Ep.7 探偵の推理をぶち壊せ!

 即座に彼女へ疑問を投げつける。


「美伊子? 今なんか、とんでもないこと言わなかった?」

「いや、何も。それよりも頑張ってよ! まぁ、やってないんだから絶対に無実を証明できるでしょ」

「あっ、う……うん」


 怪しげで不思議な発言をしたかと思いきや、彼女は何事もなかったかのように鼻歌を口ずさんでいた。

 ふと熱い視線がこちらに集中する。美伊子の戯言たわごとに気を引かれている状態ではなかったのだ。自分の推理にケチをつけられた探偵が怒りの声をとどろかせた。


「馬鹿言ってんじゃねえぞ! ワタシの推理の何が間違ってるんだ!?」


 探偵に体を肘でつかれた警官はハッとして彼の言葉に同意した。


「そうです! 今の推理は完璧だったじゃないですか!」


 完璧、か。いや、違う。今の推理には証明できていない部分が必ずある。それを見つけてしまおう。

 今やるべきなのは、考える時間を稼ぐこと。簡単な質問を放ってみた。


「まず、お金をばらまいたとして、第一発見者がお金に目もくれない可能性があるんだが、その点に関してはどうするんだ?」

「こんな大金に目もくれないだ、と?」


 彼の推理を否定できない状態の今、彼の威圧は心に響く。恐れながらも、平常のふりをして。疑問の解説を進めていく。


「だって、普通に考えたら、この家ってかなり骨董品だらけじゃないですか」


 僕は丁寧に並べてある骨董品の棚を視線で示して、発言する。美伊子が手を合わせて、「うんうん!」と僕の言葉に呼応する。

 何故か嬉しそうな顔をして、解説の補足までしてくれた。

 

「確かに氷河の言う通り、素人の目から見てもここの家はお金持ちに見えるんですよね。庭もラブドール・レトリバーを見ても、色々な部分にお金があることは見て取れます」


 彼女の言葉へ更に僕が情報を付け加えてみせた。


「この家に僕達が来た理由は、部活動を支援する資金の提供のお願いだった。つまるところ、僕も美伊子もこの家がお金持ちで、来る人も家族関係の人も金持ちだって思って……。お金なんかで、この家の人や関係者の目が誤魔化せるとは思えないんだ。なぁ、古堂さん」


 僕があんまり見つめるものだから、彼も緊張してしまったらしい。彼は僕達がいる場所とは違う方向に目を合わせてから「そ、そうか、かもね。自分の場合はやっぱ、金より違う場所に集中しちゃうかな」とうなずいていた。彼も一応、骨董品の取引を趣味にする金持ちの部類だ。僕の意見に同意せざるを得ないだろう。

 それでも探偵は僕の反論を大声で批判した。


「そんなの、慌ててたからに決まってるだろ! 意図せずとも殺しちまった! とにかく、何か誤魔化せるものがないか! で、お金をぶちまけた! 頭にはなかったんだよ! 次にやってくるのはお金持ちか、お金持ちじゃないか、なんて! 最悪、警察でも呼んで、警察と一緒に第一発見者のふりをすればいいんだからさぁ!」


 相手の推理。反駁はんばくできる余地はある。


「だったら、お金よりもこっちの方がいいんじゃないか。お金なんかよりもよっぽど、掘り出すのに苦労して。いろんな人の目を引き付けると思うんだけど」


 僕はそう告げながら、骨董品が並んだ棚を人差し指でつつかせてもらった。

 そう。骨董品なら割ってばらまいておけば、お金よりも注目してもらえるはずだ。更に壊れた骨董品で死体を傷つけることもあるだろうから、捜査かく乱にはもってこい。

 探偵は拳を握り「ぐぬぬ……」と悔しがっている。証人である古堂さんの方も大事な骨董品がバラバラになって床に転がっている情景を想像したのか、顔を深い青に染まらせていた。少し可哀そうなことをしてしまったかもしれないが、仕方ない。

