで、全てをひっくり返す証拠なんて僕の頭には出てこなかったのだが。
「美伊子……大丈夫なのか? 僕達を無実だと証明できる決定的な証拠を持ってるってことでいいんだよな?」
美伊子は既に僕の知らない重要な証拠を掴んでいる……? 彼女に問い掛けるも、首を横に振った。
「大丈夫」
呑気な一言が彼女の口から放たれる。彼女の態度には心底驚かされてしまう。
「えっ!? はっ!? だいじょばないよ!? 持ってないのに何で、そんな意気込んでんだ!?」
「だって……!」
彼女が説明を始める前に客間に一人の警官が入ってきた。彼は一つ、簡単な調査結果が書かれた紙と一つ骨董品らしき皿を持っている。
「あっ、探偵さん。言われた通りの結果は出たよ。これで犯人が絞れるって言ってたけど、確かなのかい?」
探偵はそんなことに聞き覚えがない様子で「はぁ!? へぇ!?」と目を丸くして、何度もおかしな声を上げていた。
「ワタシはそんなことを頼んだ覚えはないぞ!」
「あれ、でもそこの女の子が探偵さんが証拠を必要としてるからって……」
美伊子は慌ててスマートフォンで大事な証拠の紙を撮影する。それから警官達を誤魔化した。
「あっ、あった方がいいかなぁって思って頼んどいたんです。骨董品についてる指紋を、確かめてもらうように。どんな簡単な方法でもいいから、超スピーディーに結果が出る方法じゃないと探偵が激怒するって言っておいたけど」
「か、勝手に人を怒らせんじゃねえよ! それに、そ、その証拠がどうかしたのかよ! こうして事件自体を目撃してる訳だから今更、何を言おうと無駄なんだぜ!? 何度も無駄って言ってんだろ! これ以上喋らせんな!」
探偵が
スマートフォンに映った紙に書かれた情報を読み上げていく。
「それはどうなんでしょうかね。『骨董品から二通りの指紋が検出された。一つは、家政婦の肥田さん。そしてもう一つは、正体不明の指紋が一つ』」
「だから、それがどうしたんだよ!?」
そうか。そう言うことだったのか。
まさに美伊子が言った通り、探偵は知らぬうちに矢を撃ち込まれていた。美伊子が最初から決定的な証拠という毒矢を撃っていたと言うのに、探偵は気にしもせず間違った推理を話していた、と。
探偵はあまりの衝撃に打ちのめされたのか、口をパクパクさせている。滑稽だ。勝ちを確信していた美伊子が愉快になって喜ぶ気持ちもよく分かる。
彼女は両手を水平に伸ばし、「まだ分からないの?」と探偵を
次に探偵が求める指紋の意味を解説した。
「この血が付いた本棚と骨董品は隣り合わせになっていて本棚が衝撃を受けると、骨董品まで揺れますね。そんなところで人が本棚にぶつかったら、どうなるか分かりますよね?」
間違いなく、骨董品の棚が揺れてものがぼとぼとと落ちていく。古堂さんはまたも高価な骨董品が壊れていく様を想像したようで、嫌な震えが止まらないみたいだ。僕もそうだ。骨董品がバリバリと壊れていく音を考え、変な声が口から洩れてしまった。
「ひえ……」
「古堂さんも分かりますよね。転がったり落ちたり。ただ、私達が入っていた時にはちゃんと骨董品が並べられていた。でしょ? ほら、氷河のところに写真送っといたから。皆に見せて」
「ああ……! これかっ!」
僕は彼女の命令通り、自分のスマートフォンで事件当時に写された棚の写真を容疑者の人達に提示した。
「事件後すぐの様子は、スマートフォンの写真にも記録してあるからしっかり並んでいた事実は間違いないです。つまるところ、犯人は犯行の後、何等かの理由で骨董品を元の位置に戻したんでしょう!」
「ああ!」
さて、論点は正体不明の指紋ということになる。これで……きっと逆転ができるのだろう。
