第30話共に生きる
おおじじ様を送ったまま、まっすぐお社に戻った私の目に神社を覗き込む若者の後ろ姿が映る。
姿もさることながら、旅装束に村の者でないことは一目瞭然。
「何かご用ですか」
私よりも背の高いその若者は、振り返ると微笑みを浮かべた顔を驚きに変えた。
「姉上。その顔は」
潰れた左目は、サラシで巻かれている。
そんな事よりも、懐かしい顔にいく日かぶりに顔がほころんだ。
「
兄様に良く似た、強く優しい眼差し。
一年ぶりに会う弟は、たくましく成長していたが、驚きと悲しみに顔は曇る一方だった。
「お父様やお母様、皆も変わりなく?」
「はい。
座敷に上がり、互いの近況報告をすませる。
「兄上のことは、残念です」
「うん」
膝の上で硬く拳を握りしめたまま、蒼天はうつむき言葉を絞り出した。
「姉上は、よくぞ生き残ってくださいました。
一度に二人も家族が亡くなっては、両親も私も悲しみは計り知れません」
「うん……。ありがとう」
兄様が生かしてくれたとは言え、私だけが生き残ってしまった罪悪感は、心にずっしりとわだかまっていた。
「ありがとう」
悲しみではない熱い涙が頬を濡らす。
まだやらなければならない事がある。
〈紅桜〉出来る事ならその秘密を解き明かしたい。
例え私の代でなくとも、脈々と受け継がれる中でいつか必ず見出す者があると信じて。
「ああ。
手紙にあった見聞録を持って来たのです」
降ろした背負い袋を手繰り寄せ、蒼天が中から古い書物を取り出してくる。
涙をぬぐい、くすんだあずき色の表紙を付ける巻物を受け取った。
おおじじ様の話からして、桜姫たちがここを訪れたのは五十年ほど前のはず。
注意深く書面を確認しつつ、読み進めていく。
ここか。
私の二代前、旅先で命を落としたのは。
刀隠れの巫女、
その兄、
先程おおじじ様と参った、二つ並んだ小さな石を思い出す。
「桜呼」
つぶやくその名に、左手の〈紅桜〉が悲しげに震えた気がした。
■□■□
私の家の庭には幹の焦げた大きな桜の木がある。
この桜を見ると、心に何かが引っかかるんだ。
「
境内からばぁちゃんの声が掛かる。
「うん。行ってきます」
高校の制服の裾を翻し、実家の鬼呼神社に背を向けた。
時は巡り、人の世はとどまる事なく時を刻んでいく。
肉体は
輪に乗るは、人か刀か。
【完】
薄桜記 ~彩~【いろ】 綾乃 蕾夢 @ayano-raimu
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