 探偵の推理を壊し、僕や美伊子の人生を守るためだ。堪忍してくれ。


「おい……貴様らよぉ。単に骨董品が壊せなかっただけじゃねえのか!?」

「いや、違う。それで……本当に捜査をかく乱したい、注目させたいと思ったら、骨董品を破壊せずとも、窓ガラスを割って。家具も変な方向にして、といろんな方法があるんだ……非力だったなんて反論は通じねえよ。お前の推理によると、共犯者に男の僕がいるんだよな!?」

「お前……お前等なぁ……!」


 探偵は何も意見を出せなくなったか、壁に拳を叩きつけている。さて、ここまで探偵を追い詰めれば、後はプレッシャーを掛けるだけで潰せるはずだ。


「何か、おかしいところがあれば、どうぞ。金がばらまかれた理由はもっと別のところにあると思う」

「……理由なんて、どうでもいい……じゃあ、こう言えばいいか!?」

「はっ?」


 何か、変な話を始めてきそうな雰囲気。胸から胃酸が湧き上がってきそうな程、嫌な予感がした。


「お前等の犯罪を見てた。そういえば、満足か!?」

「はぁあああああああああああああ!?」


 僕が彼の言葉にどんな感情を持っていいのか、分からない。彼の適当な証言に呆れ笑えば良いのか。それとも怒り狂えば良いのか。

 容疑者は全員呆れていたのだが。

 彼の言葉に警官だけが真に受けていた。


「な、なんでそれを早く言わなかったんですか!」

「ああ……わりぃ。推理ってものを見せないと、お前達警官ががっかりすると思ってな。つい、理屈をくっつけてやっちまったんだ。でも、これでいいだろ? ワタシの証言ですべて解決だ」

「な、なるほど……!」


 僕も警官を怒鳴りつけたくなってきた。幾ら探偵が警察に信頼されているからと言って、言うことを聞きすぎなのでは……。

 それはどうでもいいか。

 この強引で滅茶苦茶な証言に反論しないと。無視しても良いのかもしれないが。警官が盲目的に探偵を信頼している以上、捜査の中断を求めてくる可能性がある。

 僕や美伊子が完全に犯人でない理由を提示しなければ!


「じゃあ、突き飛ばしてたのを見てたってことか!? 美伊子が!」

「ああ……たまたま道を通ってたら、騒ぎ声がして。こりゃなんかあるなと思ったら……そっちの窓から事件現場を見ちゃってな。これでもう、逃げられないぜ」


 逃げられない? いや、そんなことはない。何か出口はあるはずだ。彼の推理をぶち壊す考えをまとめるのに、かなり時間は掛かったが。

 何とか頭の中に一つの決定的証拠が浮かび上がった。


「でも、指紋はついてないんだよな?」

「なっ!?」


 やっと、思い出した一つの推論。相手の推理を完全にズタボロにする最強の証拠が詰まっている。


「探偵! お前は美伊子がたまたまやっちまったって言ってたけど、それだと指紋がついちまうだろ! それとも別の理由で手袋でもしてた、と言いたいのか!?」

「……ああ、そういえば手袋はしてなかった。肘で突いてたな! 金はただそこにあるバッグを肘で挟んで、ぶちまけていた! だから指紋なんて、ついてねえのは当たり前なんだよ!」

「だとしても肘なら服の繊維やらが出るだろ! 服が皮膚に密着すれば、繊維が付くのは当たり前だろ? そこはどうなんだよ!」

「ああ、そのために第一発見者になったんだよな。死体に駆け寄ったって言えば、繊維なんて付いてたって、問題にならないよなぁ? それともその女の子は死体を触ってないのかい? 救急車を呼んでないってことは、一発で死んだってことが分かったんだろ? 触れて、確かめたんだろ?」


 殺意がない場合、この点で手袋みたいなのは用意することは不可能と考えた探偵が導き出した指紋のつかない、繊維を誤魔化す方法。出しちまった……。

 実際は美伊子がビニール袋を隠し持っていたのだが、それは言わなくていいか。

 それはともかく、ここからどうするべきか。この突拍子もない証言に逆転の一手は打てるのか。


「うう……」


 ない。

 何もない。

 逆転は夢のまた夢。これで僕も美伊子も終わりなのか……!? してもいない罪を被ることに……。


「氷河。信じていたよ……! 君ならできるって、信じてた……!」

「美伊子……!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る