Ep.6 殺さず、死なせた

「おっ、出たぞ。アズマの速攻推理!」


 怒る僕をよそに若い警察の方も何か言ってらっしゃる。どうやら、彼の存在は本当に警察の中で信頼されているらしい。ただ、それは探偵が偽り続けた結果でできた負の鎖であるのだろう。

 相手の推理を否定し、引きちぎってみせようではないか。社会的に彼を殺して見せる。

 僕は決意を胸に秘め、探偵の言葉に身構えた。ろくな証拠もないからどこまで反論できるかもわからないが、やってみるしかない。

 心臓の鼓動が騒いでいる。そう。美伊子の運命が掛かった大事な勝負。しかし、こちらの方が有利。嘘であるから絶対見抜けるはずなんだ。

 疑われた美伊子は「これで逃げる心配もないですし」と警察官の元へすり寄っていく。それから真顔で探偵を挑発した。


「私を犯人にするなら、ちゃんとした立証をしてくれないと困りますよ。まず、警察官にも事件のあらましが分かるようにしっかり、お願いしますね」

「プレッシャーでワタシの推理を潰そうとしているのかい? それは酷くつまらないなぁ!」


 そう意気込んで、またもや若い警察官が靴も抜がずに聞き込んでいる。

 美伊子の隣にいた一人は呆れていたのか速攻外に飛び出していた。自分の推理ショーを放っておかれた探偵は嫌そうな顔を玄関の方に向ける。

 そこで僕も彼の心を揺さぶらせてもらった。


「早くしろよ。それとも推理ができてねえから、何も言えねえって訳じゃねえんだろ?」


 僕だけにしか聞こえない舌打ちの音が探偵の元から返ってくる。彼を威圧できたことが嬉しくて済ました表情になる僕。彼はそんな僕を眼光で威圧してから事件の概要を喋り始めた。


「この事件は小山という老人が何者かに殺され、金に埋もれていた。時間はそう。そこの古堂という男が取引のために家から出ていった後だった。なぁ」


 古堂さんが探偵に呼ばれていち早くリビングから飛び出してきた。彼は「ええ。生きてる彼に会ったのは自分の後は犯人でしょう」と探偵の話を肯定した。

 

「この殺害トリックはトリックでも何でもない。いや、殺人でもない」

「えっ、殺人事件じゃない……? ええ……?」


 今度は警察官の方が挙動不審になるまでに驚いている。何だか、やらせ臭い。どうやら、あの警官も事件を解いてきたあの探偵には頭が上がらないよう。捜査することよりもおだてることやこの場を盛り上げることに集中していた。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。探偵が放ったキーワードの方が大切だ。

 殺人事件ではない。そうすると、犯人の罪は一つ。

 

「実は、今回の事件は傷害致死、それと事件現場をちょっと荒らしたことなんだ。早速、それを事件現場に来てもらって見てもらおうか」


 探偵はここにいる全員を一気に客間の入口へと立たせようとしていた。そして、死体を警察官が調査しているのを「しっし」と虫みたいに追っ払う。

 そんな中、美伊子は中とスマートフォンで撮っておいた写真を見比べて、「全く変わっていないわね」とポツリ呟いた。この探偵は流石に捏造ねつぞうにまで手を染めていないみたい。

 ほんの少し安心して、彼の推理を聞けるって訳だ。


「さてさてさて。容疑者や警察諸君、そこの棚を見てもらいたい」

「この骨董品がある方ですか?」


 警官の確認に探偵は悪態を吐き、バンバン本棚を叩きながら否定する。ちょうど隣の骨董品が乗っている棚まで揺れていた。


「そっちの骨董品の方はどうでもいいんだよ! 間抜けがっ! その横の血が付いてる本棚の方だ。見えねえのかよ! このべっとり付いた血がっ! この角に当たって被害者が死んだってことだろっ!」


