Ep.4 探偵の前に人権などない

 野太い怒鳴り声。あの探偵野郎が発したものであることは一瞬で分かった。

 美伊子は奴と関わり合いになりたくないと考える僕に気遣っている。彼女が関わってトラブルになったら、また僕が飛び出して。関わることになるからね。

 何度も僕の顔を見て、それから声がした方に顔を向けて。またこちらに顔を回してを繰り返していた。


「氷河……行った方がいいかなぁ。何か大変なことが起こってるようだけど……」


 彼女は自分が行ってもいいのか、どうか悩んでいるみたいだ。彼女の不安をそのままにしておきたくはない。

 だから、僕も覚悟を決めて重い口と足を動かした。


「分かった。分かったよ。先に止めてこよう。一応、部屋の写真も証拠の写真も撮ったよな?」

「一応。犯人がこっそり入ってきても、何が動いたかは分かるようになってるから」

「じゃ、行こうか。探偵が誰かに迷惑を掛けているんなら、止めないと、だよな」


 僕がまた、先に部屋を出る。目的は客間を出たところから目の前にあるリビングだ。その場には探偵以外に二人いた。

 探偵と一緒に入ってきた人達がいたけれども、それはどうやらこの男女二名だったらしい。探偵に怒鳴られて委縮している中年の女性がいて。探偵に「まあ落ち着いてくださいよ」となだめる三、四十代位の眼鏡を掛けたスーツ姿の男がいた。

 ただその男の話は探偵に届いていない。彼にも高圧的な態度で接していた。


「ああ!? 容疑者共が探偵に偉そうな態度取んなっつってんだよ! 人が殺されてんだからよぉ! 素直に知ってること全部吐きやがれっ! 手間取らせんなっ!」


 興奮する探偵へリビングに飛び込んだ僕は告げた。


「お前は何様だ……! って言うか、本当に真実を探る気があんのかよ。そんなんじゃ、言える言葉も出てこない。非効率なんだよ」


 僕の文句に加え、美伊子が奴に疑問を入れた。


「それにさ、何でこの人達が犯人だなんて言えるの? 私達が容疑者なのは分かるけど」


 探偵は自分をフッた美伊子に対し、答えられなければ恥を掻く。そんな事態を避けたかったであろう彼は美伊子を睨みながら、返答した。


「恨みがあるから、だ。この女、肥田ひだはここの家政婦なんだよ! 今になって恨みがないだぁ、言ってるから何をほざくかと言ってんだよ!」


 美伊子が注意を引き付けている間に僕は、すぐさま女性の前に立って盾となる。これ以上、奴を事件現場で暴れさせたくはない。

 

「気にしないでください。探偵なんてこんなもんですから」

「はぁ」


 そう言うと、肥田さんは僕の背中をじっーと見つめ始めた。何かおかしなことでも言ったかしら。振り返って、理由を尋ねてみた。


「どうしたんですか?」

「いえね。何か、眼が光ってるわよって……輝いてるわ。貴方も好奇心旺盛な探偵……?」


 そう聞かれ、思わずぞっとなる。彼と一緒にさせられることなど、「そうしないと打ち首獄門だぞ」とおどされたって願い下げだ。


「この家に用があって。尋ねたら、たまたま死体を見つけてしまった第一発見者です。探偵なんかじゃありません」

「あっ、違うのは分かるわよ。貴方も探偵……だけど、もっと冷静で大人しい。何でも、落ち着いて物事を見抜ける力を持ってると言うか」

「見抜ける力なんてありませんし……そもそも探偵とやらの持つ知識自慢も何もないですよ」

「知識なんてなくったって、真実は見抜けるわよ。貴方にはそれができそう!」

「はぁ……気のせいですよ。そもそも探偵じゃ、ないです……」

「嘘でしょ! 君は情報が欲しいのよね」


 あくまで謙虚に否定を貫くが、彼女は探偵でないことを信じようとしない。

 それどころか、「捜査の役に立つから聞いといて」と愚痴をこぼし始める始末だ。

 肥田さんは自分より弱い相手だと分かると、調子に乗るタイプの人間か。それとも……。

 よく分からない謎に混乱してしまう。これ以上、頭の中を乱さないためにも心を無にして、話を聞くことにした。


「聞かれるのなら、君の方がいいわよ。ほーんと。あの態度、何様のつもりかしら。まるで使用人には人権がないとでも言わんばかり。ここに帰ってくる時いきなり現れて言ってきたのよ。『客間の方から血の臭いがする。ここは、私にお任せを。お前達は邪魔になるから、こっちの部屋で待っていろ!』って高飛車にね」