美伊子の推理に追い詰められた探偵は警官から紙を受け取ると、反論を投げてきた。
「正体不明の指紋、これがお前等だって! 触ってたじゃないか」
「手袋なしで?」
「ああ! 見てたぞ! これは……」
勢いが竜頭蛇尾。探偵の口が縮こまっていく。
美伊子はくすくす笑いながら、真実を告げていた。
「用紙の下の方を見てもらえたでしょうか? ほら。この指紋は女子高生、男子高生のものではないと……書かれてるでしょ!」
すっぱり言い放つ。そこまではいいが、一つ美伊子に疑問がある。微妙な心持ちで、そっと囁いてみた。
「何で警察が僕の指紋知ってる訳?」
「ああ。勝手に君の所有物をいじくって。出させてもらったよ」
「良かった。要注意人物のリストに載ってるのかと思った」
僕の頭にかかったもやもやが消えたところで、美伊子が再び推理を語る。
「つまり、この中で一番触りそうな人物……となると、古堂さん。貴方も触れてますよね? この骨董品に」
古堂さんがいきなり名前を呼ばれて驚いたからなのか、「はい」の声がどもっていた。
「そうですね。自分も触れましたね……となると……触った可能性のある人が、彼を突き飛ばした犯人である……か」
古堂さんが重く放った言葉は彼も飲み込んでいただろう。
そう。僕も美伊子が出した結果に便乗し、言わせてもらった。
「肥田さんか、古堂さんか。どちらかが小山さんを死なせた犯人ってことか……!」
犯人はこの中にいる。
そして、僕や美伊子は犯人ではない。
滅茶苦茶な証言をしていた探偵は床に伏して、精神的ダメージを味わっている。
「貴様ら……ワタシの推理に泥を塗りやがって……!」
気持ちが高ぶって、気が付けば探偵の服を掴んでいた。
「お前……! 適当なことばっか言ってんじゃねえぞ! ああ!? 疑われる人の気持ち考えたことあんのかよ!」
その言葉でまた探偵は口を動かした。同時に自分達がとんでもない油断をしていたことに気付かされた。
こいつは、まだ懲りていない。自分が滅茶苦茶な推理を進めていたという事実を認めていない!
「はぁ!? 何が適当だ?」
「お前見たっつってたろ! あの嘘でどれだけ、こっちが思い詰めたか分かるか!?」
「ああ……あれね。やってないならやってないでいいだろ。容疑者が滅茶苦茶な推理で犯人しか知らない情報を誰かが言ってくれれば、てっとり早く事件の謎が解けるからなぁ!」
その滅茶苦茶な嘘もまた作戦のうちだと言う。
そんな人を傷付けるやり方をわざわざ選んだ探偵……許せるはずかない。
彼の服を掴む手にぐっと力が入る。
「お前……!」
「お前が何だって? ワタシは探偵、君は一人の馬鹿でしかない」
そんな僕の額に奴の頭突きが飛んできた。ほんの数秒、脳内が真っ白になる。
頭が割れそうな位に痛くて、強かった。僕の手も自然に彼の服から離れている。
「痛いっ!? な、何を……!?」
「お前が一張羅の服を掴んでるもんだから、やっちまっただけだ。これは問題ないよなぁ? 警官!」
警官は彼の声に飛び上がり「そ、そうですね!」と叫んでいた。何が問題がないだ。目の前で容疑者が喧嘩しているのに、問題ないなんて……彼に付いてる警官は信用ならない。
捜査を任せてはおけない!
こんな奴に掴み掛かってる時間も警官に抗議してる時間も全部無駄。さっさと事件の謎を暴き、犯人を見つけてしまおう。
「ああ……探すがいいさ。探せばな……」
ふと探偵が呟いた怪しい言葉。あれは僕達が絶対に真実を見つけられないと確信して放ったものなのか……それとも……?
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