 警官は手で頭を抱えながら「は、はい」と答えて本棚に注目し始める。素直に従っている彼も哀れで哀れでたまらない。そして、滅茶苦茶胸糞むなくそ悪い。

 早く終わらせたいとは思うが、まだ異議を出せる場面ではない。探偵の推理を聞きながら、反撃のチャンスを今か今かと待ちわびていた。


「で、この状況。殺人をやるとして、少女がこんな死ぬかどうか分からないやり方はおかしい。女子高生の力は非力だ。この場合は被害者の打ち所が悪くて、死んじまったが」

「つ、つまりはこの女子高生は殺す気がなくて、突き飛ばしたってことですか?」

「警官にしてはなかなかの考えだ。ああ。だから傷害致死ということになる」


 今はまだ反論するべきか、しないべきか。いや、何も言わずとも彼は説明するはずだ。その動機について。

 一旦「彼女にその動機があるのか?」と聞こうとしたが、調査した被害者の性格を考えれば秒で返答できるだろう。

 その秒で探偵は証拠までもを取り出した。何かのメモ帳だ。


「アズマ探偵、それは?」


 警官の問いに彼は鼻を高くして返答する。


「リビングの電話のところに置いてあったメモ帳だ。なあ、家政婦。被害者は電話をする時、メモを取る癖、とかなかったか?」


 肥田さんに質問の矛先が向かう。彼女は下を向いていたが、探偵に怒られてはならないと顔を上げた。


「ええ。確かに小山さんは人と電話する時は……そうですね。メモを。大事なことをメモしてあります」

「そうだろ。ここには『女子高生午後四時』と書いてある。それなのに、男子高校生まで来ている」


 探偵は僕の方を指差している。そうだ。この推理に関しては否定ができない。美伊子は彼を殺す動機はなくても、死なせる動機はある。

 たぶん、犯人を僕ではなく美伊子にしたのは男女による違いがあったはず。

 下手にこちらが同意して推理を話すと彼が「こっちの見せ場を取りやがって」と怒鳴る可能性があるので、黙って頷くだけにした。

 ただ肥田さんが余計なことを。


「あっ、じゃあ、もしかしてあのセクハラ親父は……」

「分かったように言ってんじゃねえよ。こっちのセリフを取るな!」

「ご、ごめんなさい……」

「そっ、今家政婦が言ったように、被害者は酷いセクハラ魔だったって訳だ。たぶん、犯人の女子高生と男子高生のお前達は他の理由があって、この家に来たんだろうが話し始める前に、女子高生のことしか考えていなかった被害者が女子高生をセクハラしようとした!」


 警官がじっと探偵を見つめていた。


「で……」

「セクハラを避けるために彼女はつい被害者を突き飛ばしてしまった。それで、そこの本棚にたまたま当たって死んじまったって訳だ」

「それは分かりましたがアズマ探偵、金が落ちていたという点はどうなんですか?」

「これは簡単だ。犯人のその少女は捕まりたくない一心で現場を滅茶苦茶にしようとした。後は何等かの証拠が落ちた、という訳だ。それを探されるとマズい。自分が犯人だと断定されてしまう。そう考えた」 


 筋は通っている。本当に無実を宣言できるのかと不安になる。たぶん、現場を滅茶苦茶にする行動の中に僕も共犯者として入っているのだろう。

 彼の推理にある僕は、友人が事件の犯人となってしまい、証拠を隠そうとする人。たぶん、この警官に「彼女は犯人でない」と主張しても、大事な人を庇っていると思われる。

 かなりピンチ。

 ここで黙っていたら、僕も美伊子も人生が変わってしまうことだろう。

 だから的確なタイミングで異論を叫ばなくては……的確なタイミングで!


「そう。そこで見つけた大金をばらまいた! そうすればまず捜査をかく乱できる。また、実際に第一発見者になったように。人が来るタイミングでお金を掘って、死体を見つけるふりだけすれば、落ちた証拠も『突き飛ばした時落とした』のでなく『死体を金の山から発掘してる際に落とした』って主張できるだろ」

「な、なるほど……! お金がこんなに落ちてたら、そっちの方に集中して。間に何かを落としたか落としていないかなんて、一緒に掘ってる人はいちいち気にしませんし!」

「物分かりがいいじゃねえか」

「お褒めいただき、光栄です!」


 警官の相槌あいづちに褒めたたえる探偵。それはもう最後の一撃を加えられると確信付いた様子。彼の機嫌が良くなっているのは、僕達に目にもの見せられると思った証拠であろう。

 もうすぐ探偵が口にするのは、僕と美伊子を終わらせる完璧な物証……。


「さぁ、この部屋を探せば出てくるか。いや、その子と少年の体を嫌と言う程、探せば出てくるな! 落とした証拠とやらが!」


 今だっ!

 相手が大きな剣を振り下ろしてくるのであれば、その力を利用させてもらうだけ。

 僕なりのカウンターだ。


「説明ご苦労! 絶対にそんな証拠は出てこない!」

「何故だぁ!? 今頃、屁理屈をこねたってその女の子が犯人じゃないって証明はできないぜ!」

「ああ、そうだな。だけど、今の話には矛盾がある!」


 実際は……矛盾なんて見つからなかった。意気込んでみたが、ただの時間稼ぎになるようにしか思えない。しかし、諦めたらそれまで。

 死ぬまで食らいついてやる!

 燃える僕の背後で美伊子はまたもやポツリ。


「あの人……遠くから毒矢が撃ち込まれてるって言うのに、全く気が付いてないね」

「えっ?」


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