「ああ……」

「でも、その、そこの部屋で死んでる……本当に死んでるのよね……どっきりじゃなくて……小山さん」


 ふと顔を下に向ける肥田さん。彼女が「小山さん」と呼ぶのは、被害者のことだ。そう言えば、僕と美伊子、あの探偵以外は死体を実際には見ていないのだ。


「ええ。亡くなっていますけど」


 僕が彼女の言葉を肯定すると、いきなり頬が膨らんで眼がキラリと光った。まるで開放されたと言わんばかりの表情。

 何も感じないように意識していたのに、僕は彼女の雰囲気に驚かされていた。


「じゃあ、言っちゃうけど。あの人、酷い奴でね。よく仕事中に人の尻を触るわ、スカートを脱がそうとするわ。セクハラも。ああ、後、人に頼み事をしておいて、『何をしている! 早く肩を揉め』だのと滅茶苦茶な要求をされてたわぁ」

「パワハラ……ですか。それは大変でしたね」

「あああ……給料は高かったから。耐えてきたんだけどねぇ」


 まるで話す口調は彼のことを死んでラッキーと思っている人と同じ。最後に取ってつけたかのように「給料は高い」と彼が生きている場合のメリットをぼやいていたが。

 最後に唇がゆがんだのは見逃せなかった。

 肥田さん。探偵に怯えていたのは怒鳴られただけだからか。それとも……。

 とにかく彼女の思考からは僕の嫌いな「人の死を喜ぶ風潮」が感じ取れた。何も言わず、彼女から距離を取らせてもらう。相手の感情を分かち合いたくないから。

 そうだ。美伊子は何をやっているのか、確かめなくては。振り向くと、僕の視界に映った彼女は眼鏡の男と話していた。

 こちらは一体、どんな用事でこの家を訪ねてきたのか。小山さんが亡くなったという話を聞いているとは思う。それでいて、冷静を保っている様子を見ると身内ではなさそうだ。幾ら嫌われている身内だとしても、身内だったら「葬式代」や「墓代」の心配をしなくてはならない。そうそう、他人事のようには振舞えないのだ。

 彼には、すでに美伊子がスマートフォンで撮った鞄の写真を見せて、事情聴取をやっていた。


「あの。この鞄、誰のものか分かりますよね」

「ああ、自分のだ。しっかし、死体が持ってきたお金の中に埋まっているとは、複雑怪奇だ……強盗なら、もっとお金を持っていけばいいし。何が目的なのか……」

「この鞄に何にもおかしいところはないですか?」

「うん……おや、君は……」


 話している途中で眼鏡の男がこちらの視線に気付いてしまった。美伊子はそれをチャンスだと男へ僕の情報を伝えてきた。


「あっ、こっちが氷河。私と同じく第一発見者でもあります。事件の捜査を円滑に進めるため、事件を見つけたら容疑者から話を聞いておくようにと言われておりまして。こうして二人で聞き込みをしております」


 眼鏡の男は左手をあごに右手をポケットの中に入れた状態で、「ほぉほぉ」と頷いている。それがでっち上げの嘘だとも知らずに。僕はそんな彼女の虚偽申告を嘘だと明かすこともできる。ただ、調査を頑張る彼女に失礼だと思い、何も言わず会釈えしゃくした。

 美伊子は下がった僕の頭に情報のシャワーを浴びせかける。


「で、こっちが骨董コレクターの古堂ふるどうさん。今日来たのには、骨董で何百万の取引をして」

「な、何百万……!? それを個人で取引してたの!?」

「そう。私も驚いてたけど、事件現場に落ちてたお金がそれだったみたいね。で、その人と商談が終わった後にハンカチをこの家に落としてきたのを忘れてたみたい。で、戻ってきたんですよね?」


 彼は左手でハンカチを取り出して、「これですよ」と言いながら額の汗を拭っていた。安っぽいピンク色のハンカチに見える。何百万の骨董に比べたら、ちっぽけで忘れたことにも気付かないようなものだが。


「何か、あるんですか? そのハンカチ」


 僕の疑問に古堂さんは照れ臭そうに返答した。


「いやぁ、娘が誕生日にくれたハンカチで、ね」


 なるほど。ただ、もう一点。気になることができていた。美伊子の方からは立っている向きが違うせいか、大事なところが見えてないようだ。

 美伊子が聞いてくれれば、僕は探偵ごっこをしなくて済む。だけれど、彼女が聞かなければ、答えはやってこない。

 だからと言って、彼女に耳打ちをしていたら時間の無駄だし、逆に恥ずかしい。

 ああ……興味が抑えられない。僕は本能のまま、口を開いていた。


「あの……何で、そのハンカチに真っ赤な血が付いてるんですか?」

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