Ep.2 探偵がいなくなればいい
彼女が疑問による叫び声を上げた後、僕は一万円札の中を掘り返す作業を進めた。別に事件現場を荒らそうとしたのではない。金の下にいるのは本当に死んだ人間なのか、確かめるためだ。
美伊子が確かめたのは、金の中から伸びていた腕だけ。
落ち着いて考えてみれば、家主が人並みに温めたマネキンと金を用意し、僕達を驚かせようとした可能性もある。
「嘘だって言ってくれよ……」
そんな希望を持っていたが、現実は無情。僕の後に美伊子も呟いた。
「現実を見てよ。脈もない。本当にこの人は亡くなってる」
一万円札の下から仰向けになった老人の顔が一つ。出てきてしまった。額には一つ切り傷があり、血が流れた痕が見て取れる。上からでは見えない後頭部からも赤黒い液体が飛び散ったようで、近くの床にも染み込んでいた。
その状態を見て、平然ではいられなかった。彼は脳梗塞やくも膜下出血、心臓発作、何等かの内的要因で亡くなった訳ではない。
「ねえ、
前よりも後頭部の出血が酷いことから、後頭部に衝撃を与えられて殺されているのが分かる。僕の言葉に応じるは、美伊子。
彼女はぼそり怪しく呟いた。
「殺人事件ってことよね」
「美伊子……?」
彼女がまるでこの事態を楽しんでいるかのように微笑んだ。彼女の影までもが不気味に笑っているような気がした。
こうして彼女からミステリアスな空気を感じることがある。特に事件に首を突っ込んだ時。
彼女の態度は不謹慎と言わざるを得ない。そして、不愉快としか思えない。彼女がここから、始めることは目に見えていた。
「まさか、この状況で探偵ごっこでもするつもりか……? で、いつものように殺人犯と戦いたいとか、思ってないよな?」
彼女が僕の知らないところでやっている殺人事件の謎解きだ。時々、僕も巻き込まれることはあったが。関係者でないからとあまり関わらないようにしていた。
しかし、今回は別だ。僕も第一発見者。きっと彼女は事件に関わった僕と共に捜査を始めようと考えているのだ。
理解しがたい行動をどうやって否定しようと考えていたら、彼女からの返答があった。
「逆に聞くけど、思わないの?」
「思わない。この人の死を
「探偵行為だって、死を悼む行為の一つ。だから警察があるんじゃないの」
「……だからと言って、探偵は嫌だ。探偵なんて、僕の人生の中でいい印象が全くないんだ。職業的な探偵も、事件を解こうと関係者でもないのにぐいぐい入ってくる探偵にも」
「そっかぁ」
尻ポケットから取り出したスマートフォンで警察を呼びながら、僕は思い出す。
今まで探偵にされてきた最悪の仕打ち、その数々を。
両親を殺された位の恨みには匹敵すると言ってもいいだろう。なんたって、まず、あいつらに家族を滅茶苦茶にされてきたのだから。
探偵。探偵と言えば犬探しから素行調査までする奴がいれば、最近は警察の手伝いをするためにと事件現場にしゃしゃり出てくる奴もいる。
僕が指し示すのはその両者だ。
父は探偵の調査により様々な事実がバラされて、クビになった。更に探偵はネットに父のやらされていた悪事を公表。ほとんどを父がやったことだと書いていた。その後、ネット私刑によって父は誹謗中傷を受け、社会でまともに生きることができなくなる。遺書を残して、失踪。殺されたのと同等だ。
父が勤めていた会社も悪ではあったみたい。だから、探偵が全て悪いとは言い切れないのだが。
母も殺された。
いや、生きてはいる。生きてはいるけれど、殺された。
推理作家だった母は「令和の天才ミステリー作家、かの有名なミステリー小説家アガサクリスティーの生まれ変わり」と呼ばれるまでの功績を残していた。そんなある日、彼女の描いたトリックで人が殺される事件が起きた。事件は普通の事件の如く、
好きだった推理小説も筆を折り、書かなくなってしまった。母は変わった。優しい母は殺されてしまった。
今は僕ともほとんど口を利かなくなり、別荘に籠って恋愛小説をただひたすら書いているらしい。
ここまで行っても、探偵のせいと言うのはおこがましいのか。
いや、まだだ。
両親どころか、姉までもが探偵の被害に遭っている。
簡単。彼女の住所を探偵がストーカーに教えていた。ストーカーに襲われた彼女は精神が壊れ、引き籠りに。ストーカーは逮捕されても彼女の心が元通りになることはなかった。
こちらは探偵が完全に悪いと思う。
僕自身が探偵に受けたものはこれだけではない。ただ滅茶苦茶腹が立つ。探偵と僕の因縁は深い。小さなトラブルを思い返すだけでも
警察への連絡を終えて、探偵の真似を始めようとする彼女に吠えた。
「悪いけど、僕の前で探偵みたいな真似は、よしてくれ」
そんな僕に戻ってくるのは確信をつく一つの指摘。こちらの心にちくりと突き刺さる。
「でも、外で犬のことを考えてる時、推理してなかった? あれ、探偵の真似事じゃないの?」
「はっ!?」
僕は声を出してから気付く。外でやっていた掛け合いの中で僕が話してしまったこと。言ってしまったこと。
無意識に探偵じみた行動を取っていた自分に嫌気が差した。元々こうなのだ。探偵は嫌いと言いつつも、自分も同じように動いている。
目の前に死体が落ちてくれば、「僕には関係ないね」と言いつつも美伊子と共に事件へ挑んでいる。呆れてもの言えない。気にしないふりしてツンツンしていて、いざとなると事件を解くなんてデレを見せて。ツンデレでも目指しているのか?僕は。
自分の愚かさにがっくりして肩を落としていると、彼女は僕の背中をポンと押してきた。
「君は推理作家。虎川先生の息子なんだから。謎解きの才能、あるんだよ。使わなきゃもったいない!」
「で、でも……」
「探偵もいいものじゃない! 漫画や小説でもカッコよく事件を解決してハッピーエンドを持ってくる!」
「違うっ!」
僕の否定に彼女は首を傾げている。「何が違うの?」と落ち着いた声が飛んでくる。
「美伊子が言うようなハッピーエンドはミステリーにない。探偵は誰かが殺されるってだいたい分かってても、その対策も考えず、経験も生かさず、誰かを死なせるし! 容疑者は大事な秘密まで探偵に知られるし!」
「それでそれで?」
「容疑者が事件が終わった後に不幸になるか幸せになるかなんて、ほとんど、書かれていない。例え探偵のせいで不幸になっても皆事件を解くために暴かれたのだから、仕方ないと我慢することになるんだ……」
「ふぅん……そういうこと。じゃあさ。一ついい?」
ここまで伝えていても探偵としての彼女はへこたれる様子もない。普通に僕の話に質問を入れた。
「じゃあさ……何だよ?」
「じゃあ、他の人の秘密を探ることなく、事件も解決しない。殺人事件の犯人はのうのうと生きてます……これでいい?」
意表を突いた疑問。
僕は渋い顔を作りながらも答えることにした。そんな質問の答えはとっくのとんま、僕の生まれる前から決まっている。
「ダメに決まってる! 事件にしゃしゃり出て人の人生を狂わせる探偵も許せないけど、殺人犯も同じだ。人殺しで何人の人生が狂うと思うんだ……何人の人が悲しむと思うんだ……!?」
「じゃっ、この事件の謎は解くの? それを手懸かりに犯人を捕まえない? せめて警察の手伝いをしないかしら?」
僕は大人しく首を縦に振っていた。殺人犯を捕まえる手伝いをするだけだ探偵みたいな余計な真似ではなく、慎ましく調査をするのであれば……。
僕が自分の行動心理を割り切っている最中だった。
乱暴に玄関の扉が開き、数人はいるであろう侵入者の足音が聞こえてきた。最初は警察かと思われたが。警察ならこんなにドタバタ入って現場を荒らすはずがない。そもそもサイレンも聞こえなかった。
警察ではないとなると、まさか犯人が現場に戻ってきた、とか?
もし死体隠蔽行為の途中で僕達がここに来てしまっていたのであれば。逃げなくては、口封じに殺される……!
「美伊子! 逃げるぞ!」
恐怖でこの場を去ろうとするも、遅かった。客間の入り口に侵入者の一人と思わしき青年が立っている。僕と美伊子の逃げ道をふさいだ彼はふふんと鼻を鳴らして、こちらの様子を
「あれぇ? 逃げるって何かなぁ……うん?」
茶色の帽子を被った青年は僕だけでなく、美伊子に目を向ける。それからニヤリと笑ったかと思うと、突然目を見開いた。
……もしかして……もしかして!?
嫌な予感はその野郎がしっかり口にしてくれた。
「逃げるって、人をうっかり血塗れにしちゃったから……逃げようってことなのかなぁ!?」
勘違いをされてしまっている!?
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