Ep.3 愛で事件が終わるなら

 まずい。こちら側が殺人犯だと認識されてしまっている。

 この誤解をどう言って釈明しゃくめいしようか。僕が迷っている間に美伊子が勇んで、前に出る。そして堂々と無実を主張した。


「ちょっと! 私達は違いますよ! 私達が来た時には亡くなってたんです!」

「な、亡くなってた……?」


 青年は彼女の意気に恐れをなしたのか、一歩後ろに下がってから呟いた。しかし、その顔には美伊子の勢いに恐れる様子はない。半目開きの状態で笑っていた。

 彼が喜んだ理由。死体の前で微笑む必要がある人物を僕は二通り知っている。

 一つは快楽殺人鬼。自分の殺人が人に見られることで喜びを感じている。今回の場合は違うだろう。死体があることを知っていたら入る時に「亡くなってた?」と復唱する必要はない。言わなくても自分自身の中で彼を殺したことが頭に焼き付いているはずなのだから。

 たぶん、二つ目の可能性が高い。

 探偵だ。

 僕は美伊子の肩を掴んで、下がらせる。


「ちょっと美伊子……」

「う、うん? どうしたの?」

「後ろに下がって。この探偵さんと話がしたいから」

「えっ、探偵?」


 美伊子が下がると同時に青年は自分が「探偵」であることを自称した。それは胸を張って意気揚々と。


「よく分かったね。ああ、それだけワタシが有名と言うことかな? ワタシ、アズマって有名な探偵だからね」


 自分で有名と言ってしまうのがまず寒い。鼻につく態度も気に食わない。元々、探偵が嫌いな自分からしたら、彼はお近づきになりたくない天敵だった。

 正直、こいつと関わりたくないから、事件のことなど忘れて帰ってしまおうかとも思ってしまった。ただ、そういう訳にもいかない。僕も美伊子も第一発見者として警察から事情聴取を受ける義務があるからだ。

 それに事件を早く解決させようと約束した手前、無責任にここを立ち去ることはできない。約束を守れないのは、探偵以下だ。

 

「よく、こんな場所にいましたね。本当、探偵が行くところに偶然死体がなんて都合がよいですね」


 僕は嫌味だけ残して、事件現場を出ようとした。探偵とこれ以上話を続けたくはなかったから。こうして言葉を聞いていても、過去のことが頭の中で再生されて虫唾が走る。


「いやいや、死体がワタシを呼んでるんだ。ワタシは超優秀な探偵だから、ね。ほら、聞いたことない? 五億円事件とか、江戸川一家殺人事件とか」

「聞いたことありますけど、興味ありません。じゃ」


 現場の探索はスマートフォンで写真を撮り始めている美伊子に任せよう。

 そう考え、部屋の外に出たのだが。思いがけない言葉が耳に入ってきた。


「君、いいね。いいね。スタイルも格好も顔も合格。一目惚れしちゃったよ。君達の疑いが晴らせたら、交際してくれないか?」


 言葉の矛先は美伊子だった。まさかあの探偵野郎は捜査に勤しむのだろうかと思っていたから、油断していた。

 まさか、美伊子に言い寄るとは思わなかった。

 自分の愚かさに呆れながら、部屋に戻る。探偵はまるで当たり前かのように彼女の腕を掴もうとしていた。

 美伊子はその手をはたく。僕が二人の間に飛び込もうとしたが、美伊子は一人で彼を圧倒し始めた。


「い、いきなり何なんですか?」

「痛いなぁ。この有名な探偵に憧れてるんだろう? 今もこうやって捜査をしてるってことは、さ。ほら、君の疑いが晴れるし、僕はこのワタシと一緒になれるんだ」

「じゃあ、もし、私が犯人だった場合、罪をチャラにしてくれるのかしら?」


 罪をチャラ……?

 悪戯いたずらな笑みで彼女はそう語る。

 何の意図があって発言しているのか分からなかった。もしも、この探偵が「はい」と言ったら美伊子は告白を受けるのだろうか。それは……困る。

 探偵は予想通り、甘美な言葉を彼女に告げた。


「ああ。君のためなら、どんな罪も隠蔽してみせよう。ワタシなら君を絶対に不自由にはさせない」


 美伊子はこう言った探偵アズマの体を手で押した。


「なら、嫌です。付き合うとしたら、私が犯人だとして犯した罪と真剣に付き合ってくれる人にします。やってしまったことさえ、愛してくれるような人。それから逃げる人はこの私に合わないと思います」


 しっかり断ってくれた。心にのしかかっていた不安が消えていく。何だ。交際するつもりは全くなかったのだ。

 フラれた探偵は左足を震わせながら狼狽ろうばいし始める。あまりの滑稽さに笑みが零れてしまいそうになった。


「はっ!? ちょっ、ちょっと待て。このイケメン探偵の誘いを……後悔するよ?」

「確かに顔は整っていて素敵だと思います。でも大丈夫です。貴方も探偵なら分かりますよね。例え後悔しても謎は解きたいって気持ち。私もある人の心にある謎を解きたいって気持ちがあるんです……ね。氷河」


 突然、指名された僕は何が何だか分からなかった。何故に僕が呼ばれたのか、理解ができない。頭の周りをピヨピヨとひよこが飛んでいる。


「え、えっと?」

「取り敢えず、私は氷河と一緒に頑張りますから。探偵さんも頑張ってください! この事件、謎がたっくさんありますから」


 そう美伊子が話した途端、今までニコニコ顔、ヘラヘラ顔だった探偵が豹変ひょうへんする。一回、僕の方に唾を吐きかけ、「くそがっ!」と言って、美伊子の元を去っていく。

 最悪な野郎だ。気に食わないことがあると、すぐに態度を変えるとは。中途半端に知性と力がある分、駄々だだっ子より質が悪い。

 そんな探偵がまた美伊子に変なことをしないよう、見張りながら捜査をするしかないか。

 だが、その前に美伊子がした話を。何で僕が指名されたのか……。

 その話題を口にしようとしたら、先に彼女から言葉が飛んできた。


「あっ、そこにある革のバッグかな? この中にお金が入ってたのかな?」


 事件の話題になっていた。気持ちを尋ねてみようと思ったのだけれども、今の彼女は事件のこと以外頭にないのであろう。

 話は調査の後にするとして。取り敢えず彼女が見つけた証拠についてコメントを入れておこう。そうでないと、美伊子はしつこく何度も「ねえねえ! この証拠! この証拠! 見て見て!」と見せつけてくるだろうから。

 一体、彼女は僕に何を求めているのだろうか。


「中身は?」


 彼女はポケットに入れてあった袋で指紋が付かないようにしてから、鞄に触れる。それから中を覗き込んでいた。


「ええと、一万円札がちょっと入ってるんだけどっ……あっ、あれがない!」

「あれって?」


 僕が聞いてみると、彼女は頭を捻って悩み始めた。大事なことみたいで、うんうん唸っている。


「ええと、なんて言うんだっけ。絶対にないといけないような気がするんだけど、名前が思い出せない……そもそも正式な名前とかあったっけっかなぁ……」


 おいおい……何なのかはっきりしてくれよ。

 また解くべき謎が一つ増えちまうじゃないかよ。ただでさえ、何故被害者が金に埋もれていたのか分からないのに。

 頭が謎で一杯になる中、頭をガツンと殴ってくるような強い大声が家の中に響き渡った。


「このくそばばぁ! さっさと答えやがれ! っつってんだっ! ああ!? 終いには張り倒すぞ、ゴラァ!」

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