54 衝突
決着は、想定していた以上に早く付いた。
「おしまいね」
「ぐ……ッ」
首に緑色の宝石を突き付けられた藤堂は呻き声を漏らす。黄金の鎧は所々が欠けており、激しい戦闘後の如くボロボロだ。武器の大剣も既に手から離れ、遥か遠くにある。一方の美咲は争い前と変わらぬ姿で悠然と佇んでいた。一つ違いがあるとするなら、整っていた髪が少々乱れた程度か。
結果は、美咲に圧倒的なまでの軍配が上がった。始まる前は近接戦闘に長けた藤堂に分があると予想できたが、箱を開けてみれば驚きの連続だ。美咲の拳骨は脳を揺らし地球を二つに割る。藤堂は何もできずに美咲の掌上で転がされたに過ぎない。ハッキリ言って、俺も500年生きた女の根性を甘く見ていた。あれは、控えめに言って鬼や悪魔の部類だな。
しかし、藤堂もそこで諦めるほど弱い男ではなかった。
「桜庭ッ!」
「“
「……チッ」
今まで気配を消していた桜庭が、影から美咲を拘束する。上手く難を逃れた藤堂だが、桜庭と美咲の能力差を考えれば5秒保って良い方だ。その間にできることは少ない。
すると、美咲から距離を取った藤堂は懐を弄って一つの小振りな瓶を取り出す。中身は黒一色で、喩えれば墨の様だ。瓶のコルクを抜くと顔の高さまで持っていき、美咲を見つめて話始める。
「……これが何かわかるか」
「どうでもいいわね」
「これは、核魔獣の心臓を濃縮して作った液体だ」
「……」
「一人の飢餓により引き起こされた事件、憶えているな」
「……えぇ」
「これは、それから密かに研究され造られた薬品だ」
美咲は話が終わるより先に、俊足を用いて藤堂に接近する。杖を叩きつけようと狙いを定めた先は手に握られている液体の入った瓶だ。
「……チィ!!」
手を払いのけるよりも早く瓶が傾けられた。黒い液体は一気に藤堂の腹へ納められ、瓶は空になる。そこで、遅れてやってきた美咲が藤堂の顔面を杖で強打した。
「ぐ……」
瓶はガラスが割れる乾いた音を響かせ、砕け散った。同時に藤堂は吹き飛び、地面を転がって壁に辿り着き漸く止まる。諸に決まった攻撃は、通常であれば致命傷の筈だ。血反吐をぶちまけ、泣き叫ぶほどに強烈な一撃だ。
「っはははははははは!」
藤堂は何事も無かったと見紛うほど軽く起き上がった。父親が習慣となった朝の新聞を開かの如く自然に。
だが、その見た目は全く不気味なものであった。口からはダラダラと涎の様に血液を垂らしているが、獰猛な笑顔を浮かべている。それだけでも異様と言うには十分であるが、最も重要というべき項目は他にあった。
右側頭部には羊に似た捻じれ角が、臀部からは蜥蜴の様な尻尾が生えている。肌は紫色に変色し、頭を掻き毟る爪は大きく伸びていた。
「だん、ちょー?」
明らかに尋常の物でない藤堂の容姿に、熊谷は戸惑う。正直、俺自身も困惑していた。瓶が出てきたときはスポーツ選手が用いるドーピングの様な代物かと予想を立てたが、ここまで劇的な変化が生じるとは。まるで人間ではなく、悪魔にでも成ってしまったようだ。
「ヒヒヒヒヒヒヒ!!」
「……彼は、人間を捨てたのね」
「……団長は神威様と争われること、そして負けることまで想定されていました。そして私にこの薬品を準備させたのです。必ず、目的を成就させるために」
「正気を失ってはどうしようもないのではないかしら」
「あれは飲む前に強く願った思いを遂げるまで、一貫して動き続ける代物です。鼠であれば、目の前のチーズを食べ切るまで。猿であれば、高い樹木の頂点に登り立つまで、です。故に、団長が止まるのは勾玉を使用した後になるでしょう」
「なら、動かなくなるまで壊し続けるしかないわね」
「お止めにならないことをお勧めします。ハッキリと申し上げて、アレは貴方にも手に負えませんよ」
「……私も、絶対に譲れないのよ」
藤堂は身体を悪魔に売った。そんな彼を見ても、美咲に諦める気は全く起きていない。両者をこれほど惹きつける勾玉には、どんな能力が隠されているのか。恐らく、碌な代物ではないだろう。
「ガァ!!」
「……ッ」
藤堂はいつの間にか手にしていた大剣を振り翳し、美咲へ突貫する。上下左右、様々な方向から繰り出された剣戟を美咲は一本の杖で上手く凌いだ。しかし、先程までの藤堂とは明らかに違う。動きの繊細さは失せたが、野生の本能により振るわれる剣は予測し辛く往なし難い。更に、力、スピード共に高みへと達していた。美咲を見下ろせる程の遥か頂上に。
「く……ッ」
初めは拮抗していた打ち合いであったが、次第に均衡は藤堂に傾く。藤堂の止まることのない剣速に美咲が対応できなくなってきたからだ。受け流せなくなれば少しずつ傷は増え、隙は増えていく。
「“
「ギ?」
攻撃が真面に通るかといった時、二人の間に半透明な板が出現した。板を構わず貫こうとした藤堂であったが、攻撃した剣は跳ね返り、斬撃は相手でなく自身に飛んできた。
「ガ」
それをいとも容易く斬り伏せると、距離を取っていた美咲に再度狙いを定める。
「“
藤堂が自身の斬撃に対応していた数秒を使い、美咲は強化を上乗せする。瞬間、美咲は先程から2倍の速さをもって接敵を迎撃した。攻撃も重たさを増し、威力が底上げされている。恐らくは、熊谷に掛けた“鉄壁”と逆に当たる能力だろう。つまりは、防御を捨てたという意味だ。
戦線は美咲に傾きだした。藤堂の剣を圧倒し、押し込んでいる。攻撃もいくつか通り始め、このまま順調にいけば勝利は美咲が掴むことになるか。
しかし、そうはならないと推測できる。根拠は二人にある余力の違いだ。美咲は今も全力をもって攻撃をしているおり、鬼気迫る雰囲気が感じ取れる。対する藤堂は常に不敵な笑みを顔に張り付かせ、未だ本力を発揮していない様な気配を敵に抱かせていた。実力の面では拮抗しているのかもしれないが、対峙している美咲からすればかなりの精神的苦痛を負っているに相違ない。
それだけでもお互いに差は生まれるが、理由はまだ他にもある。
1分経過、そろそろか。
「く、そ……!」
急に美咲が押され始めた。杖を振る速度が明らかに遅くなっている。
これも推測でしかないが、原因は強化の効果時間切れにある。初めに自身へ掛けていた“完全身体強化”あれは核魔獣戦の際、俺達全体へ掛けた“身体強化”の上位互換だと予想できる。これまでの能力から考えて、強力な能力ほどデメリットも大きい。“身体強化”の効果時間が3分ほどなら、“完全身体強化”がそれよりも時間が短くなっているのは当然の結果だろう。
もう一度強化を掛けたいところだが、その隙を藤堂は与えない。苛烈な攻めによって美咲の逃亡を一切許さなかった。“反射板”という有用な技は未だクールタイム中であり、使用はできない。
「私は……負けないッ!!!」
絶体絶命の状況であるが、美咲は諦めず粘り続ける。必死に藤堂の猛攻に食らい付く。逸らし損ねた斬撃により白い肌を赤く染め上げるが、勢いは止まることなく、寧ろ苛烈になった。美咲は、全く手を緩めない。
どうしてそこまで、勾玉を求めるのか。
何が美咲を駆り立てるのか。
「ガア!」
「ぐッ!?」
そこで、予想外の攻撃を受ける。大剣に意識を集中させていた美咲は、片手で剣を扱う藤堂に全く気付かなかった。何時しか開いていた左手の伸びきった爪、それで切り裂かれたのだ。
この意識外から繰り出された攻撃に気付き、間一髪の回避に成功するも、生じた隙は埋められない度合いで大きかった。構えていなかった杖を思い切り叩かれると、打ち合いにより握力が弱まっていた手からはスッポリと音が鳴ったと感じるほど簡単に抜け、届かない位置まで飛んで行ってしまう。
「しま……ッ」
「ヒヒャア!」
「ぁが……」
武器の無くなった美咲に、攻撃を往なす術はない。藤堂によるフルスイングはガラ空きの腹へと吸い込まれていき、美咲を切り裂いた。美咲は掴み損ねたバスケットボールの様に転がり、壁に激突する。
「……オエェエエ、ゲボォ」
「ヒヒヒ」
腹部への強烈な振動により昼食に食べた弁当が胃袋から逆流する。血液と混じり合いながら、口から波の様にボトボトとこぼれ落ちた。気功力を腹へ集中させて上手く防御したが、今の一撃は確実に致命傷だ。もう美咲にあらがう程の力は残されていないだろう。どう見繕っても、美咲の負けだ。
「……ま、だ……まだ……」
這い蹲っていた美咲は、吐瀉物を撒き散らしながら立ち上がる。膝はガクガクと震え、腕は上がらない。だが、変わらずに瞳は藤堂を見据え、決して諦めはしなかった。
「私が……必ず……ッ」
しかし、そんな事情は関係ないと言う様に、藤堂は笑う。
大剣を空高く掲げ、不敵にほくそ笑む。
「ヒハッ」
「え……」
エネルギーが大剣に集まり、その形を変貌させていく。美咲の血を弾き飛ばし、長さを天井に届く程までに高めた。以前であれば強い閃光を放っていたそれは、今では闇を携え全ての灯を消そうと企む。存在する希望を丸ごと憎んでいるが如き、暗雲を纏う剣。まるで、恐怖の象徴に見える其れは。
魔王の剣だ。
「ガァ!」
「……ごめんなさい」
――瞬間、風船が破裂した時に鳴る音が室内を満たした。
暗闇が真っ二つに割れ、外から光が差し込む。
美咲の唖然とした表情と、藤堂の消えた笑みだけが残る。
闇を消し去ったのは、一本の無骨な鉄の棒であった。
式神契約、妖怪侍り!~捨てられた男。何も信用できないので、大いなる力を使い最強の仲間を増やします~ 楯石イージス @Nakano